第三十三話 修練の迷宮 前編
あれから数日、キュウのレベル上げと冒険者ギルドにあった簡単にこなせて報酬の良い討伐クエストをこなしていたが、今日はラナリアとの会食の後にすっかりお流れになっていた、レベル上げのためのダンジョンへ行くことにした。事前に天烏を使って目的のダンジョンまでの移動時間を計り、レベル上げの時間を考えても日帰りで戻って来られる距離になることは確認済みだ。これからゲーム時代に近い感覚で手軽に行けて、低レベルの内は高い経験値効率が期待できる。
アクロシアの関所を通って街の外の開けた場所へやってくると、そこにフードを被って人相を隠した二人の人影が待っていた。フォルティシモとキュウが近づくとフードを取り、プラチナブロンドの髪を纏めたラナリアが顔を見せる。二度王城で会った着飾った格好とは異なり、動きやすそうな格好をしており、ゲーム時代に見覚えのある一メートル程の木の杖を持っている。ラナリアの持っている杖は【マジシャン】系列向けのMAGに補正のある装備で、強化も低レベルで効果も微妙な、フォルティシモから見ると初心者向け装備に毛の生えたアイテムだった。
「おはようございます」
他国から王都が攻撃されたのがつい先日なのに王女がこうしているのは政治的にどうかと思うが、それを考えるとドツボに填まりそうだったので、フォルティシモは意図的に頭から追い出すことにしている。
ラナリアの傍に居るのは彼女の専任護衛騎士のシャルロットという女性である。年齢はラナリアよりも少し上に見え、近衛翔よりも年下、ショートカットに切りそろえられた髪はラナリアと同じ色で顔立ちもどことなくラナリアに似ている気がするが、これは外人はみんな同じように見える感覚だろう。真面目そうな顔で綺麗なお辞儀を見せた。
彼女とは、ラナリアとのお茶会の直後にこんな会話をした。
「フォルティシモ様、私はラナリア様の護衛をさせて頂いております、シャルロット=イニエスタと申します」
「ああ」
「どうか、私も同行させて頂けないでしょうか」
「なんでだ。ラナリアは王族辞めるんだろ。もう護衛は必要ないんじゃないのか?」
正確には王位継承権を放棄するのであって、王族を辞める訳ではないが、フォルティシモからすれば同じようなものだ。
「私は王族の騎士ではなく、ラナリア様の護衛騎士です。もしもの時、ラナリア様が助かるのであれば捨て駒として使って頂いて構いません」
「ラナリア、なんかヤバイこと言われたんだが。なんだこいつは狂信者か?」
「シャルロットはとても真面目な私が最も信頼する騎士です。彼女は侍女の仕事もできますし、読み書きや計算もできます。私からは有用な人物であると評させて頂きます。もちろん判断はフォルティシモ様にお任せいたします」
「侍女の仕事ができる? ああ、成る程な。まあ、ラナリアの世話する奴が必要か」
「非道い言われようですね。しかし否定できないのが悔しいです。私はまだ日常生活にも世話が必要ですし、冒険者としての常識は、キュウさんを見習いながら身に着けます」
「いかがでしょうか、フォルティシモ様」
「ああ、邪魔にならないならいいぞ。強さって意味じゃなく、狩りとか行動に不和をもたらすなって意味だ。もちろん俺の行動に口出しさえしなきゃ、俺よりラナリアを優先していい」
「感謝を。お邪魔にならないよう最大限善処致します」
フォルティシモの女騎士のイメージと言えば、王女であるラナリアに無礼を働くフォルティシモにことある事に意見をしたり協調を一切考えずにプライドや忠誠を優先する偏見があるので、そう言ったことがあれば即刻追い返そう思っている。
ただ彼女はラナリアの言った通り優秀らしく、フォルティシモの言葉と自らの立場を理解した上で行動しているようだった。仕事に忠実な優秀な人材はフォルティシモにとっても好ましい。美人だし。
「フォルティシモ様、キュウさん、本日はよろしくお願いいたします」
「ああ」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
「フォルティシモ様、今日はあの神鳥に乗せて頂けるんですよね? キュウさんのお話を聞いて羨ましいと思っていたのです。どこに居らっしゃるのですか?」
ラナリアは子供のように目をキラキラさせて周囲を見回している。キュウの名前が出たので、何気なくキュウへ視線を移すと、何故か口をぱくぱくと動かして顔を逸らされた。
「キュウ、調子が悪いのか?」
「い、いえ、大丈夫です」
「体調が悪いなら後日にするぞ」
「フォルティシモ様、違いますよ。キュウさんから、それはもう嬉しそうに抱きしめられて大空の散策を―――」
「ら、ラナリアさんっ」
「失礼しました。フォルティシモ様、気にしたらいけませんよ。女性にしか分からないことがあるのです」
