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第四百五話 vs狐の神 キュウ編

 狐人族の里に黄金色の毛並みの少女がいた。容姿と毛並みの色こそ優れていたけれど、その他は人並み以下の少女だった。力は強くなく、手先が器用でもなく、ドジで同年代の中でも足を引っ張ってばかり。それでも日々が当たり前のように続くと信じられたその里では愛されていた。


 そんな日常が変わったのは、人類の歴史の何処にでもある日照りによる食糧危機だ。太陽は無慈悲に人々と大地を照らし続ける。田畑で取れる農作物も、森の恵みも失われるほどの干ばつ。次々と餓死者が出始めた。


 狐人族の里では残った住人を救うため、外部の商人と交渉を行った。狐人族の里に外へ輸出できるような産業はなく、結局、見目の良い狐人族を奴隷として出荷することが決まる。


 宇迦は飢饉を救うために狐の里で奴隷商人に売られ、劣悪な旅路を強要された。共に奴隷となった狐人族たちと励まし合いながらも、一人また一人として商品価値の低い者から見捨てられ、都に着いた時には宇迦たち五人になっていた。宇迦たちは奴隷商の元で、雨水で喉を潤し、家畜以下の餌を食べて暮らす。


 それからどこかの成金貴族に奴隷として買われた後は、二度と狐人族の同胞と会えることはなく、陵辱され続けた後、尻尾を切り落とされてマフラーにされた。そして用済みになると、捨てられた。


 その後、憎悪に塗れた宇迦は、成金貴族を殺し、紆余曲折ありながらも狐人族の里へ戻った。


 狐人族の里は、もう誰も住んでいなかった。


 里に住む狐人族たちは、太陽の神によって神々の遊戯に参加させられていたのだ。その理由は後になって分かったことだが、太陽の神の上位存在である星の女神が狐を望んだから、狐人族たちを追い詰めて異世界召喚したという話だった。


 宇迦だけは、その象徴たる尻尾を失っていたから逃れられた。湧き上がったのは憤怒と恥辱で、もう己が狐人族でさえないと言われたようだった。


 だから宇迦は、追い掛けた。


 故郷の里で残した(捨てられた)家族に、再び会って和解(復讐)するために、自らも別の神戯へ参加し勝利して、神という存在へ成る。


 宇迦が玉藻御前と呼ばれる狐の神へ成った時、狐たちは、もうどこにも居なかった。


 残ったのは、宇迦の人生を壊した太陽と、憎悪が詰まった狐の神だけだった。


 キュウは“その体験の記憶を一つ一つ”を鮮明に、自分のことのように思い出せた。




 キュウは強烈な嘔吐感を伴う不快を感じ、思わず口元へ手を当てる。それでもなお収まらない胃液の逆流を、意志の力で押さえ付けた。


 この身は主人のものだ。キュウは大好きな主人以外に己を許したことなどない。キュウの尻尾は今もあって、主人がとても気に入ってくれているので毎日念入りにブラシをしている。


 今のキュウは、朝起きると真横に主人の寝顔があって、主人を起こさないように布団から出て身支度をこなす。それからつうと一緒に朝食の準備をして、みんなと一緒に温かい食事を食べるのだ。


 そうしてその日の予定によって準備をする。主人と一緒の時は何よりも主人を優先だ。エンシェントやダアト、ラナリアに仕事を頼まれることもある。セフェールやリースロッテと買い物へ行くこともある。アルティマやキャロルは対魔物の時はいつも一緒だ。何も予定がない日はつうから料理を習ったり、マグナの元で鍛冶を練習したりする。


