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第二百九十九話 自分勝手な女神 前編

 VRMMOファーアースオンラインのチーム対チームの対人要素、拠点攻防戦は受諾してから最大一週間の猶予がある。簡単に言うと受諾後にお互いのチームメンバーの予定を調整するための猶予時間だ。


 基本いつもプレイしているフォルティシモやピアノと違って、普通のプレイヤーは対戦開始までに一週間くらいの時間が必要らしい。


 フォルティシモは情報ウィンドウを操作されて、勝手に拠点攻防戦を受諾してしまったが、この猶予時間までは操作されなかった。


 そのため開始までの一週間で最大限の準備を行うつもりだ。


 【拠点】帰還用アイテム望郷の鍵を使い、自らの【拠点】へ帰還し、すっかり慣れた入り口の桜並木に立つ。


 まずは音声チャットを開いて、クレシェンド撃破後にフォルティシモの子孫従者へ通達した指示の結果を尋ねる。


「<青翼の弓とオモダカ>はどうだ?」


 フォルティシモはサンタ・エズレル神殿で五人のクレシェンドを抹殺した。


 しかしクレシェンドがあれで死んだとは思えなかった。死なない自信があるからこそ、フォルティシモの第二形態を前に逃走ではなく反撃に全力を注いだのだ。


 フォルティシモは五人のクレシェンドを撃破してすぐに、各地に現れた<青翼の弓とオモダカ>のリーダーカイル、斧男デニス、カイルの思い人エイダ、剣士の子サリス、ギルドマスターの娘ノーラを確保するように指示を送った。


 確保するためには手荒になっても良いと言ってある。初めての試みだったけれど、フォルティシモとキュウの合体スキルにより【隷従】を強制解除可能だと証明されたので、最悪は回避できるはずだった。


『フォルティシモ様、それが………』


 しかし結果としてフォルティシモの指示に従ってくれたのは、五カ所の内、三カ所だけ。


 鍵盤商会、アクロシア王城、『浮遊大陸』の新エルディンには、フォルティシモの言葉を聞いて事情も聞かずに行動してくれる人物がいる。


 だがカリオンドル皇城とアクロシア王国の冒険者ギルドにはいない。


 つまりカイル、デニス、エイダは、それぞれエルフたち、ラナリアの親衛隊、鍵盤商会従業員によって確保され。


 サリスとノーラは姿を消した。おそらく望郷の鍵を使ってクレシェンドの【拠点】へ戻ったのだろう。


 フォルティシモへの信頼が決定的に差を分けた。


「………そうか。だが問題はない。もう人質としての価値はないと思い知ったはずだ」


 たとえサリスとノーラを殺そうが【蘇生】がある。【隷従】を掛けようが合体スキルがある。


 最強のフォルティシモとキュウの前に、【隷従】による人質戦術はもはや無力と化したのだ。


「拠点攻防戦の作戦会議をするから今すぐ集まれ。それからエルフや冒険者なんかにも話を通す。二時間以内に『浮遊大陸』に集まるように言え」


 サンタ・エズレル神殿でクレシェンドが見せた攻撃への対策のため、狙われる可能性のある場所の防衛を考える必要がある。


 特にカリオンドル皇城とアクロシア王国の冒険者ギルドには、新しい仕込みをするつもりだ。何かのタイミングで、フォルティシモの指示に従って動く者を、ある程度の地位に就ける必要がある。


 エルフ、ドワーフ、アクロシア王国の貴族、冒険者、カリオンドル皇国などのお偉方を集めるよう指示した。


『その方々に、二時間以内に集まれということですか?』

「来られない奴は仕方ない。物理的な問題なら、ダアの従者に【転移】を覚えさせた集団がいただろ。使え」

『そいつらは私の管轄で、しかも仕事中なんですけどねぇ!』

「こっち優先だ」

『鬼! 悪魔! 魔王!』

「埋め合わせはしてやる」

『分かりました。ところでフォルさん、カラス金って知ってます?』


 ダアトが音声チャットの向こう側で泣き叫んでいるのを無視。拠点攻防戦は、鍵盤商会の業務よりも優先して貰う。




 文字チャットでピアノがフォルティシモの【拠点】で合流するという連絡が入った。音声チャットを使わなかったことに首を傾げながら、早く来いと返信する。


 拠点攻防戦はチーム戦。今回の拠点攻防戦は初めての友人、それも親友との共同戦線である。


 フォルティシモはVRMMOファーアースオンラインに拠点攻防戦が実装されてから、ずっと、ずっと、ずっと、一人で敵チームを相手取って来た。


 掲示板で騒がれる最強魔王フォルティシモへ挑むということで、敵チームは通信だったり連携だったりでお祭り騒ぎ、最強のフォルティシモに敗北しても、お互いの健闘を笑い合うところを見て。


