第三百三十五話 アルティマvsクレシェンド
「アルさん、フォルティシモ様に連絡が取れるまで、時間を稼いでください」
ラナリアはダアトやマグナと違い倉庫やインベントリを使うことができない。レベルも彼女たちと比べたら低い。そのためサポートすると言っても言葉以外で出来ることは少ない。
ここで己の無力さを嘆くキュウのような可愛げがあれば、フォルティシモのラナリアに対する態度も変わったのかも知れないが、残念ながらラナリアにそれはなかった。全力を尽くしている己の無力さを嘆くくらいなら、出来ることを一つでも探すのが信条だ。
それが例え、どれだけラナリア自身を危険に晒す作戦であっても。
「サポートは有り難いが、できれば此奴に狙われないよう退避して欲しいのじゃ」
「その方針を取るには問題があります。拠点攻防戦中も侵入不可能であるはずの屋敷を攻撃されています。退避先がありません。そしてどこへ逃げても拠点攻防戦のシステム、従者の居場所がお互いに筒抜けになるせいで、逃げ切れません」
「ここで、此奴を倒すしかないということじゃな」
「いえ、ですから時間を稼いでフォルティシモ様を………そうですね。倒すしかありません」
ラナリアはアルティマをアクロシア王国の政争に付き合わせたお陰で、彼女の人となりと能力は大部分把握できている。アルティマは直情的だが馬鹿ではない。むしろ頭の回転速度と記憶力は、百戦錬磨の貴族や他国の外相と比べても遜色がなかった。
「従者の能力ではプレイヤーには遠く及ばないでしょう。それでも私と戦いますか?」
クレシェンドの言動には、僅かながらアルティマへの哀れみや同情がある気がする。
聞いた話では、まだフォルティシモとクレシェンドの対立が明らかになる前、クレシェンドはダアトやキャロルが奴隷屋で買い物へ行った時に、やけに二人を気遣ってくれたらしい。そこに何かあるのだろうと当たりを付けた。
「妾は、サンタ・エズレル神殿で主殿を傷付けた時から、決めていたことがある―――」
アルティマが地面を蹴る。
「ぶん殴ってやるのじゃ!」
クレシェンドは余裕の表情でアルティマを迎撃しようとした。
クレシェンドのレベルを含めた能力は不明な点が多い。しかしサンタ・エズレル神殿の顛末は、キュウやアルティマ、リースロッテなど参加した全員から聞き出してある。またピアノとクレシェンドの戦いは、【配信】という形でラナリアも見聞きしていた。
これまでのクレシェンドの行動、会話。それから導き出される方策。
この天空の王フォルティシモさえも警戒するクレシェンドに対して、ラナリアができる唯一の攻撃。
「あなたの大切な方ですが………残念でしたね! フォルティシモ様に殺されてしまって!」
ラナリアが叫ぶと、クレシェンドの迎撃行動に一瞬の間が生まれた。
アルティマの拳が、クレシェンドの顔面に突き刺さった。
「ぐっ!?」
アルティマの拳を受けたクレシェンドは、その場に踏みとどまる。
ラナリアは効果を確信して、続けた。
「私は助けて頂けましたが、あなたの大切な方は助けて頂けなかったのですね。何が違ったのでしょう? ああ、私が最初にフォルティシモ様と出会った時、この容姿を気に入って頂けたようです。もしかして、あなたの大切な方は容姿が酷く醜かったのでしょうか?」
続くアルティマの連続攻撃に、クレシェンドの対応は見るからに遅れていた。
「今のは軽い冗談です。奴隷屋として愛玩奴隷を数多く扱ったあなたが、大切に思うほどです。とても美しい方だったのでしょう。きっと、心までも。そんな方が、今のあなたを見て、どう思うのでしょうか? 復讐のため大勢を巻き込み、戦争を起こし、命を奪う。悲しむと思いませんか? それが彼女の望みですか?」
「元素・渦流なのじゃ!」
