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第三十六話 新たなプレイヤー

 フォルティシモはダンジョン内に設置してある安全地帯の中で、キュウとラナリアのレベルを確認し、そのレベルの上がり方から時間効率を計算していた。もちろん死を恐れずにレベルの高い狩場へ出向き、デスペナ以上に稼ごうと思えば更なる効率を出すこともできるが、この世界での死は現実らしいのでその方法は採れない。


 キュウとラナリアはベースレベル以外にスキルレベルも上がったので、スキル設定を見直しておく。二人は『修練の迷宮』の第一層で十分に狩りの出来るレベルへ到達しているものの、どうしても装備アイテムの面で何枚も落ちてしまうので、思ったよりも効率が出ない。


 ファーアースオンラインではガチャ産装備アイテムは付属している効果が強く、ドロップアイテムによる生産系の装備アイテムは基本性能が上回るのが一般的だ。だからキュウのために生産専門の奴隷を手に入れようと何度も考え、奴隷商のところへ寄ったりもしたが、好みの外見で相性の良い相手が見つからなかった上、つうやマグナというフォルティシモの従者たちの顔が過ぎってしまって選べなかった。


 特につうは、ゲームでフォルティシモが最初に手に入れた従者だというだけでなく、特別な意味を持つ従者だった。もちろんフォルティシモが大切にしているのはつうだけではない。


 ふと、まだ仕様もとくに理解していなかった頃、実装されたばかりの強力な剣が欲しくて、でもフォルティシモが欲しい剣が作れるほど生産スキルを上げているプレイヤーがほとんど居なかったので従者つうに任せたのを思い出す。


 もしも【拠点】が初期化されてしまっていたら、取り戻せないもの。


 フォルティシモは感傷を振り切って、キュウたちを見た。キュウたちは昼食のおにぎりを食べており、見張りを買って出ていたシャルロットは食事を片手に周囲を警戒していた。フォルティシモはマップレーダーがあるのでモンスターの出現はすぐに分かるため、見張りに気力を費やすだけ無駄なのだが、あえて彼女の行動を否定しない。


「ラナリア、シャルロット」

「どうしました?」

「思ったよりも効率が出ない。高レベルの生産クラスを誰か知らないか?」


 フォルティシモの言葉を聞いたラナリアは、唾が気管に入ったのか咳き込み出し、シャルロットに心配されている。もしキュウが涙目になったら心配して何かあったのか聞き出しただろうけれど、ラナリアの涙目は何だか余計に虐めたくなる。


「効率が、出ない? レベルの上昇率が低いという意味ですか?」

「そうだ」


 それ以外の意味があるのか、不思議なことを聞かれて首をかしげる。


「申し訳ありません。私がフォルティシモ様のお言葉が信じられなかったのです。私の知る限りにおいて、常識外れにレベルが上がっておりましたので」

「ああ、そういうことか。俺からすれば、まだ遅い。だから効率を上げるための武器が欲しい」


 このダンジョンは経験値以外の旨味がなく、出現するモンスターは基本的に大した素材をドロップしない。ただし仮にレアな素材をドロップしたとしても、フォルティシモの生産スキルでは強力な武器の製造は不可能なので、ドロップ品を考えてダンジョンを選択する必要はない。


 フォルティシモの言葉を聞いたラナリアは、シャルロットへ視線を向けた。王女の護衛を務めるほどの王国騎士であるシャルロットは、フォルティシモが見た中では壁のあたりで出会った王国騎士に次ぐ装備を身に着けている。しかしそれらはフォルティシモが自分で精製したほうがマシなレベルだった。


 シャルロットは困ったように口を開く。


「申し訳ありません。ラナリア様の杖は元より、キュウ様が装備している武装以上の武器を作れる者に心当たりはありません」

「申し訳ありません、フォルティシモ様。値段だけならば、探すことは出来ますが」


 どこか謝る姿が似ている主従だ。


「そうか」


 見つからないのであれば、自分で作るのが早い。しかしクラスチェンジには【拠点】か専用施設が必要で、もちろんデメリットもある。加えて【ブラックスミス】にはアクロシアの施設でクラスチェンジ出来るが、今のフォルティシモが就いているクラスは【拠点】に戻らないとクラスチェンジできない。


 祖父が言っていた神戯に参加している敵性プレイヤーがいつ襲って来るか分からないとすれば、最高の戦闘能力を持つ現在のクラスを外すわけにはいかない。加えてクラスチェンジのデメリットを考えれば、フォルティシモがクラスチェンジする選択肢は最初から外れている。


 やはり感傷を捨てて、生産専用の奴隷を買うしかない。信頼できそうな相手も見つからなかったので、キュウやラナリアとは違って記憶処理から行動制限まで徹底的に行う奴隷だ。慣れていそうなラナリアに指揮命令を任せてしまいたくなるが、それを自分から頼むのは格好悪いので控えるべきか。




