第四百六話 オウコーvs太陽神
「それでは早速、苦しんで貰うとしよう。儂流・真・究極・乃剣」
灰髪銀眼の美少年オウコーと太陽神ケペルラーアトゥムがアクロシア大陸の上空で向かい合う中、オウコーが魔王剣より放った一撃は、太陽神ケペルラーアトゥムを真っ直ぐに貫いた。
太陽神ケペルラーアトゥムの美しい女性アバターの顔が苦悶に染まる。
「苦しいか? だが、儂の心と儂の愛する娘は、もっと苦しかった。叫べぬほどの痛みを感じた。この世の終わりかと思うほどだ。そうしてあれほどに愛らしい娘は、儂に助けを求めることもできずに、死んだのだ」
オウコーの放った究極乃剣。それはただただ苦痛を与えるための一撃だった。
オウコーはここで太陽神ケペルラーアトゥムを殺さない。殺す程度で晴れる恨みではない。太陽の尊厳を徹底的に蹂躙し、その最も大切なものを奪い、そして滅ぼすのだ。
そうしてようやく、オウコーの復讐は完了する。
復讐が完了した後は、母なる星の女神に蘇生された娘と祝杯をあげる予定である。その時は、まあ半分はクソで殺してやりたいけれど、半分は愛してやまない孫、近衛翔も同席させてやっても良い。
「ああ、そうだった。一つだけ感謝してやろう。儂から娘を奪った娘の夫を殺したこと。儂がやったら恨まれるが、お前がやって、儂がその仇を取った。これでもう家出も辞めるだろう。ふふ、あの子は感動して泣いてしまうかも知れん。良いハンカチを用意しておかねばな」
オウコーは充分に痛みを与えたと理解して、究極乃剣を納める。
太陽神ケペルラーアトゥムのアバターは身体の左半身を失い、人間としての機能を持つプレイヤーでは生きていられない状態になっていた。それでも太陽神ケペルラーアトゥムは生きているし、会話も可能である。
異世界召喚された太陽は、他のプレイヤーと同じ条件だったはずだけれど、空に浮かぶその姿はとても同条件とは思えなかった。人間が左半身を失って、平然としていられるはずがない。
太陽神ケペルラーアトゥムは異世界召喚されたプレイヤーだが、プレイヤー以上の存在になっていることは明白だった。
「ふん。やはりか。神戯では平等などと言いながら、自分たちだけは特別か。まったく気に食わん奴らじゃ」
次の瞬間、褐色の美女アバターの姿が、左半身の欠損どころか傷一つ無いものへ戻った。ステータスで言えば、HPMPSPが完全回復した状態だ。
太陽神ケペルラーアトゥムが使ったのは、前カリオンドル皇帝やクレシェンドが使っていたチートツールとはまったく違う。そのチートツールの作成者はオウコーなので、違うことは一目で理解できた。
言ってみれば、デバッグツールやトレースツールなどの機能を持った統合開発管理ツール。太陽神ケペルラーアトゥムはこの神戯ファーアースの管理者であり、その管理のために様々な機能を準備している。傷やHPなんかの数値は自在に操れるなんて当たり前。
絶対的な権限を与えられた正統な行為によって、太陽神ケペルラーアトゥムは神戯ファーアースにおいても無敵である。
「ああ、お許しください。我が偉大なる神よ。私は許されない行為を」
◇
「この罪。この身と悪しき者の消滅を以て贖いといたします」
黄金狐キュウは太陽神ケペルラーアトゥムを神戯の土俵へ異世界召喚すれば、それで終わると思っていたようだけれど、それだけでは太陽神ケペルラーアトゥムを倒すことはできなかった。
しかしそれも、フォルティシモは理解していたのかも知れない。もしかしたら黄金狐キュウ自身も。
だからこそフォルティシモは神戯ファーアースのルールに則って、ルールの元に召喚された太陽神ケペルラーアトゥムとルールの範囲内で戦った。太陽神ケペルラーアトゥムも母なる星の女神のルールの中であれば、負けを認めて消滅さえも受け入れるつもりだったから。
フォルティシモは間違いなく、太陽神ケペルラーアトゥム以上に母なる星の女神の創った世界に適応した存在だ。
太陽神ケペルラーアトゥムは彼の両親を殺したことに一欠片の罪悪感も覚えていないけれど、母なる星の女神のゲームでの敗北は悔恨と敬意を感じさせた。
それに対して近衛天翔王光だけは認めない。
「近衛天翔王光、貴様は最初から我が偉大なる神を殺し、その力を奪うために行動していた」
太陽神ケペルラーアトゥムは近衛天翔王光を睨み付けた。その睨みに対して、オウコーは涼しい顔で答える。
「はは、当たり前じゃろう? 世界一可愛くて賢くて将来はパパのお嫁さんになると言っていた娘のため、最高の神の地位が欲しい。だったら、神々の最大勢力の一画<星>の頂点であるマリアステラが邪魔だ。あの女神の力、我が娘にこそ相応しい」
近衛天翔王光は太陽神ケペルラーアトゥムの目の前で母なる星の女神を殺すだけが目的ではなく、その力を奪い取って娘に与えるのだと言い切った。
「貴様が愛に狂っているとは言わない。その献身に尊敬さえ抱く。だが、実現は不可能と心得よ」
「良い気迫じゃなぁ。儂の娘への愛に比べればゴミだが。しかし太陽よ、結果はとっくに出ているぞ」
近衛天翔王光が何かを指し示すように黒剣の切っ先をくるくると回した。
「千年、儂を狙うこともできただろう? それでもお前は儂を殺す行動を取らず、情報収集さえも控えていた。お前が本気を出せば、儂の計略を止めることもできた。四十七億歳のお前には一瞬だったから気付けなかったとも考えられるが、そこまで間抜けではないだろう。何故じゃろうなぁ?」
「………黙れ」
「お前は、儂を止めたくても止められなかったのだろう?」
近衛天翔王光は事実を突き付けることによって、太陽神ケペルラーアトゥムを追い詰めている。
「他ならない、これから儂らに殺されるマリアステラに、儂らを止めるなと命令された! 奴も、自らの滅びを望んでいるのだ! お前が守ろうとしてるマリアステラは、儂らに殺されたがっている!」
「黙れ!」
太陽神ケペルラーアトゥムは、全力を行使した。
神戯ファーアースの法則を無視して、太陽の本体が顕現する。
異世界召喚によって単なるプレイヤーになったとは言え、準備はしていた。オウコーの使徒クレシェンドを倒したように、切り札はある。だから完全なる太陽の顕現とはいかずとも、それに近いことをするために管理者という立場を利用して秘密裏に仕掛けを作っていた。
地上に太陽が現れれば、オウコーだけでなく地上のすべてが消えてなくなる。ゲームの強制終了。そんな行為、絶対に許されない。
それだけではなく、ここには太陽神ケペルラーアトゥムというプレイヤーが存在している。プレイヤーである太陽神ケペルラーアトゥムは、太陽の顕現に耐えられない。
つまりこれは、太陽神ケペルラーアトゥム自身を焼き尽くし、偉大なる星の女神のゲームを台無しにする最悪の行為。
太陽神ケペルラーアトゥムはそれでも構わないと思った。ここで近衛天翔王光を倒せれば、どんな咎を負っても構わないと決意を固めたのだ。
「少しは儂と愛する娘の絶望を感じたか? だが、まだ足りん。ああ、淡い光だ。もう一度言う。惨めな姿だ」
真の魔王神の権能【世界制御】が発動し、太陽はその輝きを失った。