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第三十一話 冒険者カイルの訪問

 フォルティシモはキュウに無くした時計の捜索を断られ、はっきり言って気落ちしていた。場所が分かっているのであれば助力なんて必要ないと分かっていながら、それでも一緒に付いて来て欲しいと言ってくれるのではないかと期待してしまっていた。


 まるでヒーローのように格好良くキュウを救出し、抱きしめて抱きしめ返してくれたのだから、キュウが自分のことを頼ってくれるのだと思っていたのだ。


 そうではなかったと分かった時の精神的ダメージは大きく、今日中にやっておこうと思っていた情報収集などの行動はやる気が起きず、精神安定のために新しいスキルの設定を作っていた。


 そんな時に部屋のドアがノックされる。ノックして来たのでキュウではない。前にノックして入って来たキュウに注意したら、それ以来キュウはノックしないで部屋に入ってくる。


「留守だ」


 今はキュウ以外と会話する気になれないから居留守を使うことにする。


「なんだよそれ、居るだろ!?」


 男の声でますますテンションが下がったが、知っている声だったので仕方なくドアを開けることにした。


「カイルか、どうした」


 ドアを開けた先に立っていたカイルは、この世界に来て冒険者登録した際に初めて話しかけて来た冒険者で、それ以来パーティは組んだことはないが何度も話している仲だ。あくまでフォルティシモの感覚だが、パーティメンバーを考えて行動する優秀なリーダーだと思っている。


 そして昨日の事件でもカイルは命を賭けてキュウを守ろうとしてくれた上に、キュウの場所をフォルティシモに教えてくれた。だからいくら気力が無いとは言え、無視するのは不義理だと思って応対をすることにしたのだ。


「昨日のこと、デニスもエイダも無事だった。だから礼を言おうと思ってな」


 フォルティシモは居心地が悪くなって視線を逸らす。

 カイルの仲間を助けてくれと頼まれたが、フォルティシモはキュウの後に助けようとはしたものの、名前を忘れて助けられたのか確認していなかった。しかしどうやら無事助かったらしいことに、表には出さないようにして安堵する。フォルティシモは無事にキュウを助け出したのに、カイルの仲間は助からなかったなんて結果だったら、さすがに申し訳ない。


「ああ、その時も言っただろ。キュウのついでだ」


 フォルティシモの脳内はキュウが一番どころかキュウしかなくて、カイルの仲間のことを半ば忘れかけていたことは言い訳しておかなければならないだろう。


「お前は俺にキュウの場所を教えてくれた。俺はキュウとお前の仲間を助けた。互いに助け合えたな。WinWin、互いに勝利に至れたわけだ」

「………はは、敵わねぇな。そういえばキュウちゃんは居ないのか?」

「キュウに用事だったのか? 口説く気ならお前を抹殺する。遺言はあるか?」

「しねぇよ。怖すぎだろ。だいたい、あの子はお前しか見えてないから、誰が声を掛けても無駄だろ」


 カイルの社交辞令を受け流―――せない。


「そう思うか? キュウって結構自分の気持ちを押し殺すタイプっぽいから、読み辛いんだよな。昨日尻尾を好きにさせてくれる約束は取り付けたところだ。それ以上はキュウからお願いしてくれたら全力なんだが」

「悪いが、俺からは何も言わないでおく」


 フォルティシモの冗談にはカイルも苦笑いで応じてくれる。フォルティシモの言葉には少々本音が混じっているが。


「で、用件は必要もない礼だけか?」

「必要ないとか言うなって」


 カイルは頬を掻きながら少し言いづらそうにしているので、促すことにする。先ほどのように冗談を交えれば、少しは話しやすくなるはずだろうと考えたのだが、やはりコミュ障と言われるフォルティシモにはその辺りの機微が分からない。適当に思い付いた話題を振ってみる。


「なんだ悪い話か? 城をぶっ壊した犯人捜しなら逃げるぞ」

「あんだけの騎士が目撃してんだから今更だろ。俺だって白い鳥の上から城を爆撃したお前を見てたぞ」


 自分で口にしたことながら、あの件はどういう扱いになっているのか確認しなければならないと気が付いた。何せ一国の城を爆破したのだから、弁償なんて軽い話ではないだろう。あの時はちょっとテンションが上がってしまって、城の上部を【爆魔術】で吹き飛ばしたのはやり過ぎたかも知れないと思っている。しかしラナリアが危機一髪だったらしいのでチャラにして欲しいところだ。


