第三百一話 実在する神々
アクロシア大陸で最も標高の高い山の山頂は、辺り一面がマグマに包まれていて一部の強力な熱耐性のある生物以外ではとても生きていられない場所である。
そんな場所で最果ての黄金竜はマグマのお湯に浸かりながら、その巨大な身体を休めていた。
最果ての黄金竜は、あれから“到達者”を探し回っている。毎日毎日、ほとんど休まずずっと探し続けていた。しかしアクロシア大陸の隅から隅まで何往復もして、いくら探しても“到達者”の気配さえ感じ取ることができないでいる。
今はさすがに疲労を感じて翼を休めていた。
“到達者”だけは、神戯に介入させてはならない。あれはすべてを超えた絶対的な終焉だ。
“到達者”が来ると知っていながら、どうして人間共が争っているのか不思議で仕方がない。神戯参加者とプレイヤー、NPC、先住民などが協力して当たらなければならない究極の敵であるはず。
協力者フォルティシモも、人間にしては中々―――いや、最果ての黄金竜が負けてしまいそうになるくらいには、強いけれど、“到達者”とは勝負にもならないのだ。
協力者フォルティシモが“到達者”探しに積極的でないのにも不満を感じながら、久々に情報ウィンドウを開いてみる。そこにはずらりと未読メッセージ通知が並んでいた。メッセージを送って来たのは、他でもない協力者フォルティシモである。
「………どれだけ送って来たのだ。我にこれほど縋るとは、所詮は人間か」
最果ての黄金竜は協力者フォルティシモからのメッセージを一つ一つ丁寧に読んでいく―――はずがない。協力者フォルティシモからのメッセージを開くこともなく一括で削除した。
しばらくマグマに浸かって目を瞑っていると、“それ”に気が付いた
最果ての黄金竜の領域『天の頂』への侵入者がいる。
『天の頂』はプレイヤーたちがダンジョンと呼ぶ領域で、全域に最果ての黄金竜の眷属たちが生息している。そこに侵入して進んでくる者は、愚かにも最果ての黄金竜を討伐しようと考えたプレイヤーだろう。
だが生半可なプレイヤーなど、眷属たちの前に殺されるだけだ。最果ての黄金竜は侵入者はすぐに死ぬだろうと考え、気にせずに身体を休めることにした。
しかし最果ての黄金竜の予想に反して、侵入者は止まらない。情報ウィンドウからメッセージの通知アラートが鳴った。当然情報ウィンドウを開いている場合ではないので無視する。
「そこそこの強さを持つ神戯参加者か。しかし、この神戯はその程度で生き残れるものではない。これは慈悲だ」
【頂きより降り注ぐ天光】。『天の頂』の山頂より最果ての黄金竜の最強ブレス攻撃を解き放つ。およそありとあらゆる生物を消滅させる黄金の光だ。これを防ぎ切れる者は、もはや神の領域に踏み入っていると言って過言ではない。
だが侵入者は最果ての黄金竜の【頂きより降り注ぐ天光】を完全に防ぎ切った。いや単純に防ぎ切っただけではない。【障壁】か何かのスキルを使って、威力を消し去ったのだ。そのためブレスによる大地の破壊が起きていない。
「まさか“到達者”が我を殺しに来たのか! 馬鹿な。何のために!?」
情報ウィンドウのアラートが鳴る。無視していたらまた鳴った。更に無視していたら今度は連続で鳴った。
「ええい、人間が!」
あまりにもうるさいので音声チャットを繋ぐ。
「『おい、最果ての黄金竜! 何のつもりだ!?」』
「矮小で愚かな人間! 我はこれより“到達者”との戦いに入る! こちらへ来い!」
「『何? 今のブレスは流れ弾だったか。よし、運が良いな。ちょうどお前に会いに傍まで来てる。お前が俺のメッセージを無視するから、お前のダンジョンまで来てやったぞ」』
「ほう。我との約定を果たす気はあるようだな」
「『用事があった。だが“到達者”に関しては、あまりにも情報がないから知っておきたい」』
最果ての黄金竜は協力者フォルティシモが“到達者”との戦いに前向きなのに満足し、早く己の元へ来るように語り掛けた。
侵入者はすぐ傍まで来ている。期待はしていないが、本当に期待はしていないが、協力者フォルティシモは間に合わない。
「“到達者”、汝が何を思い戦いに身を投じるか、竜神たる我には理解できん。しかし良かろう。相手に………! ………?」
「『最果ての黄金竜、“到達者”はどこだ? この最強のフォルティシモがこの場で打倒してやる!」』
侵入者は“到達者”ではなく協力者フォルティシモだった。
マグマに浸かったまま最果ての黄金竜は協力者フォルティシモと対峙する。協力者フォルティシモは不満そうに地面に座っていた。
「汝は巫山戯ているのか?」
「その言葉はそっくりそのままお返ししてやる。行くから待ってろってメッセージを送っただろ」
「読んでいない」
