第三十七話 疎遠な親友 前編
「お前もそれ持ってるのか。それ作るの大変だったろ。フレンド登録しないか?」
そいつに話し掛けられたのはまだクローズドベータテスト、仕事や抽選などで選ばれた一定数のプレイヤーのみ参加できるテストプレイで、やっとの思いで当時実装されている中で最高のSSR級長剣を作った時だった。高い身長と金色の長髪を持つ青年アバターで、第一印象はたとえVRゲームでもここまで美形のアバターを作る奴が居たとは、と驚いたものだ。思考の中とは言え全力でブーメランを放っていた時でもある。
そしてそいつも同じ剣を持っていて、同じくらいやり込んでいるプレイヤーだと分かり嬉しくなった。その剣を作るにはその頃はかなりのプレイ時間が必要で、最低でも一日十時間程度はログインしているプレイヤーだと思った。
すぐにフレンド申請を承認して、フォルティシモはファーアースオンラインで初めてのフレンドを得ることになる。
フレンド登録してすぐの頃はログインする度に情報交換をして、度々二人で素材集めや狩りに出掛けた。
その男はフォルティシモがログインすると必ずと言って良いほど【ログイン中】となっていた。フォルティシモのログイン時間も廃人と言って差し支えない時間だったはずだが、そのフォルティシモを以てしても長時間ログアウトとは無縁の彼は、フォルティシモを超える廃人だった。究極廃人とでも言えば良いのか、およそ寝ていないのではないかと思えるほどのログイン時間を誇っていた。彼の方でもログイン時間の長いフレンドが欲しかったらしく、フォルティシモと出会って、フレンド登録できたことには素直に喜んでいた。
正式サービスが始まり、次々とアップデートが重なっていき、フォルティシモが【魔王】クラスを主戦力に選び、そして課金要素が増えていたせいもあり、彼とパーティは組む機会は無くなってしまった。
フォルティシモが最強を追い求めた末に疎遠となった友人。
でも、一方的だが友人関係は続いていたと思っているし、戻ったら最初に異世界の話をしようと思っていた相手だ。
本名は知らないが、アバター名をピアノと言う。
黒髪の女はフォルティシモたちに駆け寄ってきた。
シャルロットが剣を構えて間に入ろうとする。
「シャルロット、フォルティシモ様のお知り合いのようですよ」
ラナリアの制止でシャルロットは踏みとどまるが油断はしていない。
黒髪の女はシャルロットを気にした様子もなくフォルティシモの前で笑った。
「お前もファーアースに居たとはな! 連絡してくれよ、ってのは無理か、まあ会えて嬉しいぜ!」
キュウ、ラナリア、シャルロット、黒髪の女、視線がフォルティシモに集まる。視線に込められた感情はそれぞれ異なっているが、フォルティシモの反応を待っているのは皆同じだ。
しかしフォルティシモは黒髪の女の顔をまじまじと見つめ、頭を捻って考えていた。黒髪の女の持っている装備から、彼女がファーアースオンラインの廃人プレイヤーであることは察することができるものの、フォルティシモも全てのプレイヤーを把握しているわけではない。むしろ一方的に知られている可能性の方が高いと言って良い。その場合は大抵嫉まれているだろう。
「フォルティシモ?」
「誰だお前」
いくら記憶を探っても、黒髪の女の顔に見覚えは無い。だから何が起きてもすぐに対応できる心構えをした。例え相手が廃人プレイヤーだろうとも、フォルティシモは廃人で超絶廃課金なのだから負けるとは欠片も思っていない。
フォルティシモの言葉を聞いた黒髪の女は、何かを納得したように気安い調子で両手をポンッと合わせた。
「ああ、そういえば言ってなかったな。私、じゃなくて、俺だよフォルティシモ。ピアノだ。ネナベってやつだったんだ」
「ピアノ、だと?」
ピアノを名乗った女は剣を取りに戻り、無意味に白剣を回転させながら振り回し、鞘に納めるパフォーマンスを見せた。
これは有名なゲームキャラクターが見せる勝利ポーズで、かなりの速度で回転させた剣を振りつつ鞘に納めるのは意外と難しい。そしてこれをやるためだけに三日徹夜して練習したのがピアノという男で、ボスを倒した時などは必ずポーズを取っていた。
「な?」
黒髪の女は「これで分かっただろ」と言いたげに笑って見せた。
「本当にピアノなのか?」
「なんだ随分人間不信だな。こっちに来て辛い目にでも遭ったのか?」
成りそうなのはこれからだ、と言ってやりたい気分だ。百歩譲って黒髪の女がピアノだったとして、フォルティシモはゲーム時代のアバターのままに関わらず、ピアノが女の姿であることに疑問が残る。フォルティシモが会っていたピアノのログイン時間を考えると、サブキャラクターを作ったとも考え辛い。
それに祖父の言葉を思い出せば、ピアノは神様のゲームの参加者だ。ゲームの勝利条件が【魔王神】とやらを最初にカンストさせることらしいので、フォルティシモにとってもピアノにとっても、お互いが最大のライバルと成りかねない。
