第三百八十一話 太陽神の攻略法
フォルティシモはサンタ・エズレル神殿の『神前の間』で、光の扉が爆発でもするように発光するのを見た。
この部屋にはフォルティシモ、セフェール、リースロッテ、<青翼の弓とオモダカ>、エンシェント、狐の神タマと狐人族の娘たちが揃っていて、なかなかの人口密度になっている。
光の扉から二人の人影が飛び出して来て、扉は役割を終えて消えていく。
「キュウ!」
フォルティシモはその人影がキュウとつうであることを確認して、最速でキュウを抱き締めに走った。
「ご主人、様っ。ありがとうございます。本当に、申し訳、ありませんっ」
「謝らないで良い。無事に帰ってくれただけで、良いんだ」
フォルティシモは腕の中のキュウの体温を感じて安堵する。今は耳や尻尾の毛並みではなく、キュウの体温がフォルティシモへ安心を与えてくれた。
キュウの状態を二十四時間監視するストーキングスキル設定では足りなかった。これからは、もっと。
「フォル」
キュウを追って光の扉へ入ったつうが、ジト目でフォルティシモを見つめていた。フォルティシモは光の扉の先で何が起きたのかは知らないが、彼女はキュウを連れて帰ってくれたのだと思う。
「つうも感謝する」
「そう、ね。フォル、ちょっと後で、二人だけで話がしたいのだけど」
「二人だけでか? 分かった。状況が落ち着いたら【拠点】で話そう」
最後に、フォルティシモが己の魂のアルゴリズムから造り出した、AIフォルティシモが戻って来ないことを確認した。
キュウはフォルティシモが誰を待っているのか、すぐに気が付いたようだ。
「ご主人様、あのご主人様は、私を、守って、守ってっ」
キュウが震えている。震えながら、瞳を潤ませてフォルティシモを見上げていた。
「申し訳、もうし、わぁけりぃま、せんっ。わ、たしがぁ、弱かった、からっ」
キュウは震えながらも、涙を流すまいと必死に堪えている。
それだけでフォルティシモは、AIフォルティシモが自らの使命を全うしたのだと理解した。AIフォルティシモは、フォルティシモとAIフォルティシモが愛するキュウを救ったのだ。
「泣くな。あの俺は、キュウを救えて満足だった。俺だから、誰よりも分かる」
フォルティシモはキュウを抱き締める腕に力を込めた。
「キュウはしばらく【拠点】で休んでろ。あとは俺たちが………」
その瞬間、キュウがフォルティシモに対して、今まで泣いていたとは思えない表情を作った。
男子三日会わざれば刮目してみよ、とは言うが、キュウは一日も経たずして何か遠くへ行ってしまった気配を感じる。
「―――いいえ、ご主人様。あのご主人様が遺したもの、私はすべて、ご主人様へお伝えします」
キュウの耳と尻尾は震えている。ショック状態から立ち直った訳ではないけれど、それ以上の使命を思って気持ちを抑え込んだのだろう。
「分かった。キュウが知った情報を、聞かせてくれ」
◇
フォルティシモは『神前の間』で話を聞くのも場所が悪いし、他の従者にも話を聞かせたいと考え、一旦【拠点】へ戻って来た。
キュウは屋敷で皆が集合するのを待っている間にホットミルクを一杯だけ飲んだ後、その体験をフォルティシモやピアノ、その場に居た従者たちへ語った。
キュウの語る言葉は、まるで自分がその体験をしたかのように、フォルティシモの頭へ『マリアステラの世界』であった出来事を浸透させる。
「神戯が儀式だって言うのは聞いたが、信仰心エネルギーの使われ方は、聞いてないぞ」
キュウが聞いた話によれば、神戯には二つのエンディングがある。
一つ目、神戯の勝利条件達成者が【最後の審判】をクリアして、本物の神へ到達する。
二つ目、神戯の勝利条件達成者および全プレイヤーが死亡して、遊戯盤となった世界が救済される。
この神戯では、太陽神ケペルラーアトゥムという強大無比な神が【最後の審判】で立ち塞がる限り、ほぼ確実に後者となる。
いや太陽神がやるまでもなく、遊戯盤となった異世界とその住人たちを見捨てられるプレイヤーでなければ、戦うことさえ拒否するかも知れない。ここまでプレイヤーを助けて、信仰を捧げてくれた者たち全員を消し去らなければ、真の勝利者、神には到達できないのだ。
神戯はなかなかに悪辣らしい。このシステムを考えた奴は、絶対に性格が悪い。
フォルティシモは半ば無理矢理に同席させた狐の神タマを睨み付けた。
狐の神タマはフォルティシモの文句と威嚇を物ともせず、興味深そうにキュウを見つめている。彼女はフォルティシモの視線に気が付いて肩を竦めた。
「わてから教えられる範囲で、すべて教えたつもりだ。それに異世界ファーアースの消滅に関して、状況は変わっていない。わてに文句を言いたいのであれば、救世の方法を見つけたのかえ?」
「充分な情報を渡さずによく言えたな。対応策も変わってくる」
「この情報で変わったか? 知ったところで、こればかりは確実だろう。フォルティシモ、お前にこの異世界ファーアースを救う手段はない」
狐の神タマはフォルティシモに協力的だが、その目的は太陽神を倒すことだけに向いていると思われる。太陽神を倒すためのことなら情報提供やデーモンたちの説得など、色々と手伝ってくれた。
しかしそれ以外のことは、信頼しないほうが無難というのがフォルティシモの結論だ。
「到達者を使って、勝負にもならなかったか」
「………………はい」
AIフォルティシモと太陽神ケペルラーアトゥムの戦い。
