第三百三十七話 最悪の救援 前編
闇に包まれた部屋があった。蛍のような小さな光がぽつぽつと浮かんでいるものの、およそ人間が部屋の状況を見通せるような可視光線はごくわずかしかない真っ暗な部屋だった。
そんな部屋の中で、クレシェンドは首を傾げた。近衛翔の【拠点】へ向かわせた分身との接続が途絶したからだ。
拠点攻防戦システムで確認する限り、近衛翔の【拠点】に居たのはダアト、マグナ、キャロル、ラナリア、そしてつう。加えて最後に駆けつけたアルティマだけ。それなのに従者たちは未だに生きていて、代わりにクレシェンドの分身と接続できない。
状況だけ見れば、分身が敗北したとなる。しかしAI従者とNPCでは分身クレシェンドを止めることは不可能だ。分身クレシェンドはチートが児戯に等しいと思える、一般的なプレイヤーに比べて上位の権限を使えるのだから勝負にさえならないはず。
『どういうことでしょうか』
クレシェンドは己の分身を含めた記憶を何度も何度も思い返す。しかし、どれだけ探しても近衛翔の【拠点】であった出来事は見つからなかった。
『近衛翔とピアノにやられて、少々ダメージを受けすぎましたか』
クレシェンドは思索を止めて、今へ視線を向ける。
『詳細を調査するべきではあります。しかしこれ以上私を失えば、来たるべき太陽の神を滅ぼす作戦に支障が出ます。近衛翔、神戯にも参加できない凡人相手に、これほど消耗させられるとは思いませんでしたが』
クレシェンドの脳裏に再び狐の神タマの神託、アドバイスが浮かんだけれど、意図的にそれを振り払う。
『狐の神の約束した刻限まで、あまり時間があるものではありませんね』
◇
天空の都市エルディンが燃えていた。
ヴォーダンというプレイヤーに奴隷にされ、故郷を巨大なドラゴンに焼かれ、すべてを失ったエルフたちは、フォルティシモとピアノによって助けられて『浮遊大陸』へやって来た。フォルティシモたちは支援を約束してくれて、エルフたちは新しい住処を開拓し始めた。
フォルティシモは約束通り、魔物に襲われない安全な土地、当面は困らない衣食住、数々の魔法道具に加え、神の如き力で支援までしてくれた。
エルフたちは『浮遊大陸』を開拓し、再びエルディンという街を作った。エルフたちと同じようにすべてを失った元奴隷たちが新しい住民として移住してくると、協力して街を拡張した。
フォルティシモの要求を叶えるために文句を言いながらも設置した彼の石像は、噴水や花々を飾り付けたお陰で街のシンボルになっていた。頻繁にあるお祭りでは中心になり、あの回りで食べ物が振る舞われた。
貰った魔法建築物だけに頼れるかと、エルフや元奴隷たちが協力して作った家屋たちは、魔法建築物にはない暖かみのある住居だった。エルフたちの好む木々との共生と、元奴隷たちの好む都会的な場所、どちらが良いか話し合い、結局はそれぞれ区画で分けることになった。お互いの良いところを尊重し合って、街の特徴となっている。
フォルティシモの力が地上の大陸中へ知れ渡る頃には、冒険者や鍛冶師、研究者から騎士や外交官まで、様々な人が訪れるようになった。
地上から大勢の人が訪れるようになり、街には活気が出て店を開業する者も増えてきた。フォルティシモ肝いりの天空の冒険者ギルドで働けることになったエルフたちは、皆が自慢げに胸を張っていた。
今のエルミアには、幼い頃に逃げ延びた地上のエルディンよりも、天空の新エルディンこそが皆と協力して作り上げた故郷だと思えた。
そんな新エルディンは、強大な魔物に破壊されている。
「っ」
連れられるだけの人々を連れて『浮遊大陸』にある山まで避難して来たエルミアは、目の前で蹂躙されていく新エルディンに泣きそうな気持ちになる。その気持ちを抑え付けるのに、多大な苦労が必要だった。
「まだ、全員逃げられてないわ。あいつらは学校でも病院でも関係無く攻撃する」
『エルミア、残念だけど、無理だ。僕らが見逃されたのだって、彼が僕で、エルミアが彼女の血を引いているからなんだ』
「分かってるわよ! でも、ようやく、皆で、暮らせるように、なったのに!」
アクロシア大陸において、栄華を誇った国が一晩で魔物に滅ぼされるのは珍しい話ではない。魔物は大陸の絶対支配者で、人類は魔物の脅威に怯えながらひっそりと暮らすしかない弱者というのが常識である。
それでも『浮遊大陸』では違うと思っていたのだ。思っていたのに、こうして強大な魔物と敵に滅ぼされようとしている。エルミアはそれが哀しくて、情けなくて、自分の無力さが許せない。
『………プレイヤーのコピーたちは、<フォルテピアノ>の【拠点】魔王城へ攻め込んだようだね』
地面に降りたテディベアが、虚空に愛らしい手を掲げて何かを操作した。
『残るは、狐人族とレイドボスモンスターたち。だったら、フォルティシモから託された策がある』
「策? そんなものあるなら、最初から」
『僕のコピーがいたから、使えなかった。でも今なら使える』
エルミアはテディベアの戸惑いを感じ取った。テディベアがこうして言い淀むのは、エルミアのことを考えてくれるからだ。
『エルミア、君は覚悟があるかい?』
「覚悟って? そんなもの、とっくにあるわ」
『エルミアは、どんな手を使っても、あの新しいエルディンを守りたいかい? 今を守るためなら、過去を利用する覚悟があるかい?』
「どういう意味?」
テディベアが虚空から、小さな木彫りの人形を取り出す。それはかつて、まだ御神木だった彼がエルミアへ託した魔法道具とまったく同じ物に見えた。
そしてエルミアは、テディベアが言い淀んだ理由を察した。
「テディさん? これってまさか」
『フォルティシモからは、君たちには内密に使うように言われていた。けど実は、もうプレイヤーじゃない僕には使えない』
テディベアは己の子孫エルミアなら使えるという言葉を続けた。実際、エルミアには使った経験がある。
『新しいエルディンを救うため、かつてのエルディンを滅ぼした、あれに助けを求める覚悟があるかい?』
「………正直、思うところはあるわ」
エルミアはテディベアから木彫りの人形を受け取り、強く握り締めた。
「あいつ、フォルティシモが、あれと救援を頼めるくらい仲良くなってたことに文句も言いたいし、隠していたことも納得できない。でも、私たちを助けてくれるなら、もう何にだって縋ってやるわ!」
木彫りの人形を使う。
数々のレイドボスモンスターが暴れ回り、外部との通信も行き来も出来なくなったエルディン。
そこが黄金の空に塗りつぶされた。
> 【最果ての黄金竜】との戦闘が開始されました




