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第四十話 ラナリアとアクロシアの今

「ラナリア様、本当にまたお出掛けになられるつもりですか?」


 ラナリアはフォルティシモに今朝出発した場所へ降ろして貰い、抜け道を使って王城へ向かう途中にシャルロットに声を掛けられた。


 王城へ続く抜け道はアクロシア王城が落城する際に王族が逃げ出すための地下道で、ラナリアとシャルロットが手に持つ小さな松明や魔術の光では暗いため、あの孤島の迷宮にあった消えない松明を持って帰って来たかったと改めて思う。


 そんな道を勝手に使うことに、以前はそこそこの罪悪感と悪い事をしているという緊張感を持っていた。しかし、こんな道は無意味だったと証明されてしまった今は何も感じない。圧倒的な“個”に侵略された時、有象無象は逃げ出すという選択肢さえ採れない。


「行くに決まっているでしょう? フォルティシモ様と約束をしたのだし、ピアノ様というフォルティシモ様の友人とも誰よりも早く面識を持たないと。トーラスブルスはアクロシアの属国、色々と都合が良いから場所も向いてる」


 シャルロットの質問に振り返らずに答える。彼女はきっと困った顔をしているだろう。最も信頼の厚い護衛であり、最後は王に逆らってでもラナリアを守ってくれるのがシャルロットという騎士だ。けれども、同じくらいラナリアの立場や気持ちを心配してくれていて、必要があれば力尽くでもラナリアを止めてくれる。


「ラナリア様、あの日から十年、今は最も大切な時期です。エルディンに攻められた時、最後まで戦い王国を守ったラナリア様の存在は、エルディンだけでなく連合、引いては大陸にとっても非常に重要な立場になったと言えるでしょう」


 ラナリアは足を止めて振り向いた。シャルロットは真剣な面持ちでラナリアを見つめている。


「昨日はそこまで言わなかったと思ったけれど、心変わりでもあった?」

「今日一日、フォルティシモ様を観察させて頂きました。あの方は今すぐラナリア様を解放して欲しいと言えば、解放して頂けるでしょう」

「そうでしょうね」


 あっさり認めたラナリアにシャルロットが少し驚いたように言葉に詰まる。


「っ、でしたら」

「だからこそ、なのだけれど」


 シャルロットには納得して貰っておきたい。王城内の人間たちは、フォルティシモやキュウのように純粋で素直な人たちばかりではない。ラナリアに近付く人間は、親類縁者だろうが何だろうが腹に一物を抱えているのが当たり前だ。そんな中で絶対に味方だと信じられる人間の存在は、ラナリアの立ち回りに大きく影響を与える。


「フォルティシモ様は私に執着を見せていない。だから、今のうちに頻繁に会って会話をして、少しでも執着を持って欲しい。エルディンとの関係はたしかに今が最も重要でしょう。けれどフォルティシモ様との関係も今が最も重要な時期なの」


 エルディンという一国とフォルティシモという個人を天秤に掛ける言動だが、ラナリアは後者に大きく傾いていると考えている。それはアクロシアを侵略しようとしたヴォーダン、そして今日出会ったピアノやフレアという桁外れの強者たちと会話して確信に至った。


「フォルティシモ様、ピアノ様、フレア・ツー、ヴォーダン、この四名は少なくとも同郷で、他にも多くの者たちが居る。ヴォーダンの前で言っていた独奏(ソロ)という言葉から、フォルティシモ様はお一人で戦っていたと推察できる。そしてピアノ様の言葉から、一人でありながら魔王と呼ばれるほどのお力を持ち、一人でもピアノ様のパーティよりも上だった。そしてご本人の言葉である“最強”は真実なのでしょう」


 ピアノとフレアは、フォルティシモとの戦いを警戒していた。

 フォルティシモは、ピアノとフレアが偽物であることを警戒していた。


 同じ警戒心でも、両者の質はまるで異なっている。


 それにフォルティシモは良く言えば誠実、悪く言えば愚直だ。一緒に居ても気を遣う必要もなければ顔色を窺う必要も無く、敵か味方かと腹芸を繰り広げることもない。少なくともラナリアを利用しようという思惑が全くないのだ。もちろん、性欲に濁った目で見られているのは自覚しているが、それは男性であれば普通のことであって腹芸を使うまでもない。むしろ好都合なくらいだ。


「フォルティシモ様とエルディン、共に重要な時期ならば私はフォルティシモ様を取る。それにエルディンは私でなくても何とかなるけれど、フォルティシモ様は私でないと駄目だと思わない? 何せ、あの可愛らしいキュウさんに続かなければならないのだし」


 最後はおどけて見せたが、シャルロットの表情は晴れない。まあ、こればかりは何度も説明して納得して貰うしかないだろう。もしくはラナリアの判断が正しかったと言える緊急事態が発生するか、だ。




