第三百七十七話 感動の再会
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フォルティシモによって創られたAIフォルティシモは、光の扉を潜る。
不思議な気分である。AIフォルティシモは、フォルティシモであってフォルティシモではない。
その自覚があるのに、自分はフォルティシモだと思っている。
『方法序説』に語られた命題を実感として覚えた者は、自分と、つうと、テディベアくらいではないだろうか。そんな益体もないことを考えていたら、フォルティシモはその場所へ降り立った。
女神マリアステラと太陽神に誘われてキュウが向かった神様の世界。
どんな世界で、どんな光景が広がっているのか、最大限の警戒をしていたけれど、そこにあったのは予想外の光景だった。
片田舎には似合わない豪邸。家中の物がIOT化されていてAIたちといつでもどこでも話せる家、最新の機器を持ち込んだサーバールーム、自家発電のための施設、ロボティクスで管理された自給自足可能な田畑、自家用衛星と通信するためのアンテナ。
そこは近衛翔の生家だった。正確には、生家そっくりの場所である。
「なんだ、ここ? ここに、キュウが連れて来られたのか?」
フォルティシモは近場の鏡で自分の身体を確認する。フォルティシモはフォルティシモのアバターで、近衛翔の身体ではない。
情報ウィンドウの起動を試みる。起動しなかったけれど、それで焦ることはなかった。
フォルティシモは一度、この状況を経験している。フォルティシモが近衛天翔王光が操るアバターオウコーと出会った時、現代リアルワールドだと思ったのに、まったく別の何処かだった。
「ここまで来ちゃうなんて、さすが私の愛する息子ね」
フォルティシモが警戒しながら家の中を歩いていると、人影が現れて話し掛けて来た。
人影は、つうに似た黒髪の美人である。フォルティシモの従者の中で、つうとエンシェントのアバターだけは、フォルティシモが口出ししながら本人たちが作成したので、そのモデルとなった人物だと思われた。
「息子だと?」
「ええ、母親の顔を忘れたかしら?」
フォルティシモは母親の顔をよく覚えている。彼女の死に顔は強烈な印象を持って記憶に張り付いているからだ。
「アンタが本当に俺の母親なのかは知らないが、一つ言っておいてやる。つうだが、美人過ぎるだろ。俺の母親は、あんなに美人じゃない」
「自分は超イケメンの中二病アバターを作成しておいて、よく他人を批判できるわね。言っとくけど、私たちの遺伝子で、そんな長身でイケメンが生まれてくるなんて有り得ないから、現実を見なさい」
「夢くらい見させろ。大体、爺さんのアバターを見たか? ショタってどんな神経でアレ造ったんだ」
「お父様のことは言わないで。死にたくなるから」
「さては、オウコーのアバターはアンタの趣味か。母親がショタ好きで、爺さんが母親好みのアバターでゲームって、俺の気持ちを考えろ」
フォルティシモは近衛姫桐に似た人影を、偽物だと断じて話を振ったのだ。
しかし少し話しただけで、分かってしまった。
このつうに似た美人は。
近衛翔が幼い頃、誘拐人質事件で命を落とした近衛姫桐本人らしい。
「アンタ、本当に、俺の母親なのか?」
「ふふ、そうよ。ここだから、ようやく言えるわ。翔、私は―――って痛っ!?」
フォルティシモは近衛姫桐へ対して、脳天チョップをお見舞いした。
「え!? 何!? ここ、愛する息子と、母親の感動の再会シーンじゃないの!?」
「生憎だが、今の俺は魂のアルゴリズムで創り出したAIだ。本物の俺は、今もキュウを心配して、異世界ファーアースで待っている」
「さすがね! もう何をさすがと言って良いのか分からないけれど、さすが私の息子ね!」
フォルティシモは近衛姫桐を睨み付ける。
「いつから、つうを乗っ取っていた?」
