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第三百四話 翻弄された者

 そのデーモンは近衛天翔王光との音声チャットを終えた後、すぐに行動を開始した。最初の神戯参加者たちを一人ずつ確実に抹殺していったのだ。すべては近衛天翔王光へ貯めたFPを捧げるために。


 そんな中で地面に転がるエルフを見て感傷を覚えた。このエルフ、セルヴァンスとは、神戯の始まりの日から良い関係を築けて来た。近衛天翔王光ではなくセルヴァンスが勝利してくれたら、と口にしたのは何の偽りもない。むしろ話せば話すほど、そう思った。


 見目も頭も良く、それを決して鼻に掛けない。エルフたちをまとめあげてエルディンを建国し、大勢に慕われていて信仰心エネルギーFPも他の者よりも桁一つ違う量を得ている。


 それでも彼は近衛天翔王光の足下にも及ばない。結局は参加もしていない近衛天翔王光の前に破れるのだ。


「クレシェンド………」

「残念です。セルヴァンス、私は本気であなたを勝たせようと考えていたこともありました。充分にFPを貯めた他の神戯参加者たちを、今こそ刈り取ろうと言って頂ければ、賛同しましたよ」

「すまない。僕は君の期待に応えられなかった。君は神戯を終わらせるつもりなんだろう。だから最後の願いだ。せめて神戯の終わる瞬間まで、僕の妻と子は平穏に暮らさせて欲しい」


 デーモンはエルフへトドメを刺せなかった。彼の一族を根絶やしにすることもしなかった。神戯参加者の子供が、強大な能力を引き継ぐことを知っていても、セルヴァンスの妻や子供には手を出さなかった。


 それどころか。


「良いでしょう。樹木となって見守ると良い。あなたのすべてである妻と子を」


 デーモンはエルフを樹木の姿へ変えた。


「私にも気持ちが分かります。愛する者を見守り幸福を願う気持ちが。ですから、これは私の慈悲です」




 最初の神戯参加者、それどころかその時点で居たすべてのプレイヤーを抹殺したクレシェンドは、満を持して近衛天翔王光を迎える。


 アバター名オウコー。デーモンの知る老いた姿とは似ても似つかない灰髪銀瞳の少年。


「大義であったクレシェンド」

「はい」

「ここからの神戯は儂が引き継ぐ。お前は我が愛する娘、姫桐の元へ戻れ」

「はいっ!」

「と、言いたいところじゃが、まだ少しだけ補佐を頼もうかの」

「………………………それは何をすればよろしいでしょうか?」

「まだ儂もアバターに慣れておらん。それに慣れるまで。それからそうじゃな。どうもこの異世界ファーアースでは、毛並みの良い者たちが蔑ろにされているようじゃからの。カリオンドル地方の統一くらいまでかの」


 デーモンは近衛天翔王光の言葉を聞き入れ、アクロシア大陸東部に住む亜人族たちを統合し、カリオンドルの統一国家建国に尽力する。それ以外にも大小様々な、表に裏に協力をした。


 そうしてようやくデーモンは元の世界へ、己のすべてである近衛姫桐の元へ戻ることを許された。




 その時の気持ちをどう表現すれば良いのだろうか。


 元の世界と異世界ファーアースの時間の進み方が異なっているので、デーモンにとっては長い年月でも、近衛姫桐にとってはせいぜい数年だっただろう。


 それは歓迎するべき時間の流れだ。できる限り近衛姫桐に寂しい思いをさせたくない。


 ようやくまた会えるのだ。すべてを捧げた近衛姫桐に。彼女はきっと喜んでくれるだろう。


 これは独り善がりな、彼女の気持ちを蔑ろにする愚かなものではない。神戯に参加する時に彼女の元を離れると言った時、彼女は悲しんでくれた。神戯が終わったら、もう一度戻ると約束したら、彼女は笑って喜んでくれた。