 正直、敗北感を覚えていた。


 拠点攻防戦に勝ったのはフォルティシモなのに、敗北した敵チームは仲の良い仲間たちで笑っている。どっちが勝ったのか分からなかった。


 だが今回は違う。フォルティシモは親友ピアノと共に拠点攻防戦を戦うのだ。勝利の後、一緒に笑い合えるはず。


 今回の戦いは非常に真面目な拠点攻防戦だ。自分たちの命とデーモンたちの命が懸かっている。嬉しがってはいけないと思いつつ、作戦立案の段階からピアノと話がしたいと思っていた。


「遅かったな。まあ、ここは拠点攻防戦に慣れている俺が」

「久しぶり。魔王様、キュウ」


 そんなフォルティシモの気持ちへ冷や水を浴びせる。フォルティシモの【拠点】でピアノと合流したら、余計なものまで付いて来た。当事者のピアノは目を逸らしていて、フォルティシモを見ようとしない。


 虹色の瞳の十代後半くらいに見える少女、女神マリアステラがフォルティシモへニコニコと笑顔を浮かべて話し掛けていた。フォルティシモは一度だけ出会ったことがあるが、あの時はキュウを攫った誘拐犯として即真っ二つにしたため、碌な会話をしていない。


 キュウは両耳をピンと立てて緊張しているし、アルティマとリースロッテは警戒態勢を取っていた。


「丁度良い。ついさっき試し斬りも済んだ合体スキルを使うか」


 先ほど奴隷フィーナへ対して発動した合体スキルは、対マリアステラ用の攻撃手段である。クレシェンドとの戦いで未完成ながら使ったのも、【隷従】システムへ攻撃したのも予定外だ。


 本当はログインログアウトかセーブポイントへの帰還を攻撃したい。何か対策を打たれる前に、本来の用途であるマリアステラを倒すために使っておくべきだろう。


「待ってくれフォルティシモ、偽女神を倒すには、この方の協力が必要じゃないか? それに、この方ほど情報を持っている人はいない」

「ピアノは俺に任せるんじゃないのか? 今の俺の判断はこいつの撃破だ」

「お前の理性には任せたが、今のお前は衝動に任せて攻撃しようとしているようにしか見えない」


 ピアノの言う通りなので合体スキルを発動するのを我慢する。


「なになに、私に何かするの………あー、キュウにあげた【神殺し】を使ったスキル攻撃か。着眼点は悪くないけど、それじゃあ私は倒せないよ。それにその合体スキル、未完成というか欠陥スキルじゃない?」


 フォルティシモは女神マリアステラの指摘に対して、押し黙ることしかできなかった。彼女の指摘が的を射ていたからだ。それこそが最後まで使うのを躊躇った理由でもある。


「魔王様が私に勝ちたいなら、もっと先の最強を目指さなきゃ」

「ほう、俺に対して最強を目指せと? 悪くない挑発だ」


 フォルティシモはキュウとの合体スキル『理斬り』の欠陥を指摘されたこともあり、完全に挑発に乗り眉を上げて女神マリアステラを指差した。


「俺はフォルティシモを最強の神にする。それはお前も超えた最強の神だ」

「知ってるよ。近衛天翔王光との涙の再会を見ていたからね」

「見てなかったらしいな。俺と爺さんの間に涙が流れるはずがない」


 女神マリアステラは何がおかしかったのか、ケラケラと笑ってフォルティシモに近付いた上、フォルティシモの背中をバンバンと叩いた。女神マリアステラのレベルは一なので、まったく痛くないしダメージが入ることもない。しかし妙に苛立ちを覚える。


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