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第三十二話 アクロシア王女との会食

 キュウがラナリアの誘いに乗り、主人を食事に誘ったのは、お姫様が食べる料理を食べてみたいという理由は確かにあったものの、実のところそれは大した理由ではない。キュウは家族に奴隷として売られた時点で、自分の命すらも希望を叶えることはできないと諦めていたので、今更お姫様に憧れるというだけの理由で主人に意見をしたいなんて思わない。


 ラナリアに色々聞かれて思ったのは、キュウは主人を何も知らないということだった。話して欲しいなんて我儘は言わないけれど、知りたいと思ってしまうのは止められない。


 その中で強さ以外で主人から頼まれている仕事、料理についてふと思い出したのだ。


 主人はどこかの王族で、いつも宮廷料理を食べていたかも知れない。ラナリアからそんなことを言われて、自分は宮廷料理なんて見たことさえないと気付いた。それではいくら何でも作ることが出来ないので、一度でいいから食べてみたいと思った。


 それからあれよあれよとラナリアに乗せられて、すぐに食事をすることになり、主人に頼んで城まで一緒に来て貰った。


 予想に反して、主人は食前に自ら口にしたように宮廷料理に慣れているように見えなかった。

 主人のナイフやフォークの使い方が上手であるのは普段の食事を見ているので知っていたが、ラナリアの洗練された所作に比べるまでもなく、あくまで冒険者たちと比べれば上手いというレベルだった。


 別世界に住んでいるかのように凄い主人が、身近になったようで嬉しくなる。


 厨房から「お口にあっていたか?」「感想は何も」「ラナリア様が王族以上の最高の賓客とまで言ったんだ。絶対に無礼は見せるな」「分かっています」という会話が聞こえて来て、なんだか申し訳なくなる。


「この後、お時間はありますか? よろしければ、これからのことをお話をしたいのですけれど」


 ラナリアの質問はキュウに投げ掛けているように見えて、本当に用事があるのは主人に対してだ。だからキュウは主人を見つめた。


 昨日の事件が無ければ、今日はどこかのダンジョンへ行くという話をしていた。主人の常識ではアクロシア王国周辺の冒険なんて半日で行って帰ってくる程度なので、午後から行くと言われても驚かない。


「いいだろう」


 主人の答えに周囲の騎士たちの鎧がカチャリと鳴った音を、キュウの耳は聞き逃さない。キュウ一人だったら尻尾が逆立つくらいに驚いただろうけど、隣に主人が居るので怖くなかった。




 ラナリアの個人的な部屋だという場所へ案内されて、室内に居るのは主人、ラナリア、ラナリア付きの護衛の女性騎士らしいシャルロット、そしてキュウだ。


 主人は近場の椅子へ無造作に腰掛ける。城の給仕たちの様子を見て、主人が椅子に座る際はそれを引こうと思っていたが、上手くいかなかった。ちょっとだけ情けない気持ちになって、慌てて主人の横の椅子に座った。ラナリアはその向かいに座り、シャルロットはその背後に直立する。


「そいつは?」


 主人がシャルロットを視線で指さして、ラナリアへ問いかける。主人以外がやった行為だったなら、キュウは震え上がっただろうけれど、主人がやると主人の知らない人を同席させるつもりなのかな、という感覚が浮かんでくる。むしろラナリアやシャルロットが、主人の質問にどう答えるつもりか興味が湧くくらいの余裕がある。


「シャルロットは私の腹心です。すべての事情を把握していますし、同席させたいのですが、よろしいですか?」

「護衛のつもりなら無駄だぞ」

「シャルロットのレベルは五五〇。フォルティシモ様から見れば有象無象と同様でしょう。それに私がフォルティシモ様に対して叛意を持っていると思われているのは、心外です」


 ラナリアの言う通りで、レベル五五〇というのはキュウのレベルとそれほど変わらない。むしろ次のダンジョンへ向かうという主人が言っていた冒険が終わる頃には、超えているかも知れないレベルでしかない。


 そもそも主人の規格外であるレベル九九九九と比べたら、五〇〇だろうが一だろうが同じだろう。レベル四〇〇〇の男からの攻撃を受けたにも関わらず、まるで問題にしなかった様子を考えれば、四〇〇〇だろうが一だろうが同じ、と表現するべきかも知れない。


「ずっと気になってたんだが、この国の奴らのレベルは低すぎないか?」


 信じられない発言でも、主人から見ればそうなので納得してしまった。


「お恥ずかしい限りです。ですが、私共の常識ですと、あのヴォーダンという男が非常に高かったのです。フォルティシモ様ほどではありませんでしたが」

「高い? あいつベースだけで一覚もしてないただの雑魚だぞ」

「………それはどのようなものなのですか? レベル四〇〇〇すらも問題にならないのでしょうか?」


 それらはキュウも聞いたことがない。レベル四〇〇〇という数値ですらも大したことがないと思えるものならば、キュウとしても聞いておきたいので思わず主人を凝視してしまう。