「まあ、それにも関係あるんだけどな」


 カイルが覚悟した顔つきで応じたので、黙って話の先を待つ。


「恥を忍んで聞く。フォルティシモ、お前みたいに強くなるにはどうしたら良い? どうやったら同じようなことができるようになる?」


 課金しろ。廃人になれ。

 ゲーム時代、この手の質問に対する回答はこれだろう。強くなるには金と時間を使うのは当然で、使った者と使わなかった者が同じように強くなることはできない。ゲームは生まれが平等であるがゆえに、リアル以上に努力したものが勝つ世界だ。


 しかし、この世界では違う。この世界の者たちは金と時間に加えて命までベットしているのだから、金や時間の問題ではない。


「強くなる方法を尋ねるのが、冒険者として恥ずべき行為だってのは分かってる。けど、俺は仲間を守る力が欲しいんだ。お前が居なきゃ、俺だけじゃなくみんな殺されるか、あの男の奴隷になってた」

「なんで恥ずべき行為なんだ? どんな仕事でも先達に習うのは普通だ。まあ俺から言えることは、何をやるにもまずはベースレベルが足りない。三〇〇〇にも満たないんじゃ、三次職にさえなれない。俺と同じになるには【覚醒】の先までやり尽くすことになるが、まずはベースレベルを上げろ」


 従者や拠点の支援効果は、情報ウィンドウ無しに受けられるかまだ分からないので黙っておく。


「レベル三〇〇〇、か」

「それに感心されても困るんだが。俺からすればベースレベル三〇〇〇なんかエンジョイ勢―――初心者冒険者と同じだ」


 ただ絶対に死なないようにしながらレベル三〇〇〇を目指せと言われたら、なかなかに厳しいだろうことは想像できる。ましてこの異世界では食事や排泄、疲労や睡眠などの制限があるのだから、厳しさはゲームの時とは比較にならないだろう。そして他にも厳しい要素はある。それは課金ができない点だ。


 フォルティシモはインベントリから緑色の襷を一掴み取り出した。


「なんだ、その紐は?」

「修練の襷というアイテムだ」


 キュウがレベリングの時に使っている【取得経験値上昇・特大】の効果は修練の襷のL級に付いている効果であり、今インベントリから取り出したのは修練の襷のUC級で、【取得経験値上昇・微】が付いている。もちろん合成して十凸と呼ばれる状態にしてある。


 L級修練の襷を必要数出すためにガチャを回し続け、山のように出たUC級修練の襷。売る程どころか捨てるほどあるが、もしもの仕様変更があった時のために全て取っておいた。


 この世界に来る際の運営メールで全ての制限が取り払われると言われて最初に思ったことは、この取得経験値上昇の効果が限界突破して無限に効果があるのではということだ。だからインベントリにありったけの取得経験値上昇効果のあるアイテムを詰め込んで来た。結果は無駄だったが。