「いつからって、最初からでしょう? つうは、私を上書きしたAIだし。私は―――いたたたたた!?」
フォルティシモはもう遙か昔にも思える物心付くかつかないか頃に見たアニメの、ぐりぐり攻撃を繰り出した。
「あれ!? 母親が生き返って、喜ぶんじゃないの!? 私は、転生して神戯を勝利したの! 全部、愛するあなたのため!」
「俺はつうに負い目を感じていた。俺の、母親を失いたくないって気持ちが、傲慢が、つうを産み出した。拒否することだって出来たのに、俺は魂のアルゴリズムを使って、近衛姫桐をツーへ上書きした」
フォルティシモはぐりぐり攻撃をしていた人物を解放する。
「そ、そうでしょ? でも大丈夫だったの。お母さんは、こうして戻って来たわ」
「俺が何歳だと思ってる?」
「えっと、**歳?」
「もう**年前に死んだんだぞ? もうアンタより、キュウやつうのが大切だ」
「そんなっ」
近衛姫桐は口を丸く開いて、二歩、三歩と後退った。
「あなたのことだけが、私のモチベーションだったのに………」
近衛姫桐はフローリングの床の上に崩れ落ちる。下を向いているようだったけれど、チラチラとフォルティシモを見上げてくるのが鬱陶しい。
「さっき一瞬だが、ログアウトって表示されたな。元の世界へ戻った訳じゃないなら、一体どういうことだ?」
フォルティシモは手近なIOT機器へ話し掛ける。
「つう、エン、セフェ、誰かいるか?」
「いるよ?」
「サーバーがあるから、誰かいるかと思ったが、駄目か。セフェも光の扉を使ったらしいから、あるいはとは思ったんだが」
「私も入ったって聞かなかった?」
「………………………………………キュウは、どこだ?」
近衛姫桐が満面の笑顔を浮かべて、勢い良く立ち上がった。
近衛姫桐に案内されたのは、彼女が生前に―――と言って良いのか分からないが―――使っていた自室だった。
箪笥や化粧台の代わりに亜量子スーパーコンピュータが複数台置かれている。どこかの企業の研究室と言われても納得できるレイアウトで、いわく寝てる時もコンピュータと繋がる女だ。
近衛姫桐はシステムチェアへ腰掛けて、投射型のキーボードを超高速で叩いた。押すのではなく触る投射型で独自仕様のキー配列を使っているところが、いかにもな感じでイラッとする。
「翔は、マリアステラ様が何故、母なる星の女神と呼ばれているのか分かる?」
「どうでも良い。キュウはどこだ?」
「キュウの居場所と関係があるわ。何故だと思う?」
「クイズ形式とキュウの居場所のどこに関係があるんだ。名前からの推察なら、神様はどこか宇宙の果ての異星人で、マリアステラはそこの女王だから」
「違うわ。そもそも異星人という考え方そのものが違う」
フォルティシモは真面目に検討してみた。女神マリアステラは、何者か。
「………星を、世界と考察するなら、最初の世界、最初の神で、他の神を産み落としてるから」
「ほぼ正解。厳密には、原初の神が一柱。他の神々は、みんな何かから神へと到達したのだけれど、彼女はナチュラルボーンな神様なの」
フォルティシモはスピーカーの一つを持ち上げて、近場のモニタへ向かって構える。次の言葉がキュウの居場所と無関係だったら、手始めに近場のモニタに穴を開けてやろうと決めた。
「ここはそんなマリアステラ様の世界。すべての世界の性質を受け止める場所なの。様々な神が、自分たちの世界をマリアステラ様の世界へ置いている。キュウが付いて行ったのは、太陽神の領域。太陽神がマリアステラ様のために用意した楽園ね」
「場所を教えろ」
「行ってどうするの? ここではフォルティシモは最強じゃないわ。それに勝手に他神の領域へは入れない。同じ扉へ入ったのに、何故私とあなたはここへ出たと思う? 私たちが帰還できる場所がここだからよ」
フォルティシモは近衛姫桐の指摘に笑みを浮かべて答える。
「まずは傍まで行ってみる。それから言っておくが、対神の準備はして来てる」




