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第三十九話 相互の警戒

 第二階層への階段は幅三メートルほどあり一段一段の段差も低く、モンスターも出現しない安全地帯であるため、考え事をしながらでも問題なく降りることができる。石材で舗装されており、まっすぐに降りていくだけの階段だ。フォルティシモのすぐ後ろにキュウ、少し離れてラナリアとシャルロットという順番で進んでいても迷うことはない。


 考え事の内容は先ほど出会った自称ピアノのことで、彼女が本物のピアノであるかどうかに集約される。


 もしもあの場に居たのがフォルティシモの知るピアノの姿であったならば、ラナリアのレベル上げを後に回し、すぐにでもピアノと情報交換をしただろう。場合によってはしばらくピアノと行動を共にしようと提案した。しかし目の前に現れたのは美人の女性で、どこぞのゲームの主人公のような容姿をした男性ではなかった。


 祖父から聞いた際、ファーアースオンラインはチュートリアルであるようなことも言っていたし、自分がゲームのアバターでこの異世界へやって来たので全員がそうであると勝手に思い込んでいた。それが間違いだったのか、それとも自称ピアノが嘘をついているのか、それを判断する材料がないならば冷静になって考えてみるしかない。


 第二階層への階段を下っていると、背中から声を掛けられた。


「ご主人様、よろしいのですか?」


 キュウの声だったので、一旦足を止めて振り返る。


「ピアノのことか?」

「はい。ご友人だと」

「まあ、そうなんだけど、な」


 自称ピアノのことをなんと説明すれば良いのか困っていると、ラナリアがキュウと同じ段まで降りてきた。ラナリアの表情は、先ほどまでピアノパーティに見せていた友好的なものではなくなっている。同じ女性であるのだし、ラナリアはピアノと仲良くなりたいと言い出すのではないかと思っていたのに、そんな様子は見て取れなかったことに少しだけ驚く。


「私からもよろしいでしょうか。先ほどの女性は、フォルティシモ様の知るピアノ様ではなかった。しかし、少なくとも同郷の人物であり、レベルやクラス、記憶はフォルティシモ様の知るピアノ様であると思える。ここまでに間違いはありますか?」

「ないな。加えるなら、フレア・ツーは間違いなくピアノが連れていた従者だ。あの紅い角の鬼人族は、ピアノしか持ってない」


 フレア・ツーと名付けられた従者は鬼人族の進化型【酒呑童子】ではあったが、角の色が鮮やかな紅だった。あの従者カラーはファーアースオンラインで開催されたゲーム内大会の賞品であり、その大会で優勝したピアノ以外に持っているプレイヤーは存在しない。それはフォルティシモさえ例外ではない。


「そこまでの確証があるのであれば、あの女性はフォルティシモ様を罠に掛けようという意図はないでしょう。本物である可能性は高く、おっしゃっていた言葉も本音であると判断してよろしいかと」

「なんでだ?」


 ラナリアの断言するような口調に、思わず素で聞き返してしまう。


「姿まで真似るのであれば、フレア・ツーという従者ではなくピアノ様自身が真似れば良いのです。もしくは従者だけをフォルティシモ様に会わせる。そうであれば、フォルティシモ様は警戒することなく近づいたのではないでしょうか。フォルティシモ様は、ピアノ様のお名前を聞いただけで冷静さを欠いていたわけですし」


 まったくその通りだったので何も言えない。今のフォルティシモは、内心を見透かされてさぞ面白くない顔をしていることだろう。


 あの美人がピアノだと聞かされて心がざわついたのは、一方的に親友だと思っていた相手に大きな嘘をつかれていたからだ。冷静さを欠いてしまうことは仕方ないはずである。


「それに私から見て、ピアノ様からはフォルティシモ様へ対する友愛が見て取れました。ただ、ピアノ様もフォルティシモ様を非常に警戒していましたので、その警戒心が“溝”として残ってしまう前に取り除くべきだと進言します。ああ、お二人のご事情なので深くは詮索いたしませんが」


 そう言い終えるとラナリアは律儀に上の段へ戻った。

 図々しいのか控え目なのか分からない奴だ。


「戻りますか?」

「いや、いい」


 キュウの質問に答えながら、フォルティシモは情報ウィンドウから一人しか登録されていないフレンドリストを呼び出し、メールアイコンをタップする。


 先ほどはすまない、ピアノに話しておきたいことがあるから、トーラスブルスでは二人だけで話そう、と書き込んでメールを送信した。この異世界でもメールが届く保証はないが、今戻るのは違う気がするのでこれで良しとする。


