第三百四十三話 vsクレシェンド 切り札
太陽が輝く空の領域で、フォルティシモとクレシェンドが向かい合っていた。
クレシェンドは幼い頃に誘拐人質事件によって死亡した近衛翔の母親、近衛姫桐のサポートAIだった。近衛姫桐が生まれた時からずっと近衛姫桐の傍で成長を見守り、家族以上に共に歩み、彼女のことだけを考えた存在。近衛姫桐のためだけに造られた被造物。
その事実へ同情は覚える。もしクレシェンドが最初からその話を伝えて来たら、フォルティシモはクレシェンドと仲を深めようと考えたかも知れない。
だがその段階はとっくに過ぎている。キュウの友人でフォルティシモが異世界ファーアースで初めて出会った女の子フィーナたちを苦しめた。数少ない友達だと思ったカイルに死さえ覚悟させた。【拠点】の屋敷を襲撃して従者たちを殺そうとした。
「お前は、最優先で倒すべき敵だ」
「私からのあなたもです」
フォルティシモとクレシェンドが、同時に腕を突き出す。
「「神域・征討」」
空に二つの積乱雲が現れる。それはまるで、二人の存在が太陽を覆い隠し地上の支配を奪い合うかのようだった。
「「天空・神罰」」
二つの積乱雲は互いに光を放ち、それぞれをバラバラに引き裂いていく。
クレシェンドの権能は学習能力だ。時間を掛ければ掛けるほど強力になる、物語の主人公が持つような圧倒的な能力。フォルティシモの権能さえも学習して使うことが出来る。これまであらゆる敵を文字通り光速で葬ってきた【魔王神】の攻撃を完全に相殺されてしまった。
しかしフォルティシモに焦りはない。そんなもの『樹氷連峰』でクレシェンドと顔を合わせた時点で予測している。あの時点で海淵の蒼麒麟との戦いによってフォルティシモの権能をコピーされたと考える観察力がなければ、最強のプレイヤーなどやっていられない。
今、クレシェンドが神戯参加者としてフォルティシモよりも上位の存在と相対している。
こんな時、物語の主人公は強い敵に出会えたことで笑う。ワクワクすると言い放つ伝説の最強主人公がいるほどだ。
フォルティシモはそんなことは思わない。何故ならフォルティシモは、最強なだけでなく最強厨だからだ。
最強厨は、自分の前を行く敵に苛ついた。
「権能を無制限にコピーできるとか、一人だけチートだろ。何考えてんだ運営。バランス考えろよ、クソが」
フォルティシモの愚痴を聞いたクレシェンドは、思わずと言った調子で笑みを浮かべた。
「ここは神戯ですよ? プレイヤーを楽しませるための世界ではない。平等とは最も程遠い世界です。リアルワールドの格差と比べれば、平等かも知れませんが」
「AIらしい思考だ」
「近衛天翔王光と同じ差別主義者なのですね。十九世紀から始まったニューラルネットワーク理論は、近衛天翔王光によって人間の脳アルゴリズムを完全なる式として表せるようになりました。現代において人間とAIの違いなど、有機体を持っているか否かでしかありません」
「それには同意できない。魂とか、心があるだろ。AIだって家族かどうかが大切だ」
「非論理的なことを言う」
砕けた御神木から魂のアルゴリズムを移した時に悩んだように、人間の脳を完全にコピーした存在は本人なのかどうか。フォルティシモをずっと悩ませているその結論はまだ出ていない。
フォルティシモは情報ウィンドウを起動。超高速で課金アイテムを使った。
> 『STRブースト』を使用しました
………
> 『DEXブースト』を使用しました
………
………
> 『MAGブースト』を使用しました
フォルティシモ
BLv:9999+++
CLv:9999
DLv:9999
TLv:9999
HP :999,999,999(+999,999,999)
MP :999,999,999(+999,999,999)
SP :999,999,999(+999,999,999)
STR:99,999,999(+99,999,999)
DEX:99,999,999(+99,999,999)
VIT:99,999,999(+99,999,999)
INT:99,999,999(+99,999,999)
AGI:99,999,999(+99,999,999)
MAG:99,999,999(+99,999,999)
魔王様の第二形態と呼ばれる中でも、全ステータスを真のカンストまで上昇させた切り札。フォルティシモはその状態で、究極スキルを発動した。
「究極・乃剣!」
フォルティシモの魔王剣から吹き出す黒い光が、クレシェンドへ襲い掛かる。クレシェンドはそれを回避しようとしたようだが、キャストも予備動作もない、最強の一撃から逃れるのは至難だ。
「この威力、もはやファーアースの法則では、あなたを殺すことは叶わない」
クレシェンドはフォルティシモの一撃を受けHPを瀕死の状態まで減らし、まともに話すことも出来ない状況のはずだった。しかしクレシェンドは口元から血を垂れ流しながらも、余裕を感じさせる言葉を口にする。
「それはサンタ・エズレル神殿で、あなたと本気で戦った時から分かっていました。直接的な戦闘であなたを倒すことは出来ない。拠点攻防戦のシステムを使おうとしたのは、従者を一人残らず殺す意味もありましたが、それ以上にルールを使いたかった」
戦って勝てないから拠点攻防戦のシステムを使い、クリスタル破壊によってルールで殺す。理に適っているからこそ、<暗黒の光>のデーモンたちは拠点攻防戦開始前に止めるのではなく、そのままフォルティシモたちと戦うことを選んだ。
「その上、私の管理者権限さえ通じないとは、憎い敵でなければ、是非次の戦いでの共闘をお誘いしたいほどです」
クレシェンドの絶対的なアドバンテージであるVRMMOファーアースオンラインの開発チームであるからこその機能。それが通用しないどころか、フォルティシモも使えると知って諦めたか。そんなはずはないだろう。
「しかし、私はあなたとは見ている願いの先が違う。太陽神を確実に倒すため、もう一度だけ大氾濫を超えたかった。それでも仕方がありません。この場であなたを殺せないよりは、ずっと良い。予定外ですが、ここで最後の領域へ到達させて頂きます」
「最後の領域?」
クレシェンドの身体が突如として光に包まれた。その光はかつてフォルティシモが最果ての黄金竜から受けた、竜神の祝福に似た光を放っている。
「狐神の祝福」
賤民神
Lv9999
> おめでとうございます!
> 参加者【クレシェンド】
> あなたは神戯の勝利条件を達成しました!