「姉上!」


 ラナリアが顔を見せると、弟であり王位継承権第一位のウイリアム・オブ・デア・プファルツ・アクロシアが心底安堵したような笑顔で駆け寄ってきた。


 年齢は十歳で家族の贔屓目を無しにしても父親似の美男子になるだろう顔立ちをしている。晩年の子であり、残った最後の王子であるために大切に育てられていたが、ラナリアの助言により昨日から国政へ参加―――とは言え見学だけだろう―――している。エルディンからの侵略やヴォーダンという巨大な存在の出現という事件があり、ただでさえ緊張が高まっている中に放り込んだ形になってしまったけれど、この状況で座視していた王族に未来はないとラナリアは考えているので甘い顔はしない。


「お体が優れないと聞いていましたが、もう大丈夫なのですか?」

「ええ、大丈夫。でも、もう今日は休むつもり」


 フォルティシモの前ではできるだけ隠すように努めていたが、本音を言うと今すぐベッドで眠ってしまいたいほどに疲れているため、体調の悪い演技をする必要もない。


 ウイリアムはラナリアの顔から疲労を見て取って、さらに心配した顔になる。よく考えれば、疲れている時こそラナリアは他人にそれを悟らせないようにして来たので、ウイリアムでも気付けるほどに体調が悪いと考えてしまったのだろう。


「そう、ですね。姉上はこの国を守ったのですから、姉上はゆっくり休んでいてください。後は父上や僕が頑張ります」

「ありがとう。そうさせてもらうね」


 何となくばつが悪くなりウイリアムに曖昧な返事をして、シャルロットを伴いながら父の部屋へやってくる。


 父の部屋を守っている護衛の騎士は見たことのある人物だった。


 ケリー=ネッド第三隊隊長、本来は王族の護衛をするような高い貴族位も持たなければ、実力的にも今の時期に護衛へ回すような騎士ではない。しかし彼は最後まで【隷従】を受けずに居た人物で、反逆罪を恐れずに操られた王を止めた傑物だ。王である父としても信頼できる人物を傍に置いておきたかったのだろう。【隷従】を掛けられて人格や記憶すらも自由にできない感覚、その恐怖と衝撃はラナリアも理解できる。


 そういう意味では、ラナリアはその恐怖に怯えて眠れなくなることはない。昨日は子供のようにワクワクしてなかなか眠れなかったことは秘密だが。


「これはラナリア様」


 ケリーはラナリアに気付くと臣下の礼を取った。こんな場所でする必要のない丁寧な礼節だったが、ラナリアは何も言わずに受け取っておくことにする。




 そのまま父の部屋へ入ると、父は疲れた様子で琥珀色のお酒を飲んでいた。


「お父様」


 部屋に入る際にノックもしたし声も掛けたが、ラナリアが声を掛けるとたった今ラナリアの存在に気付いたかのように顔を上げた。


「ラナリア、帰っていたのか」


 その言葉にラナリアも少し驚く。ラナリアが朝から城を抜け出していたことは、シャルロットを含めて本当にごく一部の者しか知らないはずだ。


「お気づきになられていましたか。それとも、誰かが?」

「本気で聞いているのなら、さすがのお前でも冷静でいられないのだな」

「………」


 ラナリアから見て父は愚王ではない。さりとて賢王と呼べるほどでもない。だがそこそこの王であり良い親ではある。


 この状況下でラナリアが体調を崩したと言えば、王としても親としても様子を見に行くくらいはしただろう。【隷従】を受けた父への信頼は失墜している中で、エルディンを撃退したと吹聴されているラナリアの評判は高くなっている。そんな中でラナリアの様子を見に行くのを他人に任せることは出来なかっただろうし、親としても自分で確認したい気持ちもあっただろう。そうすると、ラナリアが仕掛けた外出のための偽装が明るみになる。


 ラナリア自身、フォルティシモとの逃避行にばかり目が行って、その程度のことすら頭が回らなかった。だから父の返答に黙り込んでしまった。


「どこへ行っていたのだ? いや、この言い方はないか。お前のことだ。逃げ出したわけでも、遊び呆けていたわけでもないのだろう。今朝方目撃された我が国を救った神鳥と何か関係があるのか?」

「さすがの御慧眼ですね」

「お前に言われると嫌味にしか聞こえないな。エルディンの悪漢を撃退したあの場に居た者たちは、一人残らず記憶を失い何があったのか覚えていないという。しかし直前に第三隊が神鳥に乗って狐人族の少女を探す冒険者と接触したそうだ」


 ラナリアは少しだけ顔を顰めた。


 フォルティシモがキュウを、そしてラナリアを助けてくれたあの場所に現れたのは決して偶然ではない。彼は天烏を使って国中を探し回ったのだ。フォルティシモのキュウの溺愛ぶりを見ると、かなり無茶をした可能性もある。聞いておいたほうがいいな、と父ではなくフォルティシモとの口裏合わせを優先した自分に、さして驚きはしなかった。


 出来ることなら確固たる実績を得てフォルティシモとの関係が後戻りできないところまで行くまでは、父からのひいては政治からの干渉は避けておきたい。


「よくこの混乱している状況でお調べすることができましたね」

「偶然だ。私が操られた時、奴が言ったのは第三隊の処刑だ。だが彼らは反逆罪として死刑を受ける覚悟で私を抑えてくれた。その功績の報償を与える場で、ケリー=ネッドが言ったのだ。それを受けるべき者は他にいるとな」


