第三百四十六話 魔王神vs賤民神
キュウと初めて会った時に話したように、クラスは解除条件を得てからクラスチェンジまたはクラスアップする必要がある。
いきなり余談だが、今思えばキュウに【魔王】の条件を達成させようとしていたのは失敗だった。キュウの資質の問題ではなく、キュウにソロで戦わせるなんて心配で黙って見ていられるはずがないからだ。キュウがちょっとでも傷付いたら「やっぱり止めだ」と言って、フォルティシモ自らキュウの邪魔をしただろう。
閑話休題、神クラスは特殊分類のクラスで、レベル上げの方法からその力や習得方法も独自仕様だった。特殊クラスに多い仕様として、クラスチェンジしなくてもレベルを上げることができる。キュウが【鍛冶】関連のスキルを生産クラスにならずともレベルを上げていたように、戦闘職以外はクラスチェンジする必要のないものも多い。
だからフォルティシモは、すぐに【魔王神】へクラスチェンジするつもりがなかった。レベルの低い【魔王神】クラスよりもカンストした【魔王】クラスのほうが強かったのが主な理由である。今までのフォルティシモは【魔王神】の権能は使ったけれど、【魔王神】クラスそのものは使って来なかった。
しかし今、フォルティシモは【魔王神】と成る。クラスチェンジをした瞬間、牙や翼が生えてくるような劇的な変化こそなかったものの、何とも言えない全能感が全身を駆け巡った。
最強を上回る最強へ。
「………驚きましたよ。この短い期間に、ここまで至る方法があるとは。その早さだけであれば、私の見て来たあらゆるプレイヤーを上回るでしょう」
「誰も“前”には行かせない。それが最強だ」
最強であり続けるために、最高効率を探し出すのは絶対条件だ。大勢のエルフや元奴隷からの信仰、何人かのプレイヤーの協力、自称竜神最果ての黄金竜、白き竜神ディアナの後継ルナーリスを最大限利用して、フォルティシモはここまで到達した。
それぞれ色々と苦労はあったものの、ガチャで外れを引き続ける精神的苦痛に比べれば楽なものだ。最強へ近付いている実感こそがフォルティシモを何よりも癒やしてくれる。キュウだけは例外だが。
「しかし状況は何も変わっていないのですよ。勝利者となった今、条件が五分になったとでも思っているのでしょうが、まったく違います」
クレシェンドは右手の平を掲げ、フォルティシモへ向けた。そして勢いよく空気を握り締める。
フォルティシモの全身に不可視の圧力が掛かった。
「ここからは神々の戦いです。ファーアースでのあなたは最強のプレイヤーでしたが、神戯でのあなたは少ないFPしか持たない弱者だ」
クレシェンドはゆっくりと息を吐く。
「最後に、姫桐様への言葉を聞きたかったですが、期待した私が愚かでした」
クレシェンドはそのままフォルティシモを握り潰そうとしたのだろう。
しかし次の瞬間、クレシェンドの右手が爆弾でも握り締めていたかのように粉々に砕け散った。
「これは………?」
フォルティシモは驚いているクレシェンドに対して笑みを作る。
「フォルティシモが弱者とは聞き捨てならないな」
フォルティシモはその場で拳を振りかぶり。
「究極・天空・打撃」
空ごとクレシェンドを殴り飛ばした。
「―――っ!!?」
音よりも速くクレシェンドが空を吹き飛んでいく。
「自在・瞬間・移動」
フォルティシモはクレシェンドの進行方向へ空間を飛び越えて移動。
「究極・天空・打撃」
再度、クレシェンドを殴りつけた。しかし二撃目はクレシェンドも防御を展開していたらしく、一撃目に比べて僅かに後退するのに留まる。
「おかしい、ですね。あなたが異世界の私の店に来て、それからの行動、評判、『浮遊大陸』の住人の数、数々の戦い、狐との戦いでもかなりの消費だったはず。私と戦えるFPが残っているはずがありません」
「フェルミ推定か? さすがだ。計算自体は近いんじゃないか?」
クレシェンドは不快そうに眉を歪めた。
「太陽の神を滅ぼすためのエネルギーまで使わされるとは」
クレシェンドの砕けた右手から、植物のような物体が生えてくる。それは巨大な太刀を形作り、生命が宿ったかのごとく鼓動を開始した。
クレシェンドは巨大な太刀をフォルティシモへ向けて振り下ろす。
