第三百六十四話 プレストの出会った二人 後編
「初めましてプレスト様。オウコー様にお仕えしています、クレシェンドと申します」
「見掛けない顔だな。某以外にもオウコーに協力していた角付きがいたとは知らなかった」
プレストがクレシェンドと出会ったのは、オウコーから紹介されたからだ。
「いえ、この姿はアバターによるもので、本当の私はまったく異なる姿をしております。しかし今回は、このアバターが都合がよろしいかと」
「安心してプレスト。クレシェンドは優秀よ。神戯に最初から参加しているし、神戯の情勢に関してはオウコーよりも頼りになるくらいね」
「ディアナ、某を安心させようとする言葉には感謝するが、比較対象がオウコーなのは、頼りになるのか分からない」
「モフモフは素晴らしいのぉ。年甲斐もなく興奮するものよ。あの子のために持ち帰る方法を検討するべきか」
オウコーは神戯に必要な力、信仰心エネルギーを集めるため、大陸東側の亜人族たちを治めカリオンドル皇国を建国した。種族として最初から統一されている純人族ではなく、わざわざ亜人族を選んだのは、弱小勢力を纏め上げるほうのが最終的に得られる信仰が多いと判断したからだろう。
プレストは多種多様な種族が暮らしている国家カリオンドル皇国へ、角付きも合流するべきだと考えた。
この頃の角付きは、水や食糧を集めるのもやっとで、安全な場所で定住することもままならない。だからこそオウコーの興したカリオンドル皇国でひとまずの安全を得て、異世界ファーアースを学ぼうとプレストが同胞へ提案したのだ。
しかし角付きたちにとって、女神が創造したNPCたちと共に暮らすことは屈辱だったこともあり、一部の者たちの反対が根強かった。
その解決策をディアナへ相談したところ、オウコーへ伝わり、クレシェンドという男を紹介された。
クレシェンドはレベルもさることながら、その手腕はたしかに優秀で、あっという間に角付きの反対派を賛成へ回らせる。人の心を操っているようで少々怖いくらいだったけれど、同胞たちが安全を確保できることで、プレストから口を出す事はなかった。
しかしカリオンドル皇国が軌道に乗った頃に、クレシェンドが元の世界へ戻ると言い出したのには驚いた。
「戻るのか、残念だな。お前を慕う者たちも多いというのに」
「大切な方をお待たせしておりますので」
「オウコーの娘だったか。まだしばらく父親は借りると伝えておいてくれ」
「それは、ふふっ、返す必要はないとおっしゃるに違いありません」
「………オウコーの話を信じていた訳ではないが、父娘仲はあれだな。ならば目一杯借りるとする」
このままでは角付きたちが抵抗を続けたとしても、例え千年経とうが万年経とうが、母なる大地の奪還は叶わない。それでも変人だが天才で、最低だが最高で、何よりも神々を凌駕する彼ならば。
オウコーたちは集団を形成していたプレイヤーたちをなぎ倒し、オウコーと同じように神を連れてきたプレイヤーを撃破し、破竹の勢いでカリオンドル皇国を大きくしていった。同時にオウコーは神戯を勝ち抜いていく。
そうしてついに、オウコーが宣言した。
「さて遊戯盤の解析は完了し、信仰も集まった。あの子への土産と土産話もこれで充分だろう。もう終わりとしよう。次の大氾濫に合わせ、儂は神戯を勝利する。その後、【最後の審判】で現れる神々を一匹残らず駆除して終いじゃ」
オウコーの才能から生まれた権能は、他の神戯参加者とは比べものにならないほど圧倒的な力であり、信仰心エネルギーさえあれば太陽神さえ倒すことができるはずだ。
更に作戦では、その信仰心エネルギーを供給させるため、NPCたちには犠牲になって貰う。大氾濫でわざと魔物たちに街中や大勢を襲わせて危機に陥らせる。溺れる者は藁をも掴む、というものだ。
