第三百九十五話 最強再臨
AIフォルティシモは『マリアステラの世界』にある超高層建造物の屋上で、床に倒れる太陽神ケペルラーアトゥムを見下ろしていた。
太陽神ケペルラーアトゥムは魔王剣で切り裂かれた痛みよりも、AIフォルティシモに攻撃されたことが信じられないようで、表情を驚愕の一色に染め上げている。
「消したはずだ。どうやって、生き残った?」
「死んださ」
AIフォルティシモは油断せずに周囲、特に頭上を警戒しながら答えた。
これが普通の戦闘中であれば答える必要はない。しかしAIフォルティシモの目的は、キュウたちが太陽神ケペルラーアトゥムを異世界召喚するまでの時間を稼ぐことだ。
「だが、俺とキュウの積み重ねた思い出が、最強を再びここへ立たせた」
だから敢えて質問に応じながらも、真実だが抽象的な言葉を選ぶ。
「あの狐がこの事態を見越し、何かを仕込んでいたとでも言うのか?」
「そうだ。お前は俺とキュウの絆を甘く見た」
AIフォルティシモは懐へ手を入れると、勿体つけるように一つの物品を取り出した。
その手元には洒落たデザインの懐中時計がある。
これはフォルティシモがキュウへ初めてプレゼントした、刻限の懐中時計。
二人が初めて出会った次の日、フォルティシモよりも遅くに目覚めてしまったことを恥じていたキュウのため、目覚まし時計の代わりにあげた課金アイテムだった。
キュウはこの懐中時計をずっと大切に持ち歩いていた。
その効果は、一日一回死亡時に蘇生完全回復して復活する。
キュウの時計がここにある。それは意識的か無意識的か、必然か偶然か、今となっては分からない。だがAIフォルティシモは、太陽神ケペルラーアトゥムの攻撃によって死亡したが、時を戻して復活したのだ。
蘇生したAIフォルティシモがすぐに本物のフォルティシモの下へ戻らなかったのは、この瞬間を待っていたからに他ならない。
キュウの立案した作戦を成功へと導くため。
「時を逆巻く力………。なるほど、そういうことか。だが、このアバターを殺したところで、私には何の痛痒も無いぞ」
「そうだろうな。だが今のお前は、本体と繋がってる」
「何を、するつもりだ」
AIフォルティシモは笑った。
「爺さんにも不可能だから、俺にもできない? 人類の誰もが不可能だから、警戒の必要もないか? 俺が天才の爺さんに比べたら劣るところがほとんどなのは、たしかだ。だが、あいにく俺は最強だ」
そして太陽神ケペルラーアトゥムへ向かって手を掲げる。
「発動・権能・神殺し」
AIフォルティシモの手から光の枝のようなものが伸びていった。
『マリアステラの世界』には大勢の神々が領域を置いている。
それぞれの領域は、それぞれの法則で動いていて、ルールは独立している。
そうでなければ『マリアステラの世界』は成り立たない。息をしなければ生きられない世界と、息をしたら死ぬ世界は相容れない。
そのすべてを共存させる母なる星の女神の世界は、さぞかし複雑な法則で成り立っていることだろう。
概念、と言い換えても良いかも知れない。
フォルティシモが造り出した神殺し―――宿り木は、そのルールを辿る。
バグはないか。
エラーはないか。
仕様に穴はないか。
課金でどうにかならないか。
AIフォルティシモの宿命は、それを見つけ出す。
辿る。分岐する。止まる。戻る。繰り返す。別れる。回る。飛ぶ。切れる。曲がる。辿り続ける。到達する。
またの名を総当たり攻撃。迷惑プレイヤーやチーターをも上回る、クラッカーの所業である
「ぐっ」
太陽神ケペルラーアトゥムから苦悶の声が漏れた。
「そうか。キュウが無意識に気付いた理由は、これか。『マリアステラの世界』でのお前は、マリアステラに召喚された状態だった」
正確に言えば、サンタ・エズレル神殿でキュウやマリアステラの前に現れたのは召喚体で、砂浜でキュウとAIフォルティシモと対峙したのはアバターなのだが、それは今のところ気にすることではない。
「そして『マリアステラの世界』は、現代のVR空間とほぼ同じ法則で成立してる。まるでVR空間が、『マリアステラの世界』を参考にして作られたみたいで気持ち悪いが」
参加した人々が自由に世界を開拓できる、VRMMOオープンワールド、それがマリアステラの領域。