ラナリアの質問に対してクレシェンドの返答が来る前に、アルティマの大魔術が炸裂する。あらゆる属性の攻撃魔術を同時に発動するそれは、かつてフォルティシモが最果ての黄金竜へ使った天変地異を引き起こす力。
「私を憤慨させようという策略でしょうが、無駄です。もはや死したあの御方の言葉は、誰にも語れない」
「そうでしょうか? 想いや願いは、案外受け継ぐ者がいるものです。ああ、あなたは、その御方の想いも願いも受け継げなかったのですね。だから、復讐と殺戮という、その御方が最も望まない行動にしか出られなかった。哀れですね」
クレシェンドは無駄だと口にしながらも、ラナリアの言葉を無視していない。ラナリアは集中力という戦いに最も重要な要素を奪うことに成功していた。
「今からでも遅くはありません。その御方が最も望んだことを実現しようとは考えることは出来ませんか?」
アルティマが発現させた九つの尾が襲い掛かる。クレシェンドは実体を持たないエネルギーである九つの尾を回避し、逸らし、迎撃した。
「残念ですが、それでは私を倒すことは永遠に不可能です」
ラナリアはクレシェンドの表情、言葉の抑揚、目線、姿勢を読み取る。
「治療を!」
クレシェンドは一瞬にしてインベントリから太刀を取り出して、アルティマを切り裂いた。それはまるでアルティマが攻撃に吸い込まれたかと思うような一撃で、未来でも見えていなければ不可能な攻撃だ。
アルティマは首に致命傷を負う。
しかしラナリアは、クレシェンドと同じくらい未来が見えていなければ不可能だと思えるような、絶妙なタイミングで指示を出していた。ダアト、マグナ、キャロルがアルティマへ向かって一斉に魔法薬を使う。
ほとんどが投擲によるもので、振り掛けるタイプだ。本来であれば飲み干すタイプの魔法薬に比べて効果が低い。ただかつてラナリアの目の前でキュウがエルミアを助けたように、フォルティシモたちにその常識は通用しない。
致命傷だったアルティマは、一瞬にして元通りになった。
クレシェンドはラナリアを見つめている。
「NPCでもやるものですね」
「お褒めに預かり光栄です」
今のクレシェンドは、ラナリアに対する敵対心を隠していない。圧倒的な格下、指先一つで殺せるようなラナリアを警戒していた。
「させないのじゃ!」
アルティマの刀とクレシェンドの太刀がぶつかった。衝撃によって桜並木の木々が揺れ動く。
「領域・爆裂なのじゃ!」
フォルティシモと同じ魔術を持つアルティマの爆撃がクレシェンドを襲う。クレシェンドは正面から爆発を受けたものの、アルティマとの鍔迫り合いを止める様子はなかった。
「さて抵抗は充分にしたでしょう。自らの主への義理も立ちます。あなた方は全力を尽くした。恥じることはありません」
クレシェンドは虚空に手を掲げた。
その動作はラナリアのよく知るフォルティシモの情報ウィンドウを操作する仕草だった。
「アルさん! 警戒、いえ、腕を切り落としてください!」
情報ウィンドウを操作するプレイヤーに対して、どんな方法で対抗するか。それは腕や指を切り落としてしまうこと。ラナリアは対抗策を咄嗟に叫んでいた。
しかし指を動かすだけのクレシェンドの行動が早い。
突如、ラナリアにも見える謎の文字列がアルティマの頭上に表示された。
> AI Interface disabled
アルティマが突如として、地面に倒れた。彼女は黄金狐の耳と尻尾を脱力させ、立ち上がることができなくなっている。
ダアト、マグナ、キャロルも同じように地面に倒れていた。
何が起きたのか。状況だけ理解するのであれば、アルティマ、ダアト、マグナ、キャロルの四人が、クレシェンドの指先一つで無力化されてしまった。
ラナリアだけが本心を隠せないほどの驚愕でその光景を見ている。
「さて、好き勝手に言ってくれましたね。それが作戦だとは分かっていますが、気分の良いものではありませんでしたよ」




