第三百十八話 拠点攻防戦 クレシェンドの回避された罠
場所は神社の形をした<暗黒の光>の【拠点】の奥殿。クレシェンドは<暗黒の光>のエンブレムが刻まれたクリスタルの前で情報ウィンドウを開き、成り行きを見守っている。
<フォルテピアノ>は拠点攻防戦開始直後に攻撃して来なかった。それに内心で驚いたのは、他ならないクレシェンドである。
「近衛翔、ピアノ、エンシェント、アルティマ辺りが先制攻撃部隊としてやって来てくれたら、最高の展開でしたが」
クレシェンドは準備をしていた。
例えどんな敵―――フォルティシモが強襲して来たとしても、長い時間拘束しておくための罠を。
だから、もしもフォルティシモが開戦直後に攻め込んで来たら、その時点でフォルティシモを拘束し、あとは時間を掛けて従者たちを嬲るというクレシェンドの望む最高の戦況が生まれただろう。
「カイルとフィーナを取り戻して一応の落ち着きを見せたか、他の要因でしょうか」
クレシェンドは<暗黒の光>のチームメンバーのリストを表示する。
フォルティシモは拠点攻防戦の定石である先制攻撃を放棄することで、クレシェンドの罠を完璧に回避した。何か情報を得ていなければ、わざわざアドバンテージを取れる機会を放棄はしないはずだ。
「デーモン共の中に裏切り者がいる可能性もゼロではありません。グラーヴェ翁が筆頭となりますが、彼はそこまで耄碌していないはず。そもそも拠点攻防戦は、裏切りを許容していない。敗北チームメンバーは必ず死ぬ。自殺志願者がいるなら別ですが」
<暗黒の光>の名前を全員確認しても、チームメンバー全員を巻き込んで心中しようと考えるような性格の持ち主はいない。
「近衛翔が攻撃をしてこない理由。本人が来なかったとしても、攻撃そのものを止める理由がある」
クレシェンドが思索に耽っていると、<青翼の弓とオモダカ>の剣士サリスと魔法使いノーラが奥殿へ入って来た。彼女たち二人は今まで身に着けたこともない最高レア度を誇るM級の装備で武装している。
「クレシェンド様! フォルティシモさんは来なかったみたいですけど、次はどうします? フィーナを攫いに行きますか? それともカイルさんの暗殺ですか?」
「クレシェンド様、私がまた逃げて来た振りをしてお父さん………ギルドマスターから状況と概要を聞き出して報告いたしましょうか?」
二人は未だにクレシェンドの奴隷である。そしてクレシェンドが彼女たち二人へ下した命令は、『命と親族友人を捨ててでも私に尽くせ』だった。
だから二人はクレシェンドだけを考えて、クレシェンドのためだけに行動する。
「あなたたちは捨て駒以外の使い道がありませんね」
「ごめんなさい。でも自爆くらいならできます!」
「申し訳ありません。どうか捨て駒として使ってください」
フォルティシモが直接アイテムを与えた<青翼の弓とオモダカ>のリーダーカイル、そして度々仲睦まじい姿が目撃されるキュウの友人フィーナ。その二人と比べて、サリスとノーラの戦略的価値は格段に落ちる。
サリスとノーラが最大限の謝辞を示すため、クレシェンドの前で土下座をした。その姿を見てもクレシェンドはまったく感情が動かない。
まるでゲームの画面越しにゲームキャラクターの土下座を見ているかのようだった。
「では近衛翔が本当に攻撃するつもりがないのかどうか、それを知るために使います」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「お役に立ってみせます」
「結構」
◇
『浮遊大陸』の都市エルディン。そこに控えたフォルティシモ、キュウ、ピアノ、エルミア、テディベア、大勢の子孫従者たち。
拠点攻防戦開始直後から、敵の攻撃に晒される予定の場所。だからフォルティシモ自ら防衛に来た。
しかし拠点攻防戦開始直後、<暗黒の光>からの攻撃はまったくなく、むしろ静寂という名の精神的責め苦がフォルティシモを貫いていた。
「あー、あれだ」
ピアノが言葉を迷いながら声を掛けて来る。
「デーモンたちは、私たちの常識に囚われない敵だから、油断できないってことだ」
「ねぇ、あなたの話だと、その拠点攻防戦っていうのが始まったら、すぐに私たちが攻撃されるんじゃなかったの? まったくそんなことないし、どこも静かみたいよ?」
ピアノの気遣いをエルミアが台無しにした。
フォルティシモも拠点攻防戦開始直後の攻撃から、子孫従者たちを最強のフォルティシモの力で守ってやると息巻いて、大勢をこの場に集めたのだ。しかし蓋を開けてみれば<暗黒の光>からの攻撃がない。
端的に言って気まずい。
『いや、エルミア、フォルティシモの予測は間違っていないよ。最果ての黄金竜も封印から解放されたら、迷いもなくまず前のエルディンを攻撃しただろう? 今のフォルティシモを倒すためなら、エルフや元奴隷たちを狙うのは戦略的に理に適ってる』
「テディさんが言うならそうなのね。でも、敵が来ないのはどうするのよ」
フォルティシモは大勢のプレイヤーに嫌われたり恨まれたことはあるけれど、慕われたり信じられたり、まして指示する立場になったことはない。
これがフォルティシモの従者たちだけであれば、「相手の動きは予想外だ。作戦を次の段階へ移す」とか言って対応できたけれど、何万人も相手にどう言うべきかは迷ってしまう。
いつものように、どうでも良い相手ならば好き勝手できるフォルティシモだけれど、これからの戦いに重要な信仰心エネルギーFPを供給してくれるエルフたちに良い顔を見せたいと思ったから、どう対応したら良いか分からなかった。
「テディベア、エルミア、とりあえず、この場は警戒させたが何もなかったと穏便に収めて、次の段階に移行したい。お前たちから伝えておいてくれ」
フォルティシモは文句を言われる立場を二人に任せてしまったが、思いの外エルミアからの返答は軽いものだった。
「分かったわ。ま、あなたと戦う相手なんだから、そういうこともあるでしょ。警戒態勢は、一次侵攻後で良いのね? あなたは実験区画へ、私たちは哨戒を中心にするわ」
「ああ、それで良い。………いや、ちょっと待て、<フォルテピアノ>の【拠点】、カリオンドル皇国、アクロシア王国が攻撃されたみたいだ」
<フォルテピアノ>の【拠点】が攻撃されるのは当然として、カリオンドル皇国とアクロシア王国が攻撃されるのも予想通りである。
フォルティシモはそれだけ二国を優遇していて、そこからの人員を信仰心エネルギーFPのために天空の国フォルテピアノへ受け入れている。
「しかし、ザコばかりだな。これなら支援の必要もないか」