第三百十四話 デーモンの街ホーンディアン
それは<フォルテピアノ>と<暗黒の光>の拠点攻防戦開始まで、残り僅か十二時間を切った時。
太陽の光の届かぬ地下世界に狐の神タマが姿を現した。
「里長! もう、何やってたんですか! 道に迷ったんですか!?」
「かかか、わてとて“道”に迷うこともあろう」
デーモンたちの街ホーンディアン。
この場所は太陽の届かない地下にある街だ。光が届かないというのは、それだけで人の暮らしを困難にする。洗濯物が乾きにくいとか、植物が育ちづらいとか、日の光によって生み出される栄養素が不足するとか、そもそも灯りを常に必要とするとか、挙げていけば切りが無いほどの不便があるだろう。
それでもデーモンたちの千年にも及ぶたゆまぬ努力によって、暮らして行くには充分な場所になっていた。
上空にはデーモンたちが毎日供給する魔力による光があるため、薄明かりながらも擬似的な空があった。毎日が曇り空だと言えば何とか通じるような光景になっている。
街並みは太陽の光がないせいで育て辛い木材の代わりに、土と石によって作られた建造物が建ち並んでいた。ほとんどが一階建ての平屋であり、一軒一軒が大きい。それでも山や谷が少ない地形のため、ずらりと並んだ家屋は圧巻だった。
街の外れには貯水池や田畑もあり、それぞれが現役で手入れされている。デーモンたちが暮らしのために開拓したことが読み取れた。
そして、ここには魔物―――モンスターが一切出現しない。ここはデーモンたちのために作られた、デーモンたちの世界だ。
ホーンディアンに狐の神タマが姿を現すと、先に到着していた狐人族だけでなく、デーモンたちまでざわめき立った。
「タマ様! お久しぶりです!」
「美味しいキノコが採れたんです! 貰ってください!」
「実は先月少し使いすぎてしまいまして、貯水池の水を補充してくださいませんか?」
次々に話し掛けて来るデーモンたち。彼らは皆が狐の神タマへ好意的な態度を取っている。
サンタ・エズレル神殿で、デーモンの槍使いが狐人族のキュウとアルティマを見た時、それだけで警戒を緩めてしまったことがある。この光景を見れば、デーモンたちにとって狐の神タマがどれだけ重要かは尋ねるまでもない。
デーモンの槍使いが黄金の狐人族を見て油断するのも仕方がないと言える程度には、狐の神タマはデーモンたちに崇められていた。
特に<暗黒の光>に賛同して、女神から母なる大地を奪還しようと息巻く者たち“以外”には。
「かかか、アレが狐を宣伝してくれたお陰で、随分とFPに余裕がある。これから戦いに使う分は温存するが、余剰はお前たちの願いを叶えてやろう」
狐の神タマがアクロシア王都を黄金狐で埋め尽くした時、純粋に驚いた。
狐の神タマは神戯の管理者であり、そのシステムのすべてを知り尽くしている。信仰心エネルギーFPの仕様も、完全に理解しているのだ。
目の前に現れて暴れる狐たちを思うNPCたちの思考。それによって得られるFP。それらを完璧に計算した結果、拠点攻防戦に必要なFPを六時間と計測した。
だがアクロシア王都の民は、黄金狐に予想以上の信仰を持っていた。
アクロシア王都にとって、黄金狐は神獣だ。単なる獣の大量発生ではなく、神獣が自分たちの都市を動き回ったという状況になった。
それはフォルティシモが黄金狐の少女キュウを、所構わず連れ回して可愛がっている効果と言うべきだろう。
「おお、さすがはタマ様!」
デーモンたちが騒ぐ中で、<暗黒の光>のチームメンバーがやって来た。物々しい武装をしていて、周囲のデーモン、特に子供たちが怯えている。
「タマ様、もうすぐ拠点攻防戦が始まります。天空の王は、我々を容赦なく皆殺しにするつもりです。何卒その御力をお貸し頂きたく」
狐の神タマは扇子を開き、口許を隠しながら目を細めた。それだけで狐の神タマの周囲にいた狐人族数名が、全身の毛を逆立ててデーモンたちを睨み付ける。
「まだ時間はあるだろう? それに、わてはこやつらの願いを叶えると約束をした。まさか、わてに約束を破れと、言うつもりかえ?」
「い、いえ、まさか! そのようなことは!」
「それに、お前たちは気にする必要はない。ただ、全力を尽くして、己の思いを吐き出すだけで良い。これは、わてたち神々と、フォルティシモやクレシェンド、近衛天翔王光たち神戯参加者の戦い。お前たちが命を賭けることそのものが間違っている」
狐の神タマはフォルティシモと約束したのだ。
クレシェンド以外の全員を殺さずに拠点攻防戦を終わらせると。
「お前たちは全力を尽くせ。わてはお前たちがすべてを尽くせるよう支援する。この拠点攻防戦が終わった後、神戯が終わるその時までな」
狐の神タマの言葉に、<暗黒の光>のチームメンバーは感動したのか、息を呑んで勢いよく頭を下げた。
「我々は、タマ様を信じております! ご納得頂けるまで、ホーンディアンを散策ください! 私がご案内しましょうか!?」
狐の神タマは<暗黒の光>のチームメンバーの好意を丁重に断り、ホーンディアンの住民たちにも断りを入れ、街中を一人で歩き出した。
情報ウィンドウを立ち上げ、フレンドリストを開き、そこに表示されている名前を見る。
マリアステラ
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クレシェンド
セルヴァンス
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………
オウコー
ディアナ
………
フォルティシモ
フレンドリストの最後で指を止めた。
彼の孫、彼女の息子、彼女に選ばれた者、フォルティシモ。
「わてに、お前に賭けようと思わせてくれ」
> 拠点攻防戦が開始されました