第三百九十四話 太陽召喚の儀 後編
「違う。そうではない。召喚する対象を思い浮かべるだけでは不十分だ。もっと明確に、召喚対象とこちらの運命線を繋げ。ミンコフスキー空間に囚われるな。時間成分と空間成分とヌル成分を必要とするのは、観測者を必要とする人間の感覚だ」
サンタ・エズレル神殿で太陽神を召喚するため、他の神々へアドバイスしている狐の神タマの言葉である。
「キャロルさんっ………! 何を言ってるんですか、あの狐の人!?」
「気持ちは分かってやりてーですが、理解できてねーのは、てめーだけみてーですよ」
ルナーリスがキャロルに泣き付いている間にも、他の者たちは感覚を研ぎ澄ませていく。
「私は耳の感覚だけに集中すれば、何とかなります。練習しておいて良かったです」
「あーくん以外を召喚するのは難しいと思ったけど、あーくんのために頑張る!」
『なるほど、これが星神共が使っている異世界召喚。竜神たる我に相応しいかは疑問だが、これを使えば、下僕をいくらでも呼び寄せられる訳か。しかし、多くのエネルギーと引き換えだな』
ルナーリスが苦戦しているようだけれど、フォルティシモはルナーリスについて心配をしていなかった。ルナーリス本人は一欠片も信じていないけれど、近衛天翔王光を選んだ竜神ディアナは信じられる。
『ついに、この時が来たのね。オウコーの孫カケル。私たちは、あなたに力を貸すわ。オウコーに比べて弱々しいが、オウコーの孫は私たちにとっても孫だ。共に太陽を墜とそう』
キュウ、最果ての黄金竜、狐の神タマ、勝利の女神ヴィカヴィクトリア、ルナーリスの竜神と獅子神。
六つの光が空へ昇り、お互いを結んで六芒星を描いた。
フォルティシモはまさにおあつらえ向きだと思う。
諸説はあるものの、ダビデの星は六芒星の一種である。
ダビデと言えば。
大番狂わせ。
無敵と思われた太陽神ケペルラーアトゥムを、最強のフォルティシモが倒すのに相応しい印だ。
六柱の神々が使った力は天へと昇っていく。
神々が望む、究極の召喚者を求めて。
世界を救う勇者。
世界を守る聖女。
世界を進める賢者。
世界を治める魔王。
どれも足りない。
この異世界召喚で求められたのは、究極。
存在しているだけで人類を圧倒し、遙か太古より信仰される絶対なる天頂に輝く光。
太陽の神。
◇
その時、太陽神ケペルラーアトゥムは『マリアステラの世界』にある超高層建造物の屋上に居た。この褐色の美人女性は、あくまでもアバターだけれども、感情の表現は本体よりも多彩である。
太陽神ケペルラーアトゥムの眉がピクリと動き、それを感じ取った。
自らを呼ぶ声、呼び出す強制力、召喚者たちの意図。この太陽を倒すために立てた作戦。
「愚かな」
太陽神ケペルラーアトゥムは、狐が二匹に、竜も二匹、獅子、そして堕ちた女神を感じて冷笑した。
「塵芥が六柱集まったところで、届き得るとでも思ったか」
◇
客観的に見て、キュウの思い至った太陽神攻略作戦は、正解に限りなく近いものだった。
大地より一億五千万キロメートル先の宇宙に浮かび、一六〇〇万度のエネルギーで輝く、地球の一〇〇万倍以上の体積を持つ天体、太陽。
文字通り桁外れだ。
人類にそんなものを破壊する方法はなく、倒す方法は別の存在へ移し替えるしかない。
しかし狐の神タマが指摘したように、この作戦には大きな穴がある。
太陽神ケペルラーアトゥムを異世界召喚できるのかどうか。
答えは―――。
◇
サンタ・エズレル神殿の大礼拝堂は、光と混乱に包まれていた。
光を放っているのはキュウ、狐の神タマ、最果ての黄金竜、ルナーリス、勝利の女神ヴィカヴィクトリアだ。
「おいタマ、どうなってる!?」
「中止だ! 早く止めろ! 術式が逆流している! 逆に私たちを異世界召喚するつもりだ! 偉大なる星の女神の世界に召喚されてしまえば、戻る方法はないぞ!」
狐の神タマの叫びが響くけれど、召喚者たちを包む光は消えるどころか強くなっていく。
「やっぱり無理だったんだ。あーくんが、あーくんが、終わり、私も、終わり」
「もう、この光に包まれていけば、戦いのない平和な世界で永遠に過ごせるのかな」
六芒星の半分は早々に諦めていた。
『我は誇り高き竜神! 星神などに自由にされてたまるかぁ!』
一人は巨体を振り回しているせいで、周囲の山々が天変地異のように崩れていっている。ただし効果はないようで、その山のような巨体は召喚される直前の一際大きな光を放っていた。
「タマ、お前六人なら勝負ができるとか言ってなかったか!?」
「分の悪い勝負ができると言っただけかえ。しかしこれは、これほどとは、わても予想外だ。太陽はこれまで、まるで本気ではなかった」
狐の神タマは全身の光が強くなるのを確認しつつ、フォルティシモへ向き直る。その表情には今までに無い焦燥感があった。
「わてら六柱は、もうこの神戯へは戻れまい。ゆえに、わての奥の手を伝えておく」
「お前も諦めたのかよ! こうなればキュウだけでも」
「ご主人様」
キュウはただ一人、落ち着いた様子で何処かを見つめていた。彼女は此処ではない何処かを聞いている。
キュウの表情は恋い焦がれる乙女のようで、その相手に全幅の信頼と思慕を寄せているのではと思わせた。
「大丈夫です」
フォルティシモはキュウがそこまで想う相手へ嫉妬を覚える。
それが例え―――。
◇
「ごふっ?」
『マリアステラの世界』にいた太陽神ケペルラーアトゥムは、口から大量の血を吐いた。自分の胸元から漆黒の刀身が生えているのを見ると、何者かに背中から鋭い刃で貫かれたのが分かる。
「き、さま、何故?」
口元から血を垂らす太陽神ケペルラーアトゥムが振り返ると、そこには異世界ファーアースに居るはずのフォルティシモの姿がある。
フォルティシモはつい先日、太陽神ケペルラーアトゥムのアバターを撃破した男である。
だから太陽神ケペルラーアトゥムは、フォルティシモを警戒していた。一切の油断をしていなかったし、太陽の下で常に監視をしていた。人間には不可能な並列処理で、フォルティシモの行動を完全に分析し、その作戦が無駄に終わると確信していた。
見れば、今もフォルティシモは異世界ファーアースに居る。
だったらここに居るのは何者か。
答えは簡単だ。
「恨むなら、この最強のフォルティシモの“前”に立ち塞がったことを恨め」
キュウを守って消滅したはずの“AIフォルティシモ”は、太陽神ケペルラーアトゥムを魔王剣で貫いていた。