 ラナリアはピアノが本物であると断言したものの、仮に本物であったとしても神様のゲームがあるからには盲目的に信じてはならない。最強の【拠点】と最強の従者を失っている今のフォルティシモは、ピアノとフレア・ツーを同時に相手にすれば負けはしなくとも相当な苦戦が予想される。


「よし、行くぞ」

「今のは何をなされたのですか?」


 メールを送信する姿を見て、ラナリアから声を掛けられた。

 両手槍の男のこともあったので、情報ウィンドウについて簡単な説明をしながら第二階層へ降りていった。


 その話の途中。


「ヴォーダンというエルフも、ご主人様と同じことをしていました」


 神様のゲームに参加していた両手槍の男は、耳の形や目の色が典型的なエルフのアバターをしていた。フォルティシモと両手槍の男はアバターだったが、自称ピアノは違う。キュウの一言を聞いて、自称ピアノに対する警戒心を引き上げた。




「ところで、本日は第一層を使うと仰っていましたが、第二層へ進むのですか?」


 キュウとラナリアの話が終わって、待ってましたとばかりにシャルロットが口を挟んだ。


 フォルティシモは足を止める。第二層の平均レベルは一〇〇〇。キュウやラナリアは元より、シャルロットでさえ一対一でギリギリ、一対二では危険なモンスターが出現する。


 フォルティシモのパワーレベリングの方法であるモンスター氷漬け作戦を使えば、狩りをすることは十分可能ではあるものの、リポップの激しいダンジョンでは万が一もある。これがキュウ一人であれば目を離さないようにしていれば、危機に陥るようなことはまずないが、ラナリアとシャルロットを加えた三人から目を離さないようにするのは困難だ。


 安全を考えるのであれば第一層へ戻るべき。


 しかし、ここで“間違えたから戻る”というのは非常に情けない。キュウの前ではこの異世界の常識が分からずに色々と失敗を重ねているので、その程度ではキュウの信頼は揺るがないと思っているが、ラナリアとシャルロットは違うし、何よりもこのまま戻ると第一層のボスを独占している自称ピアノと鉢合わせになる。


「第二層の魔物のレベルはどの程度なのでしょうか?」

「一〇〇〇くらいだな」

「第一層の倍ですか。サン・アクロ山脈の数倍の魔物があれほど出現するわけですね」

「フォルティシモ様、そのレベルですと私ではラナリア様をお守りするのが困難です。万が一の場合は、ラナリア様の安全を確保して頂きたく」

「シャルロット、フォルティシモ様は私もあなたも死の危険から遠ざけるよう配慮して頂いているから大丈夫よ」


 真剣な顔つきをより引き締めたシャルロットと、微笑をして答えるラナリアは対照的だった。キュウは何を思っているのか、フォルティシモの判断を待っている様子だ。


 美少女の命と自分のプライドであれば迷わず前者を取る。けれども危険の可能性と自分のプライドならば、どちらを取るかは迷いどころだ。極論を言えば、刻限の懐中時計を始めとしたデスペナ回避アイテムや回復アイテムを多用すれば、危険の可能性もほぼ無いだろう。


 フォルティシモはしばらく考えて決めた。


「新しいスキルを作るから少し待っていろ」


 情報ウィンドウからスキルのコード設定を開き、第二層でキュウたちのレベリングをするためのスキルを作っていく。




 ◇




 フォルティシモから自称ピアノと呼ばれているとは知らないピアノは、ゲームの時と変わらないその行動と後ろ姿を見て、安心半分警戒半分を抱いた。


 フォルティシモがファーアースに居るということは、神様から招待されたことに間違いない。彼が招待されたこと自体は不思議とは思わない。ピアノと同等以上にファーアースオンラインに打ち込んでいたフォルティシモへ、神様が声を掛けるのは必然だ。この異世界へ来て不安も大きかったが、こうして親しい知り合いの顔を見れば安堵を感じる。


 彼が、本物のフォルティシモであれば、だ。


 彼はゲームのアバターそのままだった。あれだけの美形ならば、リアルの自分をモデリングしてゲームのアバターとして使うことも考えられるが、フォルティシモの性格はそんなことをするようには思えない。


 何よりも、彼は見るからに異種族だった。絵に描いたような銀髪、染みの一切無い綺麗な肌、ファーアースオンラインに登場する天使と悪魔のハーフを設定した時にだけ見られる金と銀の瞳、フォルティシモの“中の人”がそんな容姿をしていたとは思えない。


「染めてカラコン………あいつならやりそうだなぁ」


 あのフォルティシモのために実装されたと言われる厨二黒剣や、何語かもよく分からないスキルの数々を思い出し、銀髪カラコンを常時付けることくらいはやりかねない奴だと思い直していた。