NPCはいくら死んでも構わない。どうせ神戯が終わればNPCたちは消える。NPCたちは神戯参加者たちが、信仰心エネルギーを収集するための道具であり、使い捨てだ。
神々やオウコーの考えが冷酷だとは思わない。何よりもプレストに、彼らを批難する資格などないのだから。
「我ら角付きも決戦に向けて準備は整っている。女神の法則には弱いが、その他のところで役に立つはずだ」
「でも角付きたちは、もし殺されたら生き返れないのよ?」
「ディアナ、戦うとはそういうことだ。勝率が一パーセントでも上がるなら命を賭す」
「儂の勝率が、百から揺らぐことなどないがな」
勝てると思った。いくら太陽の女神が強大だろうとも、オウコーならば勝てると思ったのだ。
千年前の大氾濫の日。
NPCたちは無限沸きする魔物たちに襲われ、それでもオウコーを信じて祈る。
そうしてオウコーが神戯の勝利条件を達成し、【最後の審判】が始まる。
プレストたちから母なる大地を奪った太陽の女神が降臨した。
プレイヤーたちが次々と挑み、消えていった。いや挑むなんてプレイヤーたちへ忖度した表現で、太陽神はプレイヤーを見てもいない。その絶対的神威で、無差別にすべてのプレイヤーを消滅させる。
人間に問う。どんな才能があれば、太陽を墜とせるのか。
不可能。イカロスも近付くことさえ叶わなかった。
「さぁ儂に従え、【世界制御】!」
それでも白き竜神に乗った天才を先頭にして、プレストたちは立ち向かった。
四日四晩、戦いは続く。
そして四日四晩は、大氾濫のタイムリミットだ。大氾濫はノアの方舟に例えられたように、四日四晩の間、魔物の波で人類を洗い流す神の試練。四日四晩が過ぎれば大氾濫は終わる。
そうなればオウコーの信仰心エネルギーが尽きてしまう。
「儂をここまで手こずらせるとはのぉ。ここまで悩ませたのは、儂の可愛い愛娘が成人式で着る着物を作らせる時以来か」
「何か手があるんだな!?」
NPCたちは人口が半減どころか三分の一まで減っている。デーモンたちは大勢が死んでいった。大地は焼かれ沈んだ島もある。
その時のオウコーは、情報ウィンドウを確認して表情を歪めた。
「………………撤退する」
信じられない宣言。そしてオウコーたちが撤退するのと同時に、何故か太陽神も消えていき、後には戦いの爪痕だけが残された。
「オウコー、嘘、でしょ? ヒメギリが、太陽神に殺されたの? どうやって?」
近衛姫桐、オウコーの愛娘、彼女の死がすべてを狂わせる。
オウコーは愛娘近衛姫桐の訃報を聞いてすぐに神戯を放棄して元の世界へ戻る決断をした。
それを許せなかったのはプレストだ。
「どういうことだ、オウコー!? 某たちを裏切るのか!」
いつも飄々として、どんな時でも余裕のあった天才オウコー。
そこに彼はいなかった。
そこに居たのは、娘を奪われて憎悪に燃える父親だった。
「許さん。儂の三千世界一可愛くて誰よりも賢くて将来はパパのお嫁さんになるからずっと愛して欲しいと言っていた愛しい愛しい何よりも大切な娘を」
娘を奪われて憎悪に燃える父親?
否。それは神々を墜とす魔王以外の何物でもない。
その時、プレストは決断を迫られた。
このままでは、オウコーはこの大地を去ってしまう。もう二度と、オウコーのような存在は現れないかも知れない。
この魔王と契約するか否か。
プレストは前者を選んだ。魔王に付き従う本物の悪魔となる決心をした。
「オウコー、お前の世界に帰還する方法があるのなら、某も連れて行ってくれ」
「なんじゃと?」
「この異世界ファーアースに残り続けても、母なる大地の奪還は叶わない。母なる大地を取り戻すには、某も世界を飛び出す必要がある」
太陽の女神―――オウコーの愛娘近衛姫桐を計略で殺した神―――角付きたちから母なる大地を奪った女神。
その日、プレストは太陽の女神を殺すため、魔王近衛天翔王光へ魂を売った。何の因果か、千年後に似た思いを持つ者たちと同様に。