「巨人・乃光剣」
フォルティシモも右手に巨大な剣を出現させ、クレシェンドの太刀とぶつけ合った。
これまでで最大の衝撃が大空を、大地を、地下を襲う。二人はつばぜり合いを続け、膠着状態へと陥った。
「私と、同等? 一年にも満たない時間で、どうやって?」
「俺も最果ての黄金竜から竜神の祝福を受けた時に気が付いたんだが、【取得経験値上昇】の効果は【魔王神】のレベルアップにも有効らしい。そして神戯参加者に勝った時、持ってるFPによってレベルアップの量が変わるのは、お前が誰よりも分かってるな。つまりFPは、経験値だ」
クレシェンドの顔が青ざめたのが分かった。今のだけでフォルティシモが何を言いたいのか理解したようだ。フォルティシモはクレシェンドを追い詰めるため、そして己の最強を誇示するために続きを口にした。
「欲望の腕輪一つ、四〇〇〇〇%。二つで八〇〇〇〇%だ」
フォルティシモはフォルティシモのレベル上げを支えた究極の廃神器の名前を出す。キュウが涙目になって返して来た【取得経験値上昇・特大:限界突破10】を八枠付けた課金アイテムの頂点。
あの時のキュウは可愛かった。今ではレベル上げの時には事務的に身に着けて、終わったら淡々と返却してくるのでちょっと物足りない。
「お前の一日は、俺からすれば八〇〇日だ。俺が異世界ファーアースへ来てから、ざっくり三〇〇日として、換算すると二四〇〇〇日。約六六六年になる」
クレシェンドの千年には届かないけれど、フォルティシモは最初から【魔王神】のカンストを目指していた。
そして何よりも、クレシェンドは潜伏していた千年。フォルティシモはこれでもかと世界中に堂々と姿を現して、信仰心を集めていた六六六年。
「驚くほどの差か?」
「そんなもの、そんなものを認めたら、神戯が成り立たない。神々は何を考えているのですか!?」
「今言っただろ。神々って奴らは、そこまで考えてない。それに課金者が優遇されるのは当然だ。文句があるなら俺より課金してから言え」
久しぶりにVRMMOファーアースオンラインの頃のフレンドたちを思い出した。
『結局金の力かよ!』
『限度があんだろ!』
『お前だけが楽しむためじゃねぇか!』
『死ね廃課金!』
負け犬の遠吠えの幻聴が心地良い。
フォルティシモは巨大な太刀を弾き、魔王剣をクレシェンドへ向けて掲げた。
「真・究極・乃剣」
VRMMOファーアースオンラインの単体攻撃スキル設定の頂点である究極・乃剣を、権能【領域制御】によって最強スキルへと設定し直した。
相手が神懸かり的な回避をしても、超幸運による生存を見せても、どれだけ数がいても、チーターでも、システムモンスターでも、すべての敵へフォルティシモの力を到達させる。回避も防御も幸運も身代わりも固定も許さない一撃が、クレシェンドのHPを一瞬にしてゼロにした。
「ごふっ………そ、れで、も、近衛翔は近衛天翔王光の策略の駒で、神戯に認められてさえいないはず。禁忌の一つ、親殺しの大罪人! 到達出来るはずがない。神々は、貴様を勝利者などと認めない!」
「認める認めないは関係無い。俺は神戯に勝ちたいんじゃない。フォルティシモを最強の神にしたいんだ」
クレシェンドの憎しみがフォルティシモへ浴びせられる。
「クレシェンド、お前の最大の敗因を教えてやる。お前は神戯に勝つための努力をしてこなかった。お前にとってファーアースの神戯に勝つのは当然で、神戯そのものを調べることを放棄していた。それじゃあ千年経とうが、勝利できない。それがお前の限界だ」
フォルティシモの魔王剣がクレシェンドを切り裂き、フォルティシモの目の前のクレシェンドは消滅した。
もちろん、これでクレシェンドを倒せたなんて思っていない。これで倒せるなら、サンタ・エズレル神殿でとっくにクレシェンドを倒したはずだ。
だからフォルティシモはクレシェンドを本当の意味で倒すため、情報ウィンドウから音声チャットを起動して、己が信頼する従者へ語り掛けた。
「エン、セフェ、クレシェンドの“本体”を見つけたか?」
『はいぃ、ちょうど発見出来ましたよぉ』
「よし。今からエンとの位置を入れ替える。こっちのことは頼むぞ」
『油断するなよ、主』
フォルティシモは決着の地へ飛ぶ。