 休憩を終え、狩りを続けているとキュウがフォルティシモに呼びかけた。


「ご主人様」

「どうした?」


 キュウが立ち止まってフォルティシモを呼ぶのは必ず何かがあった時なので、問題が起こったのだろうと駆け寄った。ラナリアとシャルロットもやってくる。


 キュウの手の中には、直径十センチメートルほどの銀色の円柱が収まっていた。足下には焚き火の跡と思われる焦げた木屑、それを囲むように腰掛けるのに丁度良い石が移動されている。


「あの、素材と間違えて手にしてしまって」


 キュウは、気付かずに拾ってしまったことを気に病んでいるらしい。


「見せてくれ」

「はい」


 キュウから円柱を受け取る。


「私たち以外にも、ここで魔物と戦えるパーティがいらっしゃるのですね。話の通じる方々であれば、交流をしてみたいです」

「石の数から言って最低五人、見張りを二人以上立てたと思いますので七人前後のパーティと推測されます。レベルは私たち以上、フォルティシモ様以下でしょう」

「空から見た限りでは船はなかったようですので、天烏さんのような魔物に乗ってきたのでしょうか」


 シャルロットはここにいたパーティが敵対する可能性を考慮して、何か情報がないか調べている。

 しかし、フォルティシモはキュウから手渡された円柱から目を離せないでいた。


「みかんの缶詰か」


 ファーアースオンラインには世界観をぶち壊すアイテムが複数種類存在している。他社とのタイアップ、いわゆるコラボによって実装されたアイテムは元より、フォルティシモが手にしているような科学力の必要となるアイテムもある。


 これは設定上プレイヤーは科学の発展した世界からファーアースの世界へやって来た冒険者であり、同じように科学世界からやって来た者たちがファーアースの世界で作り、あるいは根付かせたりした物ということになっていた。そのため、こうした加工に施設や特殊な道具の必要なアイテムの基本的な入手方法は生産スキルとなる。


 フォルティシモが持っているのは、みかんの缶詰の空き缶だった。


「みかん?」


 キュウが不思議そうに缶詰を見つめていた。


「これが、みかん、なんですか?」

「この中にみかんが入っていたということではないですか? 缶詰という言葉から、瓶詰めと同じく長期保存を目的にした魔法道具でしょう」


 魔法の力とは無縁の物品ではあっても、目的に関するラナリアの推測は間違っていない。


「捨てていくなんて勿体ないですね。フォルティシモ様は使い方が分かりますか?」

「分かるが」

「では持っていきましょう」

「えっ」


 ラナリアが当然のように言い放つと、キュウが驚いていた。


「見たことがないので使い方を知りたいのです。帰ったらフォルティシモ様に教わりたいと思っています」

「話は最後まで聞け。これは使い捨てだ。一度開封したらもう使えない」

「そうなのですか。残念です」


 楽しそうだったラナリアが消沈した。松明にも興味を示していたので、何かを持ち帰りたいのかも知れない。初めての冒険で記念品を持ち帰りたいという気持ちは分かる。フォルティシモも、ファーアースオンラインで最初に獲得したレアアイテムは、使い道もないのに【拠点】の倉庫に眠り続けている。


「それで、それに何か気になることでも?」

「缶詰は【エンジニア】クラスの【科学製造】がないと作れない」


 そして【エンジニア】クラスの取得条件は異世界からやってきたエンジニアの男の頼みを聞き、元の世界へ戻してやるイベントを達成することだ。

 缶詰を持っている者はフォルティシモと同じプレイヤーか、もしくはそのイベントをクリアした者ということになる。どちらにしても確認をしておきたい。


 他プレイヤーとの交流はキュウのレベルをもっと上げてからにしたかったが、これほど目の前に居るのであれば無視はできない。


「【エンジニア】、聞いたことのないクラスです」


 ラナリアは【エンジニア】について聞きたそうにしているが無視だ。


「キュウ、ラナリア、シャルロット」

「はい」

「いきなり襲われる可能性がある。あまり離れないようにしろ」

「このような場所でもですか?」


 このダンジョンはモンスターのリポップが多く、冒険者同士で争っていると足下が掬われかねない場所ではある。しかしながらそれは適正レベル帯である場合だ。


「エルディンの両手槍の男のような奴が居るかもしれない」


 フォルティシモがそう告げると、三人は黙ってフォルティシモに近づいた。キュウは元々近くに居たので肩がぶつかりそうな距離だったし、ラナリアも公開レイプをされそうになったのを思い出したのか必要以上に近づいていた。


「………おい、近すぎだ。歩きづらいだろ」

「も、申し訳ありません」

「だったら脅さないでください」


 キュウは素直に謝ったもののその後もずっと近くだったし、ラナリアも文句を言いながらも離れようとはしなかった。




 最初に立ち止まったのはキュウだった。通路の途中で立ち止まり、松明の炎がキュウの影をゆらゆらと動かしている。キュウは神経を聴覚に集中させているのか、耳を澄まして表情を引き締めていた。


