第三百二十九話 vs神戯 破壊不能オブジェクト
「クレシェンドの罠?」
ピアノは<暗黒の光>の【拠点】へ単騎駆けすることが決まった後、フォルティシモからもう一つの作戦、クレシェンドの罠を引き出す話を聞いていた。
「クレシェンドは拠点攻防戦を開始した時点で、俺を止めるための罠を用意している。今の情報で考えられるのは三つ」
フォルティシモが指を一本立てる。
「クレシェンドの分身が五人程度ではなくて、千人、万人と用意できる可能性。さすがに万人いるなら、俺が戦っても時間が掛かる。だが自分で万単位に分身できるなら、そもそもデーモンたちと協力体制を取る必要がない。だからこの可能性は低い」
なら最初から言うな、と言ってやりたかったけれど、ここは大人しく続きを聞いておく。
「次は植物化を盾に取った人質戦術だ。現状、キュウが声を聞く以外に本物の植物と、人間が植物になったモノを見分ける方法がない。戦場を植物だらけにしておくだけで、こちらの行動を阻害できる。これはやってくるはずだ」
「フォルティシモ得意の、大火力超範囲攻撃を防ぐ意味はあるな」
「あと突然インベントリから植物を出して来たり、盾や兜に花を飾ってたら注意しろ」
「見分けられないなら、どうやって助ける?」
デーモンたちはサンタ・エズレル神殿の聖職者たちを花に変えて回収してしまった。彼らは未だにデーモンたちの人質となっている。
「植物を見掛けたら片っ端からインベントリに入れろ。元の姿に戻す方法は分からないが、最悪でもテディベアのようにならできる」
フォルティシモが三本目の指を立てて、これが本題だと言う表情を作った。
「そして完全に動きを止めるためにやるだろう戦術は、チートを使った破壊不能オブジェクトで四方八方を囲むことだ」
「………それやられたら、ヤバいな。拠点攻防戦中は望郷の鍵が使えないんだよな?」
通常時であれば帰還用アイテム望郷の鍵を使えば、空間を飛び越えて【拠点】へ戻れる。ただし拠点攻防戦中だけは、それが出来ない仕様になっていた。それを許してしまえば、全員攻撃、一瞬で帰還して全員防衛のようなトンデモ戦術が使えてしまう。攻撃と防衛の駆け引きを楽しむため、拠点攻防戦では望郷の鍵のような瞬時に移動するシステムが禁止される。
拠点攻防戦中、破壊不能オブジェクトの密閉空間に閉じ込められてしまえば、フォルティシモやピアノでも脱出不能となるだろう。
「そこでだ、ピアノ、破壊不能オブジェクトって何だ?」
「何だって?」
ピアノはフォルティシモの質問の意図が分からず、首を傾げた。VRMMOファーアースオンラインには、いくつもの破壊不能オブジェクトが存在する。
街の建物やダンジョンの壁など、壊されたらゲームとして成立しなくなる物体は、どれだけレベルを上げても破壊できない。
例えばNPCが暮らす民家は壊すことができない。それらが許されてしまったら、誰かに街を壊されて施設が利用できなくなってしまう。他にもダンジョンを外から攻撃して破壊したり、洞窟を掘削したり、建物を解体することも不可能だ。
そんなことは仕様の限界に挑んでいたフォルティシモならピアノ以上に詳しい。そのフォルティシモからの質問だとは思えなかった。
「俺は異世界に来た時、アクロシア王城をぶっ壊した」
「破壊不能オブジェクトの制約が変わっているのは、私も確認した。けど、それと今の話に何の関係がある?」
「そもそも、俺のステータスでどうやって普通に暮らせるんだ?」
フォルティシモはコーヒーカップを持ち上げて見せた。
「このカップ、STRが一の人間も、約一億の俺も、同じように使える。俺のステータスが日常生活に反映されているなら、ちょっと力を入れただけで、このカップは砕けるはずだ」
ピアノは考えたことも無かったけれど、個人の能力に億倍の差があるということは、戦闘以上に日常生活に支障が出るはずだった。フォルティシモのステータスに合わせて道具を作ったら、誰も持ち上げられないし、蓋一つ開けられなくなるに違いない。
「でも、それはゲームだから、仕方ないだろ?」
「それだ。この異世界は現実にゲームのシステムを無理矢理適用させている。だから違和感が出る」
「どういうことだ?」
「アルと再会した直後だったが、アルが望郷の鍵を壊したことがある」
装備には耐久度の数字があるが、使い切りの消費アイテムにはない。だからVRMMOファーアースオンラインで望郷の鍵は壊せない。
「異世界ファーアースは、中途半端に現実の物理法則と混じり合っている。なんとかって老人デーモンの言った上書きしているってのは間違いだ。ファーアースは現実とゲームを多重定義している世界ってことになる」
フォルティシモが頷いたので、ピアノも頷いた。
「なるほど、良く分かった」
「だろう?」
「お前の説明が下手くそで、まったく分からないってのがよく分かった」
フォルティシモは真顔になって腕を組んだ。
「『1+1』が、二にも三にもなる、みたいなこと言ってないか?」
「そうじゃない。『1+1』を三にするためにはどうするかだ」
「なったら数学が終わらないか?」
「『1+1』に、もう一回一を足せば三になる。この足された“一”が異世界ファーアースだ」
「それはもう『1+1』じゃないだろ。マジでお前の言いたいことが分からん」
ピアノは義務教育を履修すればフォルティシモの言いたいことを理解できるのだろうか、と頭を抱えた。
唐突に、フォルティシモが空になったコーヒーカップを空中に放り投げる。コーヒーカップは重力に従って呆気なく床に落ちて割れた。
「ゲームだったら、どんなステータスでも破壊できなかったカップを破壊できた」
ピアノはコーヒーカップの破片をじっと見つめる。
「破壊不能オブジェクトと呼ばれるモノは、ステータスの影響を防ぐ物品だ。VRMMOファーアースオンラインのシステムでは破壊できなくても、単純な物理法則なら問題なく破壊できる」
ピアノでも最後だけは分かって、ニヤリと笑う。
「私が体験して、ついでにクレシェンドの罠も破って来てやる」
◇
現在のピアノはクレシェンドによって破壊不能オブジェクトに密閉空間に囚われた。
VRMMOファーアースオンラインでは絶対に破壊できないブロック状の物体。その真っ白なブロックに向かって、剣を掲げる。
剣を両手に持ち、上段で構える。フォルティシモとクレシェンドから聞いた話を自らの中で噛み砕き血肉にした。
二人共好き勝手言ってくれたが、ピアノにとって真実は一つしかない。
ファーアースはピアノが生きている世界。バグがあろうが、斜め上のアップデートされようが、ラグがあろうが関係ない。極度の集中状態は、ピアノに五感以外の何かを与え世界の歪みを感じ取らせる。
ピアノの放った一撃は、破壊不能オブジェクトを破壊した。
白い立方体から脱出したピアノを見たクレシェンドの顔を確認すれば、驚愕に目を見開いている。次の瞬間、ピアノの剣はクレシェンドの心臓を一突きにしていた。
「警告しておく。フォルティシモはもう、お前の秘密を見抜いている。だから次、お前がフォルティシモの前に姿を現したら、その時が最後だ。死にたくなかったら、諦めて大人しくしていろ」
「………その警告、無視させて頂きますよ」