AIフォルティシモは特にその戦いに集中しろと言っていたらしく、キュウは本当に事細かに教えてくれた。見聞きしたこと、感じたこと、そして“聞いた”こと。
「太陽神は、その女性が倒されたら引いたのか? それって結局、その女性と空の太陽、どっちが本体なんだ?」
ピアノが根本的な質問を投げ掛けると、キュウはハッキリと答える。
「空の太陽です。女性は化身なんです。化身があのご主人様に倒されたから諦めた理由は、分かりません。もしかしたら、あのご主人様は何かに気付かれたかも知れませんが、私は、何も」
「そう都合良くはいかないか」
「でも、ピアノさんの考えている方法が、ケペルラーアトゥム様を倒す手段になると思います」
「どういうことだ?」
「ご主人様やピアノさんは、神戯へ参加した際、身体が今のものになっていたと聞きました」
フォルティシモはその通りでも、ピアノはアバターではなく現代リアルワールドの姿なのだが、今はそこを指摘するべきではないだろう。
キュウは太陽神を倒す方法を続けた。
「ケペルラーアトゥム様を神戯へ参加、異世界召喚すれば、太陽ではなくあの女性が本体となるはずです。能力はカンスト、管理者としての力も持っていると思います。でも、それはご主人様も同じです」
フォルティシモの知る多くの異世界召喚物語では、弱い人間が異世界召喚され、異世界という新しい法則の中で強い力を得る。
だが逆に、本体は強大無比な神が異世界召喚され、異世界の法則の中で戦うことになれば。
本体よりも異世界召喚された者のが弱いという逆転現象が発生するのではないか。
「ご主人様なら、ケペルラーアトゥム様を倒せます」
一同は少しの間、沈黙に支配された。それはそれぞれが、キュウの提示した案を検討しているからである。
少なくともこれまで絶対不可能だと思われた太陽を墜とす方法に、実現可能性のある案が投げ掛けられたのだ。
「キュウ、前提が不可能と分かっているかえ? あの太陽を、どうやって神戯へ参加させる?」
「神戯参加者の皆さんは、許諾を得ている人も居ますが、そうでない人もいます」
「それは神と人の関係上、神が上位者であるからだ。その神を召喚するなど………」
「本当にできないのか? 最果ての黄金竜やディアナなんかの竜神も参加してる。上位者だからとか、関係があるのか?」
フォルティシモが口を挟むと、狐の神タマは続きを口にしなかった。やはり狐の神タマは太陽神を倒すためなら、可能性のある策を受け入れる。
狐の神タマはしばらく迷った後、諦めたように語った。
「太陽はあまりにも強大。わて一人が足掻いたところで、異世界召喚など不可能だ」
「私も協力します。たぶん、一度、成功させました。練習して、もう一度くらいは」
「わてとキュウ、二人ではな。三柱用意しても敗北は必至。あと四柱、最低でも六芒星を描ける数が欲しい。それでようやく、分の悪い勝負ができるかえ」
「………そんなに神様方がいらっしゃいません」
狐の神タマは、太陽神を倒すために協力してくれる神が六人分必要だと言っている。神戯参加者であるプレイヤーには誰も準備できない前提条件、に見える。
「いや、いるぞ。というか、たぶん用意できる」
しかしフォルティシモは違う結論を出した。
「ルナーリスが竜神と獅子神、二柱分の特性を持ってるし、二人共協力してくれるらしい。そして自称だが最果ての黄金竜がいる」
「………それでまだ五柱かえ」
「アーサーがいつも言っていた奴がいる。勝利の女神とやらだ」
フォルティシモは、もしそれで駄目なら最後の当てを思い浮かべる。あまりにもか細い可能性だけれど、フォルティシモは誰にも話していない神に心当たりがあるのだ。
「どうだ? キュウが見つけた攻略法、どう思う?」
「その質問には、お前が六柱を揃えられた時に答えるかえ」
話し合いが終わり、夜も遅くなっていたのでフォルティシモとキュウは自室へ戻って来た。
キュウは本当に疲労しているようで、少しふらついている。フォルティシモが気遣うと、キュウの耳と尻尾が弱々しくも嬉しそうに動いていた。
「今日はすぐに休め。ゆっくりすると良い」
「あの」
「なんだ?」
「いつもみたいに、少しお話をしてもよろしいでしょうか? 少しで、構いません。また、ご迷惑を掛けてしまうの、ですが」
キュウはAIフォルティシモの死が堪えているらしい。フォルティシモは自分をコピーしたAIが死んだことへ、ゲームのトライアンドエラーの最中にアバターが死亡した程度の気持ちしか感じていない。
しかしキュウは違う。
キュウは目の前で、フォルティシモの死を見た。近衛翔が近衛姫桐の死を見たように。
そんなことは隅に置いておいて、キュウが精神的に弱っている時に、フォルティシモを頼った事実に興奮する。もちろん興奮した気持ちは表には出さない。
「ああ、もちろん良いぞ」
「ありがとうございますっ」
いつもは自然と楽しい話題が出て来るし、出て来ない時は二人用ゲームでもするのが、フォルティシモとキュウだった。しかし今日ばかりはキュウの落ち込みが分かるから、どちらも気分になれなかった。
「あれだ。キュウが仕事をしている間、俺も色々と動いたぞ」
だからと言うには不器用だけれど、フォルティシモはキュウが己の仕事を全うしている間、大陸各地を歴訪したのを思い出しながら語ることにした。
キュウの目の前のフォルティシモは、大丈夫だと伝えるために。