第三百五十七話 狐の訪問者
フォルティシモは従者たちが戦後処理の諸々で忙しいのは分かっていても、重要な話し合いをするために【拠点】の屋敷へ集合させた。
フォルティシモの【拠点】の屋敷は、お気に入りアイテムだった万年吉野の桜並木が燃やされ、屋敷にも少し火が移っていた。万年吉野はどうしようもなかったけれど、屋敷はマグナがスキルを使った大工仕事で直してくれたので、今では元通りになっている。
「おおお、あああ、うわあああーーー!」
全員が集まるまでリビングで待っていると、フォルティシモの目の前でいつもは鍵盤商会の会長として毅然とした態度を崩さない、ような気がするダアトが奇声を上げていた。当のフォルティシモは、その様子を冷めた目付きで見ている。
「………落ち着け」
「なんで! どうして! 私に相談なく復興をやっちゃったんですかぁ!? 今以上の、鍵盤商会の企業イメージアップタイミングはないのにぃ!」
子供のように駄々をこねるダアトに対して他の従者たちは慣れたもので、気にせず拠点攻防戦の労いをしていたり、気に留めず自分の仕事へ没頭している。
慌てているのはキュウだけで、ピクピクと耳を動かしながらフォルティシモとダアトを見比べていた。
「俺へFPを供給してくれる奴らだ。苦しんで恨まれるよりも、喜んで祈って貰えるほうが気分が良い。俺はバベルやソドム、ノアのような神威の表し方は嫌いだ。それにエルフや住民も、住むところがないと困るだろ。何よりセフェの本体を維持するため、とにかく最速でFPが必要だ」
「その辺りをPRしつつ、長期に渡ってフォルさんと鍵盤商会に依存させていこうとは思わないんですか!?」
「ダア、冷静に考えろ。俺には無理だ」
「役立たず! 無能! 給料泥棒! 窓際族!」
フォルティシモは正直に答えたのに、ダアトに両肩を掴まれて揺すられる。
「ダアさん、フォルティシモ様の行為は、フォルティシモ様へ信仰心を集めるという意味で良いタイミングだったと思います。短期的に信仰心を集めるのに適しています。長期的に見ればダアさんの作戦が正しいですが、来るべき太陽神との戦いに備える意味でも、ここは現在の利を取るところかと。それに街が破壊されても、すぐに元へ戻せる。この宣伝効果は、地上の大陸の国々へは絶大です。利用しない手はないと思われませんか?」
フォルティシモの言葉は聞く耳持たなかったダアトは、ラナリアに説得されて引き下がった。混ぜるな危険の二人は、何やらこそこそと遣り取りをしている。
ラナリアからは直前に「その誠実なところをお慕いしています」とさり気なく語られた。フォルティシモとの子供をアクロシア王国の後継者にする目標をまだ諦めていないのかも知れない。
フォルティシモは拠点攻防戦で最も被害を受けたであろうダアトとラナリアへ何か声を掛けようとして、情報ウィンドウからメッセージ通知音が鳴ったのに気が付いた。
「来たか」
フォルティシモの【拠点】の門扉の前に並んでいたのは、狐の神タマ、そしてフォルティシモとキュウを強襲して来た狐人族の少女たち八人だった。
狐人族の少女たちはフォルティシモの姿を見た途端、狐の神タマの背後へ一斉に隠れてしまう。とは言え、狐の神タマの身体は八人を隠せるほど大きくないので、身体隠して尻尾隠さずという状態だった。
誘われているのだろうか。良い度胸だ。フォルティシモの右手が疼く。
「かかか、あまり脅さないでくれ」
「脅してない。なんで連れて来た」
「わて一人では寂しいかえ」
「一人でアクロシアの王都に来てただろ」
狐の神タマは、自称竜神最果ての黄金竜や女神マリアステラと比べて論理的だ。だから狐人族の少女たちをフォルティシモとキュウへ刺客として放ったのも、こうして話し合いの場に連れて来たのも、何かしらの策謀があるはずである。
フォルティシモがその策謀を看破する前に、別の者が狐の神タマへ話し掛けた。
『タマ様』
キャロルの手の平の上に載ったテディベアが、狐の神タマの姿を見て感極まったような声を上げる。テディベアは狐の神タマによってこの異世界ファーアースへやって来た、最初の神戯参加者の一人だ。
狐の神タマは最初の神戯参加者たちへ友好的で、最初に説明しただけでなく、フレンド登録までしてその後も様々なサポートをしていたらしい。どんなプレイヤーに聞いても、そこまでしている神は居ない。
ちなみにキャロルがテディベアを持っているのは、特別な意味はない。従魔と言えばキャロルなので、何となく預けただけである。その際には、キャロルのジト目と溜息のコンボ攻撃を受けた。
「可愛い姿になっているかえ、セルヴァンス」
『授かった機会を生かせず、敗北した上に、無様に生き存えております』
「否、わての選んだ八人の内、こうしてお前だけが守りたい者たちを持ちながら、あの太陽に挑む者たちの一人となっている。どこに敗北と無様があろう?」
『勿体ない御言葉、感謝の念に堪えません』
フォルティシモはキャロルの手の平に載っていたテディベアの頭を鷲づかみにして、己の元へ引き寄せた。
「お前たちが再会を楽しみたいなら、俺の従者の誰か同席の元、好きなだけ再会を楽しんで良い。食事でも酒でも提供してやる。だが今はこっちを優先して貰う」
「うむ。その通りかえ。太陽が顕現した上、お前が神戯の勝利条件を達成し【最後の審判】が行われる。状況は決して楽観視できるものではない」
「そうだ。話は全員で聞く。集まるまで大広間で待っていろ」
「ああ、約束は果たそう。しかし、それまでお茶とお茶菓子は出るのであろうな? 菓子は八つ橋を所望しようかえ。そういう気分だ」
フォルティシモはその場に居たつうへ目線で問いかけると、つうが頷いた。八つ橋はフォルティシモがキュウとデートした時に食べたように、異世界ファーアースにも持ち込まれている。だから【料理】スキルをカンストさせたつうなら作成可能だ。
「それは取引にないから、その分は考慮しろ」
「かかか、お茶とお茶菓子の対価か。わての尻尾を触る権利でどうかえ?」
「………………………あれだ、そう、あれだ、考えておく。今はもっと大事な話があるだろ」
フォルティシモはキュウと同じ黄金色で狐の神という称号に偽りのない、あまりにも美しい狐の神タマの尻尾を凝視してしまった。