否、リザインが許されているのだから、そこまで深刻になる問題ではないはずだ。むしろ強力な知り合いが居たことに喜び、二人で神様のゲームをクリアして、最後にどちらかが勝つか試合でもして負けた方がリザインすれば済む話である。
「別にそうじゃ、ないが」
ピアノを名乗る女の視線から顔を逸らしてしまった。戦闘中であれば有り得ない隙となる行動だと思っていても、どうしても黒髪の女と視線を合わせていられなかった。
「もしかして、私が美人だったから恥ずかしがってるのか? そんなんだから童貞魔王とか呼ばれるんだぞ」
「ちげぇよ! PKするぞ! てめぇのデスペナはさぞ辛いだろうなぁ!」
フォルティシモが脅しをしても自称ピアノは笑うだけだ。
「フォルティシモ様、図星を突かれて動揺しているところ申し訳ないのですが、ひとまずあの魔物を倒しませんか? その後、是非紹介をして頂きたく思います。ピアノ様のパーティの方々も、こちらを気にして戦闘に集中できていないようです」
ギギギという機械のような動作音がしそうな動きで振り返ると、何の悪びれも無い様子のラナリアが目に入る。
「そうだな。だが、お前、あんまり見知らぬ相手に出しゃばると、本当に酷い目に遭うぞ」
「覚悟しております。ただ、今回は特別です」
ラナリアは目を伏せて丁寧なお辞儀をした。冒険者の格好には合わないものの、身に纏う優雅さは変わらない。
「ピアノ様、ラナリアと申します。フォルティシモ様と行動させて頂いております。以後よしなに」
「あ、ああ」
ラナリアに挨拶されて自称ピアノはどもった。見ず知らずの他人とリアルで会話するのに勇気がいるネトゲ廃人っぽい反応だった。超絶課金者だろうが究極廃人だろうが、物心付く頃から魑魅魍魎の跋扈する政治の世界で生きていた王女の前ではコミュ障になるしかないらしい。
自分も挨拶をするべきか迷い、フォルティシモ、ラナリア、自称ピアノの間で視線を彷徨わせているキュウを見て安心する。
「お二人はあの魔物を倒すのに、どの程度のお時間が必要になりますか?」
「一瞬だ」
「一閃だ」
「おいピアノ、それ時間の単位じゃないだろ」
ダンジョンボスとは言え、第一層であるレベル五百適性程度のフロアのボスでしかない。フォルティシモは元より、ピアノにとっても雑魚モンスターと変わらない。
「それではお願い致します」
「任せておけ。フォルティシモ、横殴りはマナー違反だ。ここは貰うぞ」
「あの狩り方はボス独占だぞ。横殴りよりも酷いマナー違反だ」
「お前も同じことするために、ここに来ただろうに」
自称ピアノはボスへは向かわず、振り返って大声をあげた。
「フレア! 急用ができた、一旦片付けろ!」
ボスを一人で足止めしていた大男が、その言葉に反応して大きく動き出す。大男が掌底打ちを繰り出したかと思うと、ボスの上半身が一撃で吹き飛んだ。
「あの方もお強いのですね」
その衝撃と音でキュウはフォルティシモの服を掴み、ラナリアは顎に手を当てて思案顔を見せていた。
しかし、フォルティシモはそれどころではない。自称ピアノが自称であることも忘れて、彼女の肩を思い切り掴んで話し掛ける。
「おい、フレア・ツーなのか!?」
「ん? 当たり前だろ」
フレア・ツーは近接戦闘系にビルドされたピアノの従者で、ゲームの頃からずっと近衛設定がされており、そのステータスやスキルの五十パーセントがピアノに加算されているはずだ。
問題は、フォルティシモはこの異世界に自分の従者を連れて来られなかったというのに、ピアノはフレア・ツーを連れてきているということだ。
「どうやって!?」
「どうやって?」
フォルティシモの疑問の意味が分からなかったらしく、自称ピアノはオウム返しに問い返して来る。
「こっちに来た時、俺の従者設定は全部外れてた。だが、お前はフレア・ツーを従者にしてる。なんでだ!?」
「確かに設定は初期化されてたが、【拠点】に戻ったら居たぞ」
「【拠点】があったのか!?」
ファーアースオンラインの【拠点】システム―――ハウジングシステムは、自由な場所に家を建てることができるというもので、家具や内装は元より施設も設定できるため、倉庫、銀行、クラスチェンジ、生産系の補助、畑や採掘場によるアイテムポップと様々な用途のある重要な場所だ。
フォルティシモは、異世界に来てすぐの頃に【拠点】を確認したものの、フォルティシモの情報ウィンドウの中には【拠点】が無くなっていたため少しばかり諦めていた。
しかし、確実に有ると分かれば話は別だ。神様のゲームとやらでプレイヤーと戦うことになるのならば最強の従者を連れておきたいし、キュウやラナリアのレベルを上げるための装備も拠点なら山ほどあるだけでなく、必要に応じてクラスチェンジができる利点も無視できない。
そして何よりも、【拠点】には従者たちが居る。
彼女たちが失われずに存在している。
最優先で探しに行きたい。
「なんだフォルティシモは【拠点】に戻ってないのか? ああ、まだ時期じゃないか」
自称ピアノは自称するだけあって、フォルティシモが従者たちをいかに大切にしているかも知っているので、苦笑を浮かべていた。