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第二百九十六話 勝利への約束

 キュウとセフェールがフィーナの様子を確かめている間、周囲を探らせていたアルティマが慌てた様子で戻って来る。


「大変なのじゃ、主殿! 花がどこにもないのじゃ!?」


 アルティマの言う花とは、サンタ・エズレル神殿の聖職者たちなどが植物の姿にされたもの。それがすっかり無くなっているらしい。もちろん代わりに人に戻っていることもない。


「抵抗できないように植物にするのかと思っていたが、人質の連れ回しにも有用になる訳か」


 人質が植物になっていれば、連れ去ることも容易になる。目的は不明だが、デーモンたちは人質を回収していったらしい。


『おい! フォルティシモ! 何考えてんだ!? なんで拠点攻防戦を受けた!?』


 フォルティシモが群生していた花を思い返していると、<フォルテピアノ>のチームメンバーである親友ピアノから拠点攻防戦受諾に関する音声チャットが入った。


 フォルティシモはムっとしながら、努めて冷静に言い返す。


「ピアノ、お前な、事情も説明せずに勝手に居なくなって、第一声が文句はないだろ。これからお前も探す予定だったんだぞ」

『そ、それもそうだな。それは謝る。けど本当に重要なことだった。お前にも事情を説明するつもりだ。それなのに、なんで、なんで受けたんだよ!』


 ピアノはVRMMOファーアースオンラインにおいて、どこのチームにも所属していなかった。彼女はチーム対チームの対人要素である拠点攻防戦の経験が極端に少ない。だから拠点攻防戦を不安に感じているのだろうと思った。


 拠点攻防戦にも課金と時間を注ぎ込んだフォルティシモは、親友の前で胸を張る。音声チャットなので姿は見えないけれど。


「安心しろ。俺が拠点攻防戦ごときで負けると思ったか?」

『そんなこと思うわけないだろ。違うんだ。受けたことが、問題なんだっ』


 キュウならすぐにいつもの否定を返してくれる言葉。親友も否定してくれたのだが、フォルティシモの欲しい返答とは違っていた。


「拠点攻防戦は俺が受諾した訳じゃない。クレシェンドは、他人の情報ウィンドウを操作できる。あいつの前で情報ウィンドウを開くな。それから情報ウィンドウを開いた時も、もしかしたら【座標移動】で狙ってるかも知れない。重要な操作をする際は、油断しないようにしろ」

『はあぁ!?』


 フォルティシモからの情報に、さすがのピアノも驚愕の声を出した。


『他人のを操作できるって、そんなの有りなのか!? チートなんてもんじゃないだろ!?』

「普通は無しだろ」


 いくらこの異世界ファーアースがVRMMOファーアースオンラインに似ているからと言って、他人の情報ウィンドウを操作できるなんて仕様は、神戯の根底が崩れるような気がする。


 キュウの力も神戯の根底が崩れる気がするのだけれど、キュウはキュウだから良いのだ。フォルティシモは気にするけれど気にしないという、謎の境地へ至っている。


『ああ、もう、なんでこんな上手くいかないんだ!』

「何があったんだよ。テレーズは無事なのか?」

『テレーズさんは大丈夫だ。デーモンたちを助けられそうだったのに』


 ピアノが交渉などに慣れていないのは、エルフのことでラナリアの元から逃げ出した時から知っている。今回もデーモンと交渉でもしていたのだろう。何とかしようとして苦労をしたようだった。


 その時のフォルティシモは色々なことをピアノに押し付けて悪かったと思ったのだが、直接口で伝えていなかった。


「ピアノ」

『なんだ?』

「いいから、俺に全部話せ。なんとかしてやる」


 正確に言えば、政治やコミュニケーションの問題だったら、フォルティシモの従者たちへ早々に丸投げするつもりだ。


 拠点攻防戦の開始まで時間がない。それでもフォルティシモには親友ピアノを