 私が操られた時、そう言った時に父はグラスを強く握りしめ、言葉を切って酒をあおった。


「お体に障りますよ」

「エルディンの悪漢を撃滅したのは、フォルティシモという冒険者なのか?」

「そうです」


 父にラナリアが【隷従】を受けていることを話すかどうか迷ったが、今の父の様子を見ると余計な負担になることは間違いない。もう少し落ち着いてからのが賢明だろう。


「神鳥を操り、騎士団を救ったのもか?」

「はい」

「王城を吹き飛ばした魔術と、天を貫いたという魔技もその男なのか?」

「はい」

「褒美を、用意せねばな」


 父は褒美として騎士団長の地位か直属の護衛にでもするつもりだろう。したい、と言い換えても良い。安心が欲しい父の気持ちは分かるけれども、そんなことをされたらラナリアの計画がパアになってしまう。


「お父様、私は今日はフォルティシモ様と会っておりました」

「ふふ。先ほど一人残らずと言ったが、正確に言えば違う。あの場に居た、エルディンの悪漢を撃滅した者と、お前は違う。お前の記憶は、失われていないならば納得だな」


 父はまるで独り言のように呟いている。それはお酒が回っているのか、他の何かなのかまではラナリアでも分からなかった。


「お父様、もうお休みになってください。彼の者につきましては、私が」

「ラナリア」

「はい」


 父は今にも眠りそうな雰囲気だった。先ほどまでの疲れているのに眠れない、という表情ではない。


「一度、その男に会わせてくれないか」

「それは」

「義理の息子と、呼ぶことになるかも知れないんだろう? 娘を大切にしてくれ、くらいは、言っておきたい。いや、大切にしなければ許さん、くらいは、言うぞ。感謝は、しているが、娘をやるのは、別だからな」


 ふらふらとした足取りでベッドへ向かう父を、ラナリアは支えた。


 父がベッドに入ったのを確認して、ゆっくりと優しく毛布を掛ける。父の顔は安堵の感情が浮かび、とても穏やかなものだった。


「そうか。お前は、大丈夫なのだな。なら、安心だな。私よりも遙かに賢いお前が大丈夫なら、アクロシアは、安心だ」


 ラナリアは父の寝言に対して、聞こえていないと分かっていながら答える。


「お父様、あなたは王です。この国を誰よりも愛している紛れもない王です」


 私とは違って、という言葉は飲み込んで。




 父の寝室を出ると、ケリーが声を掛けて来た。入る時の礼と言い、出る時は呼び止めるなど無礼極まりない行動だったが、ラナリアもケリーに用事があったので丁度良かった。


「ラナリア様」

「お父様はお休みになられました。お声を小さく」

「はっ、申し訳ありません」


 騎士というのは密談には向かないなぁと心の中で溜息を吐く。


「何か?」

「此度の一件、その功績を讃え騎士団に推薦したい冒険者がおります。その者こそ、救国の英雄であり、ラナリア様をお救いしましたのは」

「お待ちを。フォルティシモ様の件であれば、既に把握しています。そして私はフォルティシモ様と交流を持っています」

「おおっ、大変失礼いたしました」


 ケリー=ネッドはラナリアが声を掛けたほど優秀な男ではあるのだが、騎士団に志願した理由から言って王国への忠誠心は低い。彼は共に命を掛け合った戦友を優先する傾向にある。今は王国の危機を事前に察知して助言したラナリアと、それを見事に救った英雄フォルティシモに対して感じ入ることがあるのだろう。


「彼が騎士団に入った際には、是非とも私を部下として付けて頂きたい」

「あなたは騎士団でも精鋭部隊の隊長でしょう?」

「ラナリア様、私の目は肥えた貴族の本質を見抜くことは出来ずとも、真の強者を見抜くことはできます。彼の者は騎士団最強、いえ世界最強の男でありましょう」


 ケリーの発言を受けてラナリアは感心してしまう。ラナリアの想像でしかないが、フォルティシモの性格から言って、キュウを探している最中にこのケリーと長々と身の上話をしたとは思えない。それであればケリーはわずかな間にフォルティシモをそれほどの強者と見抜いたということになる。

 ケリー=ネッドという男の評価を上方修正する。


「騎士団へ入って頂くかはまだ分かりませんが、王国のために力を振るって頂く機会もあるでしょう」

「では、その際には是非私を」


 このことを話したらフォルティシモは嫌そうな顔をするだろうから、その表情が頭を過ぎってしまい、思わず笑いそうになってしまうのを堪える。今朝からずっと感情のままに好き勝手に口と表情を動かしていたので、我慢するのがいつもよりも大変だった。


 王国騎士団第三隊隊長ケリー=ネッド、経歴や実績から王国の騎士団思想に凝り固まっていないと考えていたが、想像以上に話の分かりそうな男だ。


「それは彼に問わなければ分かりません。ですが私から口添えしておきます」

「お心遣い感謝いたします!」



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