第三百三十九話 対人最強リースロッテ
クレシェンドによってコピー作成された始祖セルヴァンスと最初の神戯参加者たちは、<フォルテピアノ>の【拠点】である魔王城へ向かっていた。
地下千階の攻略不可能な超低層ダンジョンだった魔王城は、クレシェンドの力によって途中の階層が削除されて巨大な大穴になっている。それだけでもクレシェンドがどれだけの力を隠していたのか推し量れるものだった。
始祖セルヴァンスたちはその大穴を下っていく。
「神々に敗北した俺たちを、クレシェンドが保管してくれていたなんてな」
「最初から何を考えているのか分からない奴だったけれど、ずっと神々を倒すことを考えていたのかもね」
「へっ、NPCたちを見捨てるとか言っておいて、素直じゃない奴だ」
約千年ぶりに再会した最初の神戯参加者たちは、大穴の底へ辿り着くまで雑談に花を咲かせていた。
千年の時を越えて、本当に最初の神戯参加者たちが蘇生した訳ではないのは誰もが分かっている。しかし、今の自分がどんな存在だろうとも、生と機会を与えられたのは間違いなかった。
クレシェンドの目的である近衛翔を抹殺し、かつて敗れた神々へ再び挑戦する。クレシェンドのお陰で、かつて思い描いた願い、この異世界ファーアースで暮らす大勢のNPCたちを救うことが達成できるかも知れない。
そうして最初の神戯参加者たちは、魔王城の最下層へ到達した。
事前の情報から、魔王城の最下層には一人の従者しか配置されていないと聞いている。<フォルテピアノ>にはフォルティシモとピアノの二人しか所属していないのだから、戦力の割り振りで攻撃をピアノ、防御をフォルティシモとするのは当然の帰結だ。
その防衛の要フォルティシモを狐の神タマの協力で無力化した今、<フォルテピアノ>の【拠点】は丸裸と言って良いはずだ。
彼らは理不尽がすべてを蹂躙するまで、本気でそう思っていた。
◇
VRMMOファーアースオンラインにおいて無敵の魔王城と呼ばれた地下千階の超低層ダンジョンの最下層。地上のような青空の広がる神殿、クリスタルが設置された台座の前に、空色の髪の少女が寝転がっていた。
少女の名前はリースロッテ。最強厨魔王フォルティシモが、最後に作成した従者である。
彼女は周囲に数百冊に及ぶ漫画を山積みにしていて、三日くらいはこの場で時間を潰す気満々と言った様子だった。
そんなリースロッテは、何かに気が付いて徐に漫画を床へ置く。そのタイミングを見計らったかのように、六人のプレイヤーが現れた。種族はヒューマン、エルフ、ドワーフ、ギガント、エンジェル、ドラゴニュートで、少なくともリースロッテが会った記憶のある相手は一人も居なかった。
だからすぐに行動に移る。リースロッテの役割は知り合い以外がこの階層に入って来た時点で、消滅させることだからだ。
「死ね」
リースロッテが宣言した瞬間、六人のプレイヤーを囲むように、上下左右の空間から銃口が現れた。
銃口は一つや二つではない。十や二十でもない。百や二百でさえない。千や二千をも超える。
数万の銃口が空間を埋め尽くした。
プレイヤーの使うインベントリや倉庫は、虚空に様々な物品を収納できるシステムである。VR空間では一般的に用いられるシステムで、どんなに大きな荷物でも簡単に持ち運びできる。
ところでインベントリから取り出されたアイテムは、どの時点でアイテムなのだろうか。
剣をインベントリから取り出したとして、半分しか取り出していない状況では何も斬れないのか。
薬をインベントリから取り出したとして、飲み口さえ出ていれば中身を飲み干せるのではないのか。
盾をインベントリから取り出したとして、巨大な盾なら装備しなくても身を守れるのではないのか。
フォルティシモが調べた仕様、その答えがリースロッテにある。
アイテムは一部分だけでもインベントリから出た時点で、その機能が動き出す。ならば機関銃やレーザー銃と言った銃火器類アイテムの銃口だけをインベントリから取り出せば、両手両足しかない人間には決して防げない究極の同時攻撃が可能となる。
もちろんフォルティシモがリースロッテにその攻撃を実現させるまでには苦労があった。
同時処理する数が多すぎる問題がある。人間の脳みそは何万という引き金を同時に引けるようには出来ていない。
その他にも威力の問題、狙いの問題、弾数の問題、積み重なる問題を一つ一つ解決していき、最終的にリースロッテは“対人最強”と呼べるほどになった。
リースロッテの攻撃回数は、一秒間に数万発。そこにクラス【狙撃手】による遠距離攻撃必中の効果が加わる。
悪夢として【御使い】という【魔王】と同じような特殊クラスがある。ラナリアとシャルロットの時に使われたように異世界ファーアースで大活躍した能力、【レベルダウン状態】という特殊状態異常を相手に与えるスキルを使えるクラス。簡単に言えば、リースロッテの攻撃は一発につきレベルを一ダウンさせる。
リースロッテは敵対プレイヤーのレベルを秒で一にして、そのまま抹殺してしまう。
余談だが、対人最強従者の異名はあくまでフォルティシモたちが使っているだけで、掲示板ではリースロッテ攻略のためのスレッドがあるほどで、そこではまったく別の異名で呼ばれていた。
スレッド名【魔王様の娘】リースロッテ攻略スレ partXXX【幼女ペロペロ】。
リースロッテの目の前に見知らぬプレイヤーたちが現れた。
「従者は決して―――」
数千のミニガンがミンチにした。
「権能で―――」
数千のレーザー銃が焼き払った。
「な、なん―――」
数千のグレネードランチャーが吹き飛ばした。
魔王城の最下層に攻めて来たプレイヤー六人は満足に言葉も紡げず、“魔王様の娘”の前で塵となった。
敵プレイヤーが何をしようとしていたのか知らないが、その前に全滅させたので知ったことではないし、どんなスキルも装備も戦術も関係ないし、話を聞くつもりもない。権能とか言うのも使う前に倒す。
ただPKする。
それだけに特化したのがリースロッテだ。
リースロッテは静かになった魔王城の最下層に満足し、再び漫画へ手を伸ばした。
リースロッテはフォルティシモに誰よりも文句を言って、フォルティシモをハリセンで叩いているし、我が侭を言っているし、キュウの尻尾を引っ張ったりして涙目にさせているけれど、誰よりも信じている。キュウよりも信じている。
フォルティシモと、己が最強であることを。
だから他の従者たちとの連絡が途絶しようが、フォルティシモとの通信が出来なくなろうが、ここを守っていればフォルティシモが何とかしてくれると考えていた。
問題は、ちょっと漫画を持って来すぎたので、戦闘が終わるまで全部読み終わるかどうかだ。拠点攻防戦が終わったら、一日中漫画を読んでゴロゴロしていると、つうに怒られてしまうので今の内に読まなければならない。