「………今気にしても無駄だ。キュウのレベルが上がったら確認する」

「私もフォルティシモ様の忠実な奴隷となったことですし、将来を考えて内容だけでも教えて頂けないのでしょうか?」

「お前にキュウと同じ役割を期待した覚えはないが」

「キュウさんは特別ということですか。それは種族や才能の問題でしょうか?」


 才能にも血筋にも恵まれているだろうラナリアが言うと嫌味に聞こえてしまうかも知れない言葉だったが、純粋に疑問に感じている風で嫌味が感じられない。若干前のめりになっている気がするが、気のせいだろう。


「キュウには俺がパワーレベリングをしているから、誰よりも先にレベルが上がるはずだ」

「なるほど、キュウさんはフォルティシモ様にとって特別なのですね」

「そうだな」


 キュウはがたん、とテーブルに足をぶつけ、思わず椅子から転げ落ちそうになった。


「キュウ、どうした?」

「い、いえっ」


 主人の特別だなんて言われて、しかも主人に肯定されて驚かないなんて無理だ。思わずまじまじと主人の顔を確認してしまう。主人は至極真面目で冗談を言っている雰囲気ではない。


「ふふっ、キュウさん、尻尾が動いてますよ」


 ラナリアが口元に手を当てて、楽しそうに指摘してくる。キュウは自分の尻尾を握って押さえつけた。


「それでは、私もフォルティシモ様とキュウさんとご一緒すれば、同じレベルへ到達できますか?」

「たぶんな」


 主人はたぶん欲望の腕輪という超々稀少な魔法道具のことを言っているのだろう。あれを装備しているとレベルアップの速度が異常なほど早くなる。


「是非、私もお願いします!」

「レベルを上げたいのか?」

「はい。もちろんフォルティシモ様の夜伽もさせて頂きますよ」


 主人はキュウを見つめた。尻尾を掴んでいる自分の姿を見られて、恥ずかしくなってしまう。


「お前は王女だぞ」

「まだ未発表ですが、私は王位継承権は放棄いたします」


 キュウにアクロシア王政の知識は市井の噂くらいしかないが、ラナリアは凄いことを言っているのではないだろうか。


「………ならいいか」


 主人の常識ではそれで良いらしいが、この国ではどう考えてもマズイ。こういう状況をフォローするのをキュウは期待されている。


「あの、そんなことをして、大丈夫なのでしょうか………?」

「表向き今回の件の責任を取る形になるでしょう。また、自国の者でない方から【隷従】を受けている私を政治の中枢に関わらせるわけにはいきません」


 今回の件、キュウの被害は時計を無くしただけだし、知り合いのカイルの仲間たちも無事だった。フィーナたちも解放されたことを確認している。主人はもちろん怪我一つ追わずに目の前に居る。


 そのためまるで八方無事で収まったかのような気分だったが、国全体で考えれば受けた被害はキュウの想像を超えるものだろう。それが分かったところで、キュウに出来ることなど何も無いが。


「表向きってのいうのは、裏の事情があるのか?」


 主人の質問にラナリアは目を細めた。


「ここからは他の方へ漏らさないで欲しいのですが」

「ああ。キュウもいいな?」

「はい」


 主人はここでもキュウに命令をしなかった。ラナリアが笑った。まるで何かが成就したような顔だった。


「そうですね。私はフォルティシモ様やキュウさんと出会い、世界が開けました」

「世界が開けたって、大袈裟だな」

「大袈裟ではありません。私は私の願いとアクロシアの繁栄を同時に達成する手段を得られたのです。本当にキュウさんには感謝してもし足りません」


 突然感謝の言葉を向けられて、戸惑う。


「私はもう好きでもない男に抱かれたり、国のために一生媚びへつらう必要もありません。私はフォルティシモ様とキュウさんのお陰で、自由を得ることができました」

「自由って、俺に【隷従】を掛けられてるだろうが。俺はお前に容赦なく命令するぞ」

「フォルティシモ様であればどうぞ。ただ、キュウさんが見ている前で言えることにしてくださいね?」

「………」


 主人からは何の制約も受けていないとは言え、キュウが主人から【隷従】を受けていることは純然たる事実なので、すぐに肯定するだろうと思ったのに主人は何も言わなかった。


「私はキュウさんと出会い、フォルティシモ様と出会えたことを本当に幸福だと思っています」



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― 新着の感想 ―
[一言] 成る程、レベルを9999にして覚醒するとレベルは1に戻るけどステータスは引き継がれるから更に強くなれるのか。主人公は何回覚醒したの?
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