 “その体験の記憶を一つ一つ”がキュウの力になってくれた。


()()が大変だったのは、分かりました」


 赤の他人が言えば馬鹿にしているような発言でも、キュウのそれは重みが違う。キュウは宇迦のコピーだから、そのすべてを体験として記憶している。


 余人では絶対に理解も共感もできない体験と感覚のすべてを持つキュウだからこそ、言える。


「私にとって、今、ご主人様が一番大切です! ずっと一緒にいたい! そのためなら、過去で私が立ち止まることはありません!」


 キュウはキュウだから。


「その程度で、最強のご主人様の従者キュウが負けると思いましたか!?」


 キュウはまっすぐに里長タマへ、狐の神たる玉藻御前まで成り上がり、今でも復讐だけを目的に存在し続けている里長タマ(宇迦)へ宣言した。




 里長タマはしばらくの間キュウを見た後、黄金の尻尾を振り回した。その視線に込められた意味を、キュウは誰よりも理解できてしまう。


「救われるとは、それほど尊いものかえ?」

「分かりません。ですがご主人様に救って頂けて、その後も、ご主人様を知れば知るほど、一緒に居たいと思いました」


「もはやわてには愛さえ陳腐に聞こえる」

「それは私も同じです。私はたぶん、ご主人様が優しいだけの人なら、こんなにもお慕いしませんでした」


「そうか。優しさに価値はあるが、それだけでは無力。わてだからこそ、分かる」

「すべてを何とかしてくれると思える、最強。それが眩しかった。だから」


「ああ、だからか。だからわては、最強を慕う。どんな理不尽にも屈しない最強を求める」

「最強のご主人様の従者キュウは、宇迦とは違います」


 里長タマはキュウの言葉を聞いて、扇子を床へ落とした。脱力してどこか遠くを見つめている。


「心の底からお前が憎い。わてのコピーで、わてと同じ人生を歩み、わてと同じ憎悪を持っている。しかしお前は、身も心もどころか、未来までも救われた。何故、よりにもよって成功例であるお前が、こうもわてと違うのか。わて()だって戻れるのなら、お前のような救いが欲しかった」

「タマさん」


 里長タマの耳と尻尾はすっかり萎れてしまった。


 キュウは思わず心配で手を伸ばしそうになって、それを留める。もはや疑う余地もなく、里長タマは近衛天翔王光の仲間だ。今のキュウたちにとって最大の敵勢力であるから、油断はできなかった。


「かかか、わてはお前だ。手に取るように心情が分かるかえ」


 里長タマは弱々しく笑う。


「予定ではここで、わてをキュウ(お前)へ上書きするはずだった。わては偉大なる神へ届く才能を得て、最後の戦いを、わての願いを叶えるための戦いをするはずだった」


 キュウの元になった宇迦は、里長タマのコピーである。コピーを作成した理由は、ただコピーに敵を倒させるためではない。コピーの身体をオリジナルが乗っ取って、その力を得ることだった。


 キュウは里長タマの器。


 それは、叶うはずだった。キュウは里長タマに乗っ取られて、すべてを奪われて、終わる。乗っ取るという言葉さえも語弊がある。オリジナルに戻るだけ。きっと主人たちなら、外部端末による学習データを本体に同期するとか、難しい言葉を使うはずだ。


 だが。


「他人がどうなろうと構わない。わて()を救ってくれなかった世界など、誰も彼も不幸になってしまえ。良い気味だ」


 里長タマは熱湯を飲み干した湯飲みを見ていた。


「だが、わて()わて()の幸福を奪うことだけは許さない」


 湯飲みに残った、すっかり冷めてしまった最後の一滴を口にする。


「それは、私から幸福を奪った行為と同じだ。誰に地獄を見せようと、何を利用しようとも、私から奪うのだけは許さない。ああ、キュウ()わて()は、お前からは、お前からだけは、幸福を奪えない」

「タマさん………」

「フォルティシモは近衛天翔王光のアカウント、オウコーの役割の代役として神戯へ参加していた。それが本来のオウコーが戻ったせいで、神戯ファーアースから弾き出されてしまったかえ」

「タマさんっ」


 キュウは三度、タマの名前を呼んだ。そのすべての意味は異なっても、どれも彼女を批難するものではない。


「フォルティシモを呼び戻す方法は二つ。オウコーにもう一度代役と代わって貰うこと。もう一つは、フォルティシモを別の手段で神戯ファーアースへ参加させること。しかし、どちらも大きな問題がある」


 前者、オウコーに代わって貰う案は、オウコーを説得しなければならない。取引でも善意でも良いが、その交渉材料はどこにもない。


 後者、主人を再び異世界召喚する案は、オウコーにすべてを奪われてしまった状況が許さない。そもそも神戯そのものがアップデートという強制力で上書きされたため、実現可能かも不明である。


「これは、わての最後の想い(賭け)だ。わては、どちらへ進めば良い? その黄金の耳で輝く未来を切り開いてくれ」


 里長タマはここまで無理をした最後の力を使い果たしたのか、どこか清々しい表情を作った後に床に倒れて静かな寝息を立て始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すっかり冷めてしまった最後の一滴がとても寂しかったです。 [一言] 予想ではフォルティシモのあの時の描写が効いてくるんじゃないかな?と想像していますが、今この時キュウの方はまだどうするの…
[一言] 爺さんもマリも太陽神もちゃんと一発は顔面ぶん殴って欲しい
[一言] クローンの体に意識を戻すって映画にありましたね
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