「何か聞こえるか?」

「誰かが戦ってます」


 キュウの耳の良さは下手な索敵スキルを遙かに超えている。しかも耳が良いというだけではなく、音の聞き分けをすることに優れており、かなり遠距離の会話まで聞き取れる。音というのは震動であって、ある程度離れると耳の良さとは関係なしに聞こえなくなるはずであり、フォルティシモの物理学の常識では有り得ないことから何か特殊な理由があるのだろうと察している。


「そこまで案内できるか?」

「申し訳ありません、道までは」

「方向だけでいい」


 キュウが大まかに示す方向へ進んでいく。途中でモンスターに邪魔されるが急がないと戦闘が終わってしまうかも知れず、キュウたちに任せずにフォルティシモが倒していく。


「先ほど食事をしていたパーティでしょうか」


 ラナリアの声は少し弾んでいる。缶詰の空き缶を拾った場所でも他のパーティと話をしてみたいと言っていたので、すぐに願いが叶いそうで嬉しいのだろう。


「フォルティシモ様、危険はないのでしょうか?」


 シャルロットは彼女のレベルではこのダンジョンでモンスターを倒して進めるようなパーティからラナリアを守れないと思ったのか、逆に警戒を強めていた。


「まずは遠くから観察する」

「えっ、フォルティシモ様でも警戒する必要があるのですか?」


 フォルティシモがシャルロットの質問に答えるとラナリアが驚いた。


「俺と同じ目的の奴が居るかも知れない」


 同じ目的、自分ではなく従者のレベリング。従者に限らずパワーレベリングを行うためにやって来ている者であれば、かなりのレベルに達しているだろう。


 ラナリアはその答えに納得できないのか重ねて声をあげる。


「しかし、フォルティシモ様は最強だとおっしゃっていましたが?」

「誰が俺の心配をした」


 確かに少しは心配したが、この異世界はファーアースオンラインと同じシステムで動いているらしいので、フォルティシモ一人であればいくらでもやりようはある。


「俺は最強だから誰にも負けない。俺はキュウの心配をしてるんだ。シャルロットはお前の心配をしてる」


 自分のことよりもキュウだと言い切ると、ラナリアは先ほどよりも不満そうだ。


「フォルティシモ様は、私を心配してくださらないのですか?」

「お前が心配だ、と言えば顔を赤らめて恥ずかしがってくれるか?」

「それがお望みでしたら善処いたします」


 本気なのか冗談なのか分からない態度だったので、返事はしないことにした。




 途中からはキュウの案内は不要になった。フォルティシモの耳でも聞こえるくらいに音が大きくなったし、レベリングに適したダンジョンにも関わらず、比較的長い時間戦闘が行われていることから、フォルティシモはその場所に見当を付けていた。


「一層のボスと戦ってるわけか」


 フォルティシモたちがやって来たのは一際広い空間で、第一層のダンジョンボスが出現するフロアになる。ダンジョンボスはフィールドボスとは桁外れの強さを持っており、第一層とは言え周囲で狩りが出来る程度のレベルではとても太刀打ち出来ない。基本的に狩場の適正レベルが数十人集まって、ゾンビアタックを掛けなければ倒せない。


 第一層のボスは体長十メートルはあろう巨大な骸骨で、狩って下さいと言わんばかりに取り巻きモンスターが無限湧きするため、高レベルプレイヤーがボスを足止めすれば範囲スキルなどを使って高効率のレベリングが出来る。フォルティシモも三人のレベルがそこそこまで上がればやろうと思っていた。


 眼前では一人の大柄な男がボスを足止めし、その間に五人の冒険者たちが取り巻きモンスターと戦っている。


「あの魔物は?」

「この階層のボスだ」

「あ、あのアンデッドたちは減っていないように見えますが」

「無限湧き、って言っても分からないか。ボスが居る限り、無限に出現し続けるモンスターだ」


 シャルロットはダンジョンボスの特性を聞いて絶句していた。


「あの巨大なアンデッドを一人で足止めしている者が居ますね。あの方がリーダーでしょうか」

「いや、リーダーはあの女だろうな」


 ボスと戦っている男、取り巻きと戦っている五人、そして最後の一人。戦闘の様子を腕を組みながら観察している長身で黒髪の女が居た。


 この女の装備はSSRもLも超えた、M級だ。紋様の入った白いコートをすらりと着こなし、右腕にのみ禍々しい黒い籠手、裾から見えるボトムや靴も文字のようなものが刺繍されている。左手を伸ばせば手に取れる場所に、十字架に金属のツタが巻き付いたような刀身の真っ白な剣を突き刺していた。その全てが最高レア度を誇る一品。


 黒髪の女はボス部屋に入ってきたフォルティシモたちを一瞥すると、驚いたような声をあげた。


「フォルティシモなのか!?」


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