現代リアルワールドでVR空間へログインするための機器VRダイバー。フルダイブ可能な装置が開発された時、技術の進歩に驚く者がほとんどだったけれど、少なくない専門家から脳への悪影響が取り沙汰された。
VRダイバーをクラックし、相手の脳に幻を見せる事件なんかも発生した。様々な事件や事故を乗り越えて、今のVRダイバーがある。
原理はそれに近い。神殺しはVRダイバーに当たる“何か”をクラックし、アバターが感じている苦痛を、本体にも与えることができる。
「がああああああぁぁぁーーー!」
もちろんその苦痛は電気信号が脳へ与える錯覚、VR空間が与える幻だ。だが、それで倒せなくても良い。AIフォルティシモが時間を稼いでる間に、本物のフォルティシモやキュウたちが作戦を完遂してくれれば。
「侮る、なっ!」
太陽神ケペルラーアトゥムがAIフォルティシモへ向かって、手を伸ばした。
「この“私”は、我が偉大なる神の世界の法則の一つ、アバターで動いている。故にこの世界の私には、弱点がある。その程度、私が理解していないと考えたか!?」
その手は血に塗れていて、AIフォルティシモは思わず振り払って距離を取った。
しかし太陽神ケペルラーアトゥムの腕が光る。
「迎撃・光速・打撃!」
AIフォルティシモの自動迎撃が発動し、光輝く腕を打ち抜く。
しかし光輝く腕は止まらない。そのままAIフォルティシモの心臓へ到達した。
AIフォルティシモの身体を時計のエフェクトが包む。刻限の懐中時計が発動したのだ。
「一度目の死だ」
「なんだ今の、ブリューナクかよ。太陽神だもんな」
AIフォルティシモは冗談を言いながら、内心で冷や汗を掻いた。
太陽神ケペルラーアトゥムも馬鹿みたいに弱点を晒しながら行動しているとは考えていなかったけれど、神の杖以上に威力のある攻撃を行えるとは思わなかった。
だがすぐに第二撃を出さないところを見ると、連射は不可能だ。
それに新ボスモンスターがどんな凶悪な攻撃を実装して来ても、それに対応して来たフォルティシモである。
一度は受けるが二度はない。
太陽神ケペルラーアトゥムから光輝く腕が放たれた。
「迎撃・究極・乃剣!」
巨大化する黒剣と光輝く腕がぶつかり合う。これでは迎撃に全力を使ってしまい、反撃が難しくなるが構わない。
その間に、太陽神ケペルラーアトゥムの身体が淡く光り出した。
キュウの作戦通り、異世界召喚されるのだ。
太陽神ケペルラーアトゥムが、究極の神が、神戯へ参加する。
「この駆け引き、私の敗北だ。素直に称賛しよう」
太陽神ケペルラーアトゥムは血に塗れた手を、空へ向かって掲げた。
「我が偉大なる神は、ここまで見通しておられた。だからこそ、この神戯の管理を私へ任されたのだろう」
その空、いや星へ向かって何を思ったのか。
「ならば魔王よ。お前を我が太陽の神威で焼き尽くそう」
次の瞬間、太陽神ケペルラーアトゥムは六人の神々によって異世界召喚された。
AIフォルティシモはそのすべての役割を終えて、床に膝を突けた。
フォルティシモによって産み出され、キュウによって召喚されたAIフォルティシモ。
本物のフォルティシモは、御神木をテディベアというクマのぬいぐるみの身体へ入れたのと同じことをした。
その対象は、魔王神の権能【領域制御】によって作られた信仰心エネルギーの人形。信仰心エネルギーだけが『マリアステラの世界』へキュウを救出しに行ける唯一の方法だったからこそ選ばれた。
AIフォルティシモの肉体を構成するものは信仰心エネルギー。しかし、そのエネルギーを太陽神ケペルラーアトゥムとの戦いでほぼすべて使い果たしてしまった。
AIフォルティシモの奇跡の時間は終わったのだ。
「本体の俺、キュウを頼むぞ」
別に死など怖くはない。近衛翔は目の前で両親を失った時から、死んだように生きて来た。誰とも深く関わらず、死んだ母親のAIとサポートAIと自らが造り出したAIとだけ暮らしていたのだ。
それでも心残りはある。
本物のフォルティシモの下へ戻れれば、残った信仰心エネルギーとこの記憶と経験を統合できたかも知れない。最強のフォルティシモを更に強くして、キュウとも再会できただろう。
そんなことを考えながら迎える最後の寸前、超高層ビルの屋上に人影が現れた。
AIフォルティシモは、その人影が誰だかすぐに理解する。
「マリアステラ」
「やあ、魔王様」
最強の魔王神と偉大なる星の女神が再び邂逅した。
虹色の瞳が楽しそうに笑っている。