「俺は男だが、気遣いくらいできる。キュウと初めて会った時だって、薬や服は気にした」
「フォルティシモ様、それはデリカシーが無いというのですよ。しかし、今はどうでもいいです。あの神鳥はどちらに?」
失礼なことを言われたような気がしたが、強がっただけで気遣いができるとは自覚していないので流した。むしろキュウが言いづらいことをラナリアが代弁してくれるかも知れないと期待できそうで、ラナリアにはキュウが困っていることをそれとなく聞き出すように言っておこうと決める。
ラナリアはフォルティシモの従魔である天烏に乗りたくて仕方が無いらしく追及もない。
「神鳥じゃなくて天烏だ」
「それは種族ですか?」
「そうだな。命名はしてない。ある奴が天烏を捕まえたら、乗り物として有用だと分かって、俺も捕まえに行ったんだ。邪魔が多すぎてイライラしたけどな」
「まさかフォルティシモ様以外にも、天烏を駆る者が大勢居ると?」
ラナリアの後ろに控えて居たシャルロットが驚いた声を出した。
「この大陸に居るかは知らないが、俺の居た場所で少し腕に覚えのある者であれば一般的な乗り物だ」
「フォルティシモ様の強さは、その者たちの中ではどの程度ですか?」
ラナリアが、素晴らしい質問をしてくれる。
フォルティシモは知識の自慢をしたいのではなく最強の自慢をしたいのだ。
「最強以外に答えが返ってくると思ったか?」
「いいえ。しかし、フォルティシモ様からそのお言葉が聞きたかったのです」
ラナリアは満足そうに笑顔を見せる。フォルティシモも思わず笑ってしまった。
「あの、その方たちは、ご主人様のご友人なのでしょうか?」
キュウから質問が飛んできた。友人かどうか、それは難しい質問だ。リアルの友人ではないが、リアルの友人以上に付き合いの深いフレンドは居る。学校や部活が無くなったら一切連絡を取らなくなる友人よりも、遙かに“友人”だと言える相手だと思っている。
「まあな。友人だけじゃないが、友人も居た」
その答えにキュウは複雑そうな表情を見せたので、返答に困っていることを察せられる。しかし、親に奴隷として売られてしまったキュウが気を回すようなものではない。もしも彼ら、特に仲の良かった“あいつ”に再会できたら、キュウやこの国のことでも話したいと思うし、再会できないことを残念に思うけれど、フォルティシモを最強にすることやキュウの気持ちと比べたら幾分か優先度が下がる問題だ。
ただフォルティシモはキュウの気持ちをフォローするような言葉が浮かばない。
「とにかく行くぞ。出ろ、天烏」
インベントリから取り出すアイテムと同じように、何も無い空間から巨大な白い烏が現れる。
そしてこの烏は、何故か全身から雷と風を発生させながら翼を大きく広げて一声鳴いて見せた。ラナリアが目立たないようにお忍びでやって来たことを無駄にする行動だ。
「ぁ」
「すごいっ」
「これが………」
ラナリアとシャルロットが天烏を見上げて感嘆の言葉を漏らしているが、キュウはびっくりしてフォルティシモの背後に回り込んでいた。
「あ、も、申し訳ありません」
キュウが小さくなって頭を下げたのは、助けて貰った天烏から逃げたことを謝罪しているのだろう。フォルティシモは気にしていない。それどころか天烏の雷に怯えた仕草が可愛いとさえ思う。
なお天烏が人語を理解する設定は記憶にない。しかしこの行動を見るに、こいつはラナリアの言葉を理解しているとしか思えない。加えて召喚していないのに言葉がしっかりと聞こえているらしい。
ラナリアは天烏の周囲を回って、じっくりと観察をしていた。シャルロットがその後ろに付き従って天烏の動きを警戒している。
フォルティシモの命令も無く勝手に襲いかかることはないはずだが、先ほどの行動を見ていると自信がなかったのでフォルティシモも一緒になって天烏の様子を伺った。こいつが暴れ出したらベンヌはおろか、両手槍の男以上の敵になる。もちろんフォルティシモなら一撃で倒せるが、その前に傍に寄っているラナリアとシャルロットの命はない。
「とりあえず乗れ」
「それでは天烏さん、背中へ失礼させて頂きます」
ラナリアが待ってましたとばかりに乗り込もうとすると、天烏はまるで白い絨毯のように翼を降ろして背中までの道を作った。
「お気遣い感謝いたします」
フォルティシモの従魔である天烏は、フォルティシモに対してこんな気遣いをしたことがない。視線に批難を込めて天烏を見つめると、天烏はその赤い瞳を逸らした。こいつはラナリアがタイプらしい。
「キュウも乗るぞ」
「はい」
「怖かったら抱いててやろうか?」
「だ、大丈夫ですっ」
わりと本気でそう言ったつもりだったが、キュウは断ってからそそくさと白い翼の上を歩いて天烏の背中へ登った。