第三百十五話 拠点攻防戦 開戦
フォルティシモの情報ウィンドウに表示されている時計の数字が、十二を刻もうとしていた。それはフォルティシモのチーム<フォルテピアノ>と、クレシェンドのチーム<暗黒の光>の戦闘開始の合図である。
フォルティシモは大勢のエルフや元奴隷たちと一緒に、天空の都市エルディンの広場でその瞬間を待っていた。
戦闘が開始された瞬間、<フォルテピアノ>と<暗黒の光>の【拠点】とそのチームメンバー、従者や従魔の位置はお互いに筒抜けになる。もしも『浮遊大陸』に<暗黒の光>が入り込んでいたら、真っ先に潰すつもりだ。
完全武装したフォルティシモ、キュウ、セフェール、アルティマ、そしてピアノ。
その周囲に待機するのは、テディベアを頭に載せたエルミアに、大勢の子孫従者たち。
子孫従者はファーアースオンラインにはなかった要素なので、拠点攻防戦が開始された時に彼らの位置まで把握できるのかは不明だった。だからもしものため、できる限り一カ所に集まるように言っておいたのだ。彼らはフォルティシモへ己の自由と意思をすべて捧げた者たちなので、無事でいて貰いたいと思う。
「しかし意外だな。私の知ってるお前の印象と違う」
白銀の兜に純白の軽鎧、全身を戦乙女もかくやという白い装備に身を包んだピアノが、緊張した様子も見せずにフォルティシモへの質問を口にした。
「何がだ? デーモンたちを見逃すことか?」
異世界ファーアースでの拠点攻防戦は初めてで、フォルティシモも直前になって若干緊張していたのに、ピアノにはそういう緊張がないらしい。貴族のパーティーとか会合に招かれた時は逃げ出すほど緊張するくせに、基準が分からない奴だった。
ピアノは「お前が大勢に慕われてるのが意外なんだよ」と聞こえるくらいの小声で言いつつ。
「いいや、お前は私から頼まれなくても、きっとデーモンたちを救おうとした。フォルティシモの最強への道が、大勢の犠牲の上に成り立っていたなんて、お前が許せるはずがない」
「俺は最強のフォルティシモのためなら、誰に恨まれ………いや、まあキュウとかの意見を聞きつつ、考える」
「そうだろうな。私が信じたお前の最強は、そんな詰まらない最強じゃない」
作戦通りなら、ピアノはこれから厳しい戦いを始める。この拠点攻防戦で、最も困難な闘いの一つを引き受ける予定だ。
「ピアノ、ギリギリまで戦おうとか考えるなよ? 余裕のある内に戻って来い。多少の誤差なら、どうとでもなる準備はしてる」
フォルティシモが本気でピアノを心配して声を掛けると、ピアノはフォルティシモが見慣れた、今では懐かしいVRMMOファーアースオンラインの笑みを見せる。
「そういうのは、“俺”じゃなくて惚れた女にしろ。“俺”を信じるなら、もっと別の言葉を寄越せ」
「はっ、誰がお前を心配してる? 活躍の場が欲しいだけだ。さっさと負けて、最強のフォルティシモに泣き付け」
フォルティシモとピアノ、ロールプレイ好きの二人がよくやった行為を口にして、二人は拳を付き合わせた。
「よし、勝とうぜ。私は拠点攻防戦の経験は少ないが、全力を尽くす」
「ピアノ、知らなかったのか? 俺のチームでは“勝とう”なんて言わない」
ニヤリと笑みを浮かべて見せる。
「恨むなら、この最強のフォルティシモの“前”に立ち塞がったことを恨め」
> 拠点攻防戦が開始されました
フォルティシモは神々の創った遊戯に挑む。
開始直後、フォルティシモ、ピアノ、テディベア、情報ウィンドウを操れる三人が一斉に腕を動かした。
『良い予想が当たった。僕も<フォルテピアノ>扱いだ。<フォルテピアノ>と<暗黒の光>の情報を得られる』
