第三百六話 拠点攻防戦 作戦会議
フォルティシモがクレシェンドから挑まれた拠点攻防戦は、ファーアースオンラインのシステムの一つでチーム対チームの対戦要素である。
ルールは単純で、相手チームの【拠点】に置いてあるチームのエンブレムが入ったクリスタルを破壊した側の勝利。ルールが単純とは言え、相手チームの【拠点】へ攻め入ってクリスタルを壊すのは簡単ではない。
まず【拠点】の機能には、攻めて来たプレイヤーを迎撃するための拠点攻防戦用施設がある。ダンジョンを作り上げたり、その中に持ち歩いていない従魔を放つことができる。地雷やセントリーガン、毒散布などのトラップもあり、鍛え上げれば未覚醒のプレイヤーなど瞬殺できる。
当然、フォルティシモはすべてをカンストまで上げている。
次に【拠点】の機能の中に、滞在するだけで所属チームプレイヤーのHPMPSPを割合回復する施設がある。フォルティシモが魔王の太陽を召喚した時、持続的にMPを消費する魔王の太陽を維持するために【拠点】へ戻って利用したそれだ。これは防御側プレイヤーは防衛中は常に回復し続けるため、攻撃側プレイヤーが不利になることを示している。
当然、フォルティシモはすべてをカンストまで上げている。
更に【拠点】ではチームメンバーがいつでもアクセスできる倉庫機能がある。回復アイテムや攻撃アイテムなど、大量に倉庫に詰めておけば、ほとんど無制限にアイテムを使用できるのだ。
当然、フォルティシモはすべてをカンストまで上げて、大量のアイテムを詰め込んでいる。
加えてファーアースオンラインのシステムのチームには最大で百人まで参加可能であり、最大戦力を考えるなら百人のプレイヤーに、八百人の従者が防衛する鉄壁の要塞となる。
当然、フォルティシモはチームレベルをカンストまで上げているが、人数についてはお察しである。
ちなみに勝っても【拠点】に僅かな経験値が入るだけでほとんど得がなく、負けた場合のペナルティーはチームにはなく個人のデスペナだけが適用される。一部の対人好きプレイヤーたちのみが利用していたシステムだった。
そんな拠点攻防戦だが、最強のフォルティシモへ挑もうというチームは後を断たなかった。その戦績は、もはや語るまでもない。
◇
キュウは緊張で身を固くしていた。
主人の屋敷にある百人入っても余裕のあるだろう大広間には、天空の国フォルテピアノの重鎮が集まっていた。主人、そして主人の従者たちつう、エンシェント、セフェール、ダアト、マグナ、アルティマ、キャロル、リースロッテ、ラナリア。
ピアノとその従者、赤い角を持つ鬼人族の大男フレア、もう一人は一目では種族が分からないが執事のような格好をしていてプロミネンスと自己紹介された。
最後に座布団を五枚くらい重ねた上にテディベアが置かれていた。
キュウも入れて総勢十五人。
主人という超大人物が開く重要な会議からすれば、人数が少ないと言うべきか。それとも神を超える世界最強の存在に付いて来られる人間が、十四人も居ると言うべきか。
「拠点攻防戦は一週間後に始まる。異世界ファーアースに来てから初めての拠点攻防戦になるから、それまでに準備を整えるぞ」
拠点攻防戦なるものが始まった場合、この場に居る十五人は敵チームから居場所が筒抜けになるらしい。また<フォルテピアノ>の【拠点】は安全ではなくなり、敵の侵攻を受けてしまう。だから戦闘能力が高くない従者は、主人の【拠点】で待機となった。
ここで重要なのは、<フォルテピアノ>の【拠点】と主人の【拠点】は別物であること。そして主人の【領域】も別なのだ。
主人の【拠点】はキュウたちが暮らしている屋敷とその周辺の施設。
主人の【領域】はこの『浮遊大陸』全土。
<フォルテピアノ>の【拠点】には入ったことがないので分からない。今回攻められるのはここだ。
「腕が鳴るのじゃ」
「私は防衛? 今回は攻めたい」
拠点攻防戦に慣れている主人の従者たちに緊張はない。それどころかサンタ・エズレル神殿に同行した血気盛んなアルティマとリースロッテは、怨敵クレシェンドに復讐するためにやる気を漲らせていた。