「クレシェンドは戻ってくるんだよね?」

「はい。姫桐様。私は私の全存在を賭けて、神戯なる戦いで役目を終わらせ、あなた様の元へ戻ります」

「相変わらず、こういう時は固いわね」

「それはご寛恕ください。私は姫桐様のための存在です。ですから」

「戻って来るって約束ね? 絶対? クレシェンドは約束は破らないわよね?」

「はい。私は姫桐様との約束は絶対にお守りいたします。ええ、絶対です」

「もし破ったら?」

「絶対に破りませんので、その仮定は成立いたしません」


 その約束が、デーモンに神戯参加者を殺させ、NPCを殺し、仲間たちも裏切る決意を持たせた。




 デーモンが戻った元の世界は、彼の知るものよりも何年かの月日が経っていた。それでも大きく変わったものは少ない。人類の文明が数年で大きく変わることは稀だ。


 デーモンは逸る気持ちを抑えられず、何よりも優先して近衛姫桐の元へ向かった。


 喜んでくれなくても良い。遅いと文句を言われても良い。


 それでも近衛姫桐は迎えてくれる。


 また彼女の元に居られるのであれば、何も要らない。


「姫桐様!」


 デーモンが見た光景は、血塗れで床に横たわる近衛姫桐の姿だった。




「あ、ああ、ああああああっ!」


 そこは近衛姫桐の自宅にある彼女の自室。二階建ての一軒家は、彼女と彼女の内縁の夫とクレシェンドの三人で間取りから素材まで話し合って設計した家だった。


 近衛姫桐の自室は、彼女が仕事がしやすいようにそれなりの大きさが確保され、様々なコンピュータが設置されている。


 その部屋の床に、近衛姫桐が血塗れで倒れていた。


「姫桐様! 姫桐様! 姫桐様!」


 近衛姫桐は口許に笑みを浮かべる。


 その近衛姫桐の自室で、彼女のコンピュータを触る小さな少年の姿があった。近衛姫桐に似た顔つき、髪や肌の色はそのまま。誰がどう見ても、少年が近衛姫桐の子供であることは自明だった。


 少年は近衛姫桐が瀕死の状態であるにも関わらず、コンピュータへ向かって何かを操作し続けている。


「きゅ、救急車を呼びました! しっかりしてください、姫桐様!」

「もしかして、クレシェンド?」

「はい、私でございます! 姫桐様! 大丈夫です! 助かります! すぐにっ」

「良かった。あなたのことも、心残りだったから」


 もはや生きているのか死んでいるのか判断できない近衛姫桐は最後に告げた。


「クレシェンド、今までありがとう。あなたが居たから私は幸せになれた。本当に、あなたのお陰。だから、もうあなたはあなたのために生きて。さようなら、私の愛しい家族」


 今にも近衛姫桐が息絶えようとしている中で。


 彼女の実の息子である近衛翔は、コンピュータに向かっていた。


 近衛翔は両手を真っ赤な血で染め、瞳からは大粒の涙を流している。表情は今にも泣き叫びそうなくらいに歪んでいて、コンピュータを操作する手はこれでもかという程に震えていた。顔どころか全身に傷跡や痣があって、小さな少年近衛翔が意識を失っていないのが不思議なほどだ。


 それでもクレシェンドから見て。


 近衛翔は、己の母親である近衛姫桐が、クレシェンドのすべてである近衛姫桐が息絶えようとしている今。


 近衛姫桐の命を無視してコンピュータに没頭するクズにしか見えなかった。


「近衛、翔っ!!」


 ―――お前が、彼女をすぐに病院へ運んでいれば。お前が、お前が実の母親にも関わらず手当もせず放置した。お前が、近衛姫桐様を殺した!




 ◇




 これは現在の話。異世界ファーアースの大地に浮かぶ『浮遊大陸』の最強厨魔王の【拠点】での一場面。


 そのキッチンには黒髪の女性と黄金狐の少女が並んで立っていた。


 黄金狐の少女は【料理】を黒髪の女性から習っている最中である。黄金狐の少女は調味料を入れた鍋から、おたまで汁を掬い小皿へ移す。小皿を口に付けて鍋の味を確かめた。


「おたまで掬って味見をしてみて? 足りなかったら塩を足して」

「はい。でも、何度も味見をしていたら、味が、分からなくなって来ました………」


 黒髪の女性は、耳をぴくぴくと動かす黄金狐の少女の反応を楽しむように笑っていた。


「ふふ、そう言えば、初めて作った料理は塩の味しかしなかったって聞いたわ」

「あっ、あれは、その、どのくらい入れれば良いか知らなかったので!」


 黄金狐の少女は小さなお皿に載せた料理を味見して、その味の過分が分からずに尻尾を振り回している。


 真剣に頑張る黄金狐の少女に黒髪の女性は笑みを浮かべていた。


「私、女の子が欲しかったから、キュウみたいな可愛くて素直な女の子が来てくれて嬉しい」


 黒髪の女性が優しく黄金狐の少女の頭を撫でる。それに対して黄金狐の少女は、今の言葉を聞いて首を傾げた。黒髪の女性は主人の従者であり、伴侶がいるとは聞いたことがなかった。少なくとも他の従者には、誰にもそんな様子はない。


「えっと、つうさんはご結婚されているのですか?」

「いいえ、結婚はできなかった。でも子供はいるの。男の子。男の子って困ることも多いけれど、でも可愛い。キュウもきっと分かるわ」

「そうでしょうか」

「フォルとの子供はそろそろでしょ?」

「いいいい、いえ、わ、わわ、私は!」


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[一言] つうさんマジかー
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