協力者フォルティシモからのメッセージは未読のまま一括削除したため読んでいない。
「それよりも何用だ?」
「クレシェンドってプレイヤーを含めたデーモンたちと拠点攻防戦をやることになった。そこで肉盾―――じゃなくて、お前のプレイヤーを大きく超える莫大なHPが必要だ。協力しろ」
「何故、竜神である我が人間同士の戦いに協力しなければならん? 汝とは“到達者”を打倒する約束はしているが、それ以外で協力するつもりはない」
以前にちょっとくらい手伝ってやろうと思った時、世界最大の積乱雲に突っ込まされて大怪我を負わされたのは忘れていない。
「クレシェンドは封印されてたお前よりも“到達者”の情報を持ってる。それにディアナのことで、協力してくれるって聞いたぞ?」
「白き竜神ディアナか?」
「お前、俺のメッセージをまったく読んでないな。今からで良いから読め」
「削除した」
「ふざけんな。経験値と素材にするぞ」
最果ての黄金竜は協力者フォルティシモからこれまでの事情を聞く。
そして。
> フォルティシモからチーム《フォルテピアノ》に勧誘されました
◇
四方を山々に囲まれた前人未踏の地だと言われても不思議ではない場所。最も近い人里までは山三つは越えなければならないような奥地にある里。
そこには、幾人もの狐人族の姿があった。ある者は田畑を耕し、ある者は川で洗濯し、大人たちは暮らして行くための仕事をしていて、子供たちも木の実の殻を取ったりそれの手伝いをしている。
狐人族たちはこの小さな里で暮らしていた。狐人族たちの表情は殊更に明るいものではないものの、自分たちの行く末に絶望して悲観しているものでもない。毎日、楽しいことも辛いこともあるけれど、この狐人族の里で暮らして行こうと思う者たちだ。
そこにはファーアースの一般的な町村と比べて、異常な点が一つある。
異常な点、それは魔物を避けるための壁や柵、見張りがなく、およそ武装している者が誰もいない点だった。まるでこの世には、魔物など存在しないかのように平和で長閑な生活を送っている。
そんな狐の里で縁側に座り、温かい日の光を浴びながら里の様子を見下ろしている人影がある。
天空の王によって“キュウ”と名付けられた狐人族の少女と同じ、黄金色の毛並みをした女性。純人族であれば年齢にして二十代後半か三十代前半。絶世と呼称して良いほどの美しさを誇っていて、本物の黄金以上に輝く毛並みは彼女の美しさを更に際立たせている。
黄金狐の女性は虚空に手を掲げ、まるで楽器でも演奏するかのように指を動かす。しばらく演奏を続け、ふと手を止めて表情に笑みを作る。
「建葉槌と六鴈か」
建葉槌と六鴈。それはフォルティシモがそれぞれ橙狐と緑狐と名付け、キュウと呼ばれる少女が同郷の者だと言った狐人族の女性二人組である。
ただしそれを聞いたフォルティシモが、課金アイテムアバター変更を使って狐人族の男性の姿で二人に会いに行ったら、二人はキュウのことを知らないと証言した。
「格好良い狐人族と会った、か。………毛色がわてと同じ黄金色?」
黄金狐の女性は、建葉槌と六鴈が出会った狐人族の男性の特徴を見て動きを止めた。
VRMMOファーアースオンラインにおいて、プレイヤーのアバター情報に黄金色の狐人族は作成できない。ただ一人、VRMMOファーアースオンラインPVP大会初代優勝者を除いて。
「里長!」
黄金狐の女性が手を止めていると、狐人族の子供に呼び掛けられた。その方向を見ると、狐人族の子供は客人を案内して来たと分かる。
「ご苦労様。台所に飴があるから、食べると良い」
狐人族の子供が喜んで行くのを見送って黄金狐の女性―――クレシェンドやテディベアなど最初の神戯参加者たちを召喚した―――狐の神は客人に向き直る。
「クレシェンド、わてに用事かえ?」
「ええ、どうしても倒さねばならないプレイヤーが居まして、是非とも神たる御身の力をお借りしたい」
◇
七つの太陽の浮かぶ山嶺。降り注ぐ圧倒的な光量に見下ろされるどこまでの続く雲海。空と雲が世界を分かち、その分断こそが光と闇の区分けだと思わせる。そしてその世界を見下ろせる場所こそが、この場である。
そんな頂上部に人影があった。
長い髪を空に靡かせ、太陽の光を一身に受けている。手に持った布は髪と同じように風に流れていて、ゆったりとした全身を覆うワンピースのような服装も同じように風に弄ばれていた。
巡礼のために険しい山々を登ってきた人間たちが、その人影に対して敬服している。
「おお、大いなる太陽の神よ」
「我らに慈悲深き温かな神よ」
「生命の根源たる光の神よ」
「永遠の象徴たる死と再生の神よ」
「天に輝く絶対なる神よ」
人影は人間たちを見下す。
「此度の遊戯は終わりだ」