怨敵クレシェンドにはキュウ、アルティマ、リースロッテの目の前で、何よりも愛する主人を嬲られてしまった。キュウだって彼女たちに負けないくらいやる気に満ちあふれている。
「それから、今回の拠点攻防戦はただ勝利をするだけじゃない。まずはクレシェンドの撃破。その後はデーモンたちが全滅しないようにして、勝つ。神戯の拠点攻防戦システムそのものにも勝利する」
神戯の拠点攻防戦システム、その詳しい情報については不明だ。
すべてを知っていただろう女神マリアステラの協力を拒否したため、情報源が無くなってしまった。
それに関しては、エンシェントやラナリアを会わせる前に女神マリアステラを追い返したのは失敗だったという見方もある。今になって考えてみれば、エンシェントかラナリアであれば会話によって女神マリアステラから何らかの情報を得てくれたに違いない。
それでもキュウは女神マリアステラに恐怖を感じていたため、主人が拒否したことに安堵してしまった。
「デーモンたちに関しては、エルフに続いて、私の我が侭だ。私は生き抜こうと思う人を見捨てたくないんだ」
主人の友人ピアノが深く頭を下げる。
ここでデーモンたちを皆殺しにすることが正しいのかどうか、キュウには分からない。
従わないから皆殺しにする。それは神の書に記されている大洪水で意に沿わない者を皆殺しにした神と同じ所業だ。
主人は主人の大切なものを攻撃した者以外は、無闇に攻撃したりしない。キュウにナンパしようとしただけで殺し掛けた一方で、直接立ち向かったアーサーは見逃しているし、エルフや冒険者、ドワーフたちへ多大な支援もしている。アクロシア大陸の国々に対しても、主人に味方するのであれば守ると宣言した。
ピアノからデーモンの話を聞いた主人が、デーモンたちを救う道を模索するのは必然だと思う。何かと交換条件を持ち出す主人だけれど、今回は友人の願いを聞くという大義名分もある。
主人の目指す最強の形が、キュウにも見えて来た気がする。単純に神々の思惑を覆したいと思っている可能性も否定できないけれど。
「せめて今回の拠点攻防戦で消費するアイテムやポイントは、私の【拠点】から出させて貰う。好きなだけ使ってくれ」
ポイントというのはよく分からないが、アイテムは魔法道具や魔法薬だ。
「という訳で、今回はわざと長引かせるが、その消費はピアノ持ちだ。だからと言って、拠点攻防戦に無関係なものに使うなよ、ダア」
鍵盤商会会長ダアトが心外だと言う顔つきをして、オーバーに両手を振り回した。
「名指しとは酷いですね、フォルさん! 私は充分な量の回復アイテムやバフアイテムを用意し、各戦場へ輸送しなければなりません。そう。万が一にも足らないことがないように。<フォルテピアノ>の誇りに賭けて、物資が足りないなどとは言わせません」
とりあえずキュウの耳は、ダアトが信用できないと言っている。けれどもダアトは、従者の中でもいつもこんな感じなので、きっと大丈夫だろう。ダアトは主人の目的と反対へ走っている気がするのだが、信頼できる不思議な従者だ。
「しかし、そうしますとフォルティシモ様は戦場にお出にならないのですか? フォルティシモ様はデーモンたちを救う方法を見つけるために動き、他の者に戦いを任せるのでしょうか?」
「いや敵にはクレシェンドがいる。あいつの相手を俺がするのは確定だ」
アルティマとリースロッテの二人が文句を言っていたが、それらは黙殺された。
「さっきは順番のように言ったが、作戦は並列だ。クレシェンドを倒し、デーモンたちを制圧しつつ、神戯の攻略をする」
『この人数で、かい? フォルティシモは強いけれど、倒すのと制するのはまるで違うよ』
「俺は強いんじゃなく最強だ。以前ラナリアにも言ったが、俺たちが防衛に向いていないのは百も承知だ。だが拠点攻防戦だけは、少し事情が変わる」
今からそれを見せてやる、と主人が立ち上がったので、皆で主人の後に付いていく。
そしてキュウは、初めて<フォルテピアノ>の【拠点】へ足を踏み入れた。