 さすがに仲間の前で暴露するのは可哀相だったので、トーラスブルスで会う時に聞いて見れば良い。それだけでピアノの懸念は晴れることだろう。


 フォルティシモを警戒させてしまった自分がネナベだった件は、もう一度謝罪して許して貰うしかない。フォルティシモは運営に怒って二度と課金しないと言った翌日には、一日中アイテムガチャを回すような引き摺らない性格だから大丈夫だ。彼が思慮深い行動をとっているように見えるのは、そっちの方がクールに見えて格好良いから、という理由のはずで、“考える時間があった”という事実さえあればピアノのこともすんなり受け入れてくれるはず。


 ピアノがフォルティシモの消えていった階段を見つめながら考え事をしていると、背後から不必要に大きな足音がする。


 振り返るとオーギュストがウィザード用の杖を強く握りしめ、眉間に皺を寄せた表情で近づいて来た。


「ピアノさん、あいつは何なんですか?」

「何って、さっき説明しただろ? 友達だよ」

「そうでは、なくてですね」


 眼鏡を指で支えて不満そうな顔をしているにも関わらず、珍しく歯切れの悪いオーギュストに首をかしげながら、ピアノは頭を切り換えた。


「ルーカス、消費状況は?」


 ルーカスはピアノと年齢が倍以上離れた男性だが、お互いに遠慮はしないと約束をしているため敬語を使っていない。この世界で最初に会った男性であり、異世界での暮らしにおいて常識の面で非常に助けられている。レベルもピアノとフレアを除けばパーティで一番高いため、サブリーダーとして色々とサポートをして貰っている。


 フレアには届かないまでも鍛えられた体躯の男性で、チェインメイルとクロスボウを装備した姿は、【レンジャー】というクラスも相まってゲリラ戦でも始めそうな出で立ちである。


「あ? ああ、悪い悪い。嬢ちゃんが珍しい反応するからぼーっとしてたわ」


 今の戦闘で消費したアイテムやMPについて尋ねたのだが、ルーカスは笑っているばかりで動こうとしない。


「そこそこ金は貯まってるはずだから、とりあえずアクセサリでも買いに行くか? 俺は詳しくないんで、フランソワどっか知らないか?」

「そうですね。でもまずは服です。数日では仕立ては難しいので、出来合でピアノさんに合う物を探さなくてはなりません。下着は大丈夫ですか? どうしてもと言うのなら、私のを差し上げても良いですけど」


 フランソワは身長も体型もピアノに近い。彼女は元々地位の高い貴族の令嬢だったのだが、モンスターに襲われているところを助けた時からピアノに付いて来ている。ピアノのように成りたいと言っており、クラスだけでなくスキル構成もピアノと同じものを取得してレベルを上げている。


「なんで下着?」

「そうだぞ、グザヴィエ。ピアノさんは情報交換をしに行くのであって」

「デートじゃないですか!」


 オーギュストが口をはさみ掛けたのを遮って、フランソワは目を輝かせながら声を上げる。


 ゲームの時にフォルティシモとは色んな場所へ二人きりで行っていたので、今更デートなんて感覚はない。しかしフランソワが自分のことのように嬉しそうにしているので、水を差すことのほどではないと思い、苦笑だけ返しておいた。その反応にオーギュストが凄い顔をしていたが。


 キンケルがオーギュストの肩をぽんぽんと叩いているのを確認してから、ピアノはフレア以外の全員を見回す。


「私のことは気にしなくて大丈夫だ」


 ピアノの言葉でこの話題は終了となり、再びダンジョンの中である真剣な雰囲気が漂う。ピアノやフレアにとっては低レベルダンジョンに過ぎなくても、彼らにとっては容易に命の危険となる場所だ。


 ルーカスがそれぞれの消費したアイテムやMPを確認している間に、ぽんっという音がどこかからピアノの耳へ響いた。ファーアースオンラインのメールシステムの着信音で、久々に聞いた音だった。今、メールを送ってくるような相手の心当たりは一人しかいない。


 情報ウィンドウを開いて確認すると、案の定フォルティシモからのメールだった。


 話したいことがある。二人だけで話そう。


「………」


 ピアノも仲間には聞かれたくない話があったので、フォルティシモから言ってくれるなら都合が良い。


 都合が良いので「いいぞ」という旨を返信しておく。


 確かピアノの【拠点】の倉庫には、ファーアースオンラインが服飾ブランドとコラボした際に実装された服が何着かあったはずであった。決して深い意味はないけれど、フォルティシモとの約束の日までには取りに帰ろうと決めた。



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