「キュウが世話になったらしいから、礼にやろう」

「なんかの素材になるのか?」

「これ単体で効果はある。身に着けた分だけあるみたいだ」

「みたい?」


 ゲームでは装備欄に着けた装備アイテムの効果しか得られなかったが、この世界では身体のどこかに身に着けてさえいれば、アイテムの効果を得ることができる。


「こっちの話だ。とりあえず、これを大量に身に着けてレベル上げをしてみろ」

「さすがに無理あるだろ」

「身に着けられそうなアイテムに合成していい。UCだからその辺の合成屋でできる」

「なんだか分からないが、なんか特殊な効果があるんだな?」


 カイルはフォルティシモから襷の束を受け取った。持ち辛そうだったので、袋を精製して渡すと、カイルは礼を言って襷を袋に入れていく。


「意外だな」

「何がだ?」

「受け取れないとか言うと思ったんだが」


 キュウが世話になった礼と前置きはしたものの、カイルという青年の性格を考えると、フォルティシモからのアイテムを大人しく受け取るような人間には思えない。


「なんだ? 返したほうがいいのか?」


 カイルは袋を掲げて苦笑して見せる。


「恥を忍んで相談した答えが、コレなんだろ? なら、後は信じるだけだ。礼は俺が強くなってする」

「納得できる答えだ」


 カイルは仲間を助けてくれたことについて、もう一度礼を言ってから部屋を出て行った。




「ただいま戻りました」


 キュウは見慣れた懐中時計を手に持って戻って来た。無くした場所が分かっていると言っていたが、盗まれる可能性はあったので、見つかったと思うと改めて安堵する。


「見つかったか。良かったな」

「はい。ラナリアさんが拾っていてくれました。少しお話をしていたため、遅くなってしまいました」

「まだ昼前だ」


 冒険者のキュウと王女のラナリアの仲は、思ったよりも良いのかも知れない。そうだとすれば、ラナリアは奴隷になったキュウにとって唯一の友達ということになる。しかもフォルティシモの従者という立場が同じなので、色々と話しやすいだろう。


「………ラナリアに欲望をぶちまけるのはキュウの印象が悪いか? けど本人から良いと言ったしな」


 キュウに聞こえないように小さな声だったが、本音が漏れてしまった。その言葉が聞こえたのか聞こえなかったか、キュウは少し逡巡する様子を見せる。


「ご主人様、昼食はどうなされますか?」

「ああ、特に決めてない。今日はキュウが食べたい物を選んでいいぞ」

「でしたら、お願いがあります」


 キュウの希望があるのは珍しいので、最高級食材を使ったランチでも何でも言って欲しい。


「なんだ?」




 キュウのお願いというのは、ラナリアに誘われた昼食を一緒に食べたいということだった。軽い気持ちで了承すると、しばらく後には王城の食堂で、使用人や護衛騎士に囲まれながら、無駄に大きなテーブルをラナリア、キュウと共に囲んでいた。


 フォルティシモのテーブルマナーの心得と言えば、リアルで金に物を言わせて高級レストランに行こうとして、マナーをインターネットで検索した付け焼き刃のものしかないので、覚えているはずもなかった。


「キュウは、こういうマナーとか理解してたんだな」

「い、いえ、私も知りません」

「それで良く誘いを受けようって思ったな?」

「ら、ラナリアさんが、好きにしていいって言ったので」


 テーブルの向かい側にはラナリアが着席しており、フォルティシモの隣にキュウが座っている座席になっているため、二人は小声で現状の確認を行う。


「あの、申し訳ありません、一度、王宮の食事をしてみたく………」

「キュウ、俺は怒ってるわけじゃない。だが、俺は礼儀作法に疎い。俺に聞くなよ」

「は、はい」

「周囲が静かなので聞こえていますよ」


 呆れの声色と態度を示しながら、向かいに座るラナリアが声を掛けてくる。


「今日の主役はキュウだからな。俺のことは気にせずに楽しませてやってくれ」

「ご安心を。フォルティシモ様に作法がどうのと言う者などおりません。お気になさらずに楽しんでください」


 食事中に使用人や騎士が周囲を取り囲んでいる状況を楽しめる奴は、フォルティシモの想像を絶する神経を持っているだろう。


「キュウ、楽しんでくれということだ」

「はい、ドキドキします」


 それはきっと緊張だ。

 コース料理のように次々と料理が運ばれて来るので、出されるがままに手を付けていく。不思議なことに給仕の手は若干震えているし、コックも頻繁に顔を出していた。彼らは一様にフォルティシモの顔色を窺っていて、大きな反応を見せないフォルティシモに安堵や不安を抱いているようだった。


 その間にもラナリアが何かを話していて、それにキュウが応対していた。フォルティシモの頭には入ってこない。


 リアルの食事と言えば可能な限り早く食べて、すぐにゲームに戻ることを目標にしていた。最近の食事はキュウと一緒に食べているが、キュウは食事中におしゃべりするような子ではないので食べながら会話というのには慣れていない。


 フォルティシモは拙い所作でナイフとフォークを使いながら食事をしているキュウを見ながら、自分も食事を進めていった。

 味はなかなかだ。



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