第三百四十七話 vsクレシェンド 決着 前編
フォルティシモは分身クレシェンドと戦っていた大空から、見覚えのある建物の内部へ移動した。
エンシェントの【影法師】クラスは【魔王】や【御使い】と同じく特殊クラスであり、主人のスキルレベルを引き継げる従者専用クラスである。主人の覚えたスキルをすべて扱えるという万能性に加えて、主人を補助するための専用スキルがいくつも実装されていた。
その一つが主人と従者の位置を入れ替える【転換】スキルである。あまりに悪用されたため、チャージタイムやクールタイムまで様々な弱体化がされたけれど、異世界ファーアースでの壊れっぷりは、ゲームの時を超えるかも知れない。様々な隠密スキルを使えるエンシェントが敵の懐へ潜り込み、突如としてフォルティシモと入れ替わるのだから。
ちなみにカリオンドル皇国でエンシェントがエルミアを救出した時、エンシェントとフォルティシモが入れ替わって、そのままカリオンドル皇帝を暗殺してしまう作戦だった。その時はエルミアとテディベア、そしてエルフたちの救出を優先したため実現しなかったけれど、達成されればもっと楽に戦いが終わったに違いない。
「いやぁ、フォルさんが一緒だとぉ、安心できますねぇ」
瞬間移動が終わると、目の前にセフェールの笑顔があった。
フォルティシモが瞬間移動した場所は、エンシェントとセフェールの二人に攻略させていたダンジョン『ユニティバベル』の最上階の手前である。
『ユニティバベル』は天を貫くほどの超高層の塔であり、ある創世記に出て来る神の怒りに触れた神の門を想起させる。高さだけで言えば、地上三万メートル以上で成層圏まで達していた。
VRMMOファーアースオンラインでは『浮遊大陸』と同じくイベントマップで、それはもう、登るだけで膨大な時間が掛かって史上最高に不評なマップだった。それは課金でも解決できず、フォルティシモも運営への罵詈雑言を口にしながら登ったものだ。
そしてピアノと再会した時に話したが、彼女はこの塔の下に異世界転生した。フォルティシモが『ブルスラの森』。テディベアやアーサー、話を聞けたプレイヤーの何人かには確認したが、ここへ転移したのはピアノだけだった。思い当たる理由は一つしかない。
だからフォルティシモはクレシェンドがVRMMOファーアースオンラインの開発を補助していたAIだと見抜き、その本体がどこにあるのか考えた時、『ユニティバベル』が亜量子コンピュータであるAIクレシェンドを神戯に参加させるために作られたマップと推察した。
そもそも他のダンジョンに比べて地上三万メートル以上の塔なんて建築技術が桁違い過ぎる。現代リアルワールドでもようやく完成した、軌道エレベーター並みの技術が必要なのではないだろうか。
クレシェンドの本体は『ユニティバベル』の頂上にいる。『ユニティバベル』の頂上にこそ、クレシェンドというコンピュータが配置されているのだ。
それが確定に近い予想となった時、クレシェンドの本体を倒すため、信頼するエンシェントとセフェールのたった二人だけでダンジョン『ユニティバベル』を攻略させた。
なお二人の居場所が<暗黒の光>に漏れている点だが、これはセフェールがずっと言っているヒーラーには様々な暗殺システムへの対抗策がある。持続的にMPが消費されてしまうものの、エンシェントとセフェールは拠点攻防戦のシステムでも探知されない行動が可能だった。
「セフェにしては消耗してるな」
「そうですねぇ。人間の身体も悪くないですけどぉ、AIだった頃のが楽なのは確かですよぉ」
「そういう意味じゃなかったが、戦いが終わったら、ゆっくり休めるようにする」
「はぁ、まったく信頼できないですけどぉ、期待はしていますねぇ」
人間としての感想を返して来るセフェールに苦笑を返す。
「行くぞ」
「はいぃ」
そして『ユニティバベル』最上階の部屋の扉を開いた。
数平方キロメートルにも及ぶ広い室内は、床には綺麗な正方形のタイルが敷き詰められ、天井からはLEDの人工的な灯りが降り注いでいた。その室内には等間隔に無数の長方形の箱が整然と立ち並び、小さな駆動音を上げている。室温はハッキリと寒いと言えるほどに低く保たれていた。
そこは超巨大スーパー亜量子コンピュータが収められている空間。
その室内に二人の人影が足を踏み入れた。フォルティシモとセフェール、現代リアルワールドの技術の粋を集めた空間に、異世界ファーアースの姿で立つ二人は異様な色彩をまとっている。
『来ると、思っていましたよ、近衛翔』
二人しかいないはずの室内に第三者、クレシェンドの声が響き渡った。クレシェンドの姿はなく、スピーカーから流れるような音声だった。
フォルティシモはその言葉を無視して、無数の長方形の箱の一つに近付いて、それを触った。
「爺さんの技術だけは、尊敬する。本当に、天才だ」
『それだけは同感です。近衛天翔王光は、脳神経、AI、VR空間の技術において紛れもない天才です。ですが、最愛の娘である姫桐様を守れない愚者でもある』
「まったくだな。母さんが死んだのは、結局は爺さんのせいだ」
フォルティシモは思わずクレシェンドの言葉に同意し、笑みを零してしまう。この世と元の世界、二つの世界で最も近衛翔の怒りや憎しみに共感し理解してくれるのがクレシェンドであるのは、何かの皮肉だろうか。
『私の創造主であり、私を姫桐様のためだけに生きるよう設定した近衛天翔王光が、誰よりも姫桐様から幸せを奪っていた』
「クズだな」
『クズです』
フォルティシモは長方形の箱から手を離し、インベントリから魔王剣を取り出した。
「最後に二つだけ聞きたい」
『どうぞ』
「お前はお前の感情から、本当に俺を殺したいほど憎み、すべてを奪おうとしたのか? お前が本気だったら、もっと、少なくとも多少は俺の物を奪えたんじゃないのか?」
『近衛翔、私は、本当にあなたが憎い。あなたを憎悪しています。姫桐様を見捨てたあなたに、誰よりも大切なものを失わせる地獄を味わわせたい』
フォルティシモは目を瞑り、息を吐く。フォルティシモの質問に対する回答が、フォルティシモの予想通りだったから。
「………俺は俺のものを奪う奴を許さない。それは、絶対だった。だが、今だけは、それを覆す」
フォルティシモは魔王剣を持っていない側の手の平を掲げ、コンピュータへ向かって語り掛けた。
「もう一つ。俺に協力する気はあるか? たぶん、お前が最も望む結末になる」
『巫山戯ないで頂きたい。姫桐様を殺した近衛翔に、私が協力しろと? 有り得ません。私はあなたをここで殺します』
「そうか」