テディベアはあくまでも元プレイヤーであり、厳密には<フォルテピアノ>のチームメンバーではない。だから期待はしていなかったけれど、異世界ファーアースのシステムはテディベアも<フォルテピアノ>の一員として扱い、彼へ敵味方の位置情報を与えているらしい。
ただし、それはフォルティシモが敗北する時はテディベアも死ぬ運命共同体になったと言うことだ。テディベアはたまったものではないだろうが、フォルティシモには都合が良い。
「よし。テディベアとエルミアはここの指揮を任せる。少しでも異常を感じたら、すぐに連絡しろ」
「分かったわ。あなたが負けるとはまったく思わないから、こう言うわ。さっさと終わらせて、みんなをいつもの生活に戻して」
拠点攻防戦を始めるにあたり、天空の都市エルディンへ攻め込まれる可能性を考慮せずにはいられない。サンタ・エズレル神殿の時にクレシェンドがやったように、エルフたちを人質に使う可能性だってある。だから『浮遊大陸』の住人たちへ、拠点攻防戦の期間は厳戒態勢でいるように布告した。
エルミアはそのことへ文句を言っているらしい。エルフたちのために命を賭けられる彼女らしい憤りだ。
とは言えエルミアに怒っている雰囲気はない。むしろ微笑を浮かべているくらいだった。だからフォルティシモも思わず笑う。
「安心しろ。俺が誰かに負けると思ったか?」
「だから思っていないわよ。お願いするわ、フォルティシモ」
フォルティシモはエルミアの言葉に満足を覚えつつ、情報ウィンドウから得られる<暗黒の光>のデータを確認していた。
まず<暗黒の光>のチームメンバーは、百人。VRMMOファーアースオンラインのチームシステムは百人まで参加可能なので、最大値ということになる。
敵の戦力は数字通りではない。子孫従者や先住民デーモンはすべて敵に回るだろう。特にクレシェンドは異世界で何十年以上奴隷屋を営んでおり、その人数は膨大である可能性もある。
「<暗黒の光>の【拠点】の場所は、『冥府』か」
『冥府』は地下に広がるダンジョンで、全体的なイメージとしては仏教の天国や地獄ではなく西洋神話の一つの世界に近い。ダンジョンというよりは島みたいなものだ。『冥府』の広さは実装されたダンジョンの中でも広大で、ボスエリアまで辿り着くのが面倒だった記憶がある。
面倒だったから、二度と来ないで済むようにドロップアイテムが必要数集まるまでボスを独占し続けた。ボスよりもフォルティシモからボスを奪おうとするプレイヤーたちのが手強かったくらいだ。
「異世界ファーアースにも『冥府』があるんだな。フォルティシモは行ったことあるか?」
「ある。近くまで【転移】可能だ」
「さすがに準備が良い」
フォルティシモはVRMMOファーアースオンラインと異世界ファーアースの差異を、異世界転移した日からずっと調べ続けている。ダンジョンの有無やモンスターの強さは、しっかりと確認済みだ。
しかし【転移】のポータル設定を設置してあるのは別の理由がある。
「太陽の届かない地下世界にデーモンがいることは、誰でも予測できるだろ。そのどこかにデーモンがいると思ってた。叩き潰すつもりなら拠点攻防戦開始前に攻撃したぞ」
「………いや、私にはまったく分からないが、どういうことだ?」
「それだけ太陽の神の影響力が絶大だって話だ」
太陽の神はフォルティシモの両親が死亡した誘拐人質事件を裏から起こした神である。祖父近衛天翔王光が殺そうとしている相手であり、あの天才近衛天翔王光でも自らの手で殺すことを諦めた敵でもあった。
「とにかく、まずは防衛戦だ。俺の経験上、拠点攻防戦は最初の一撃が最も強力になる。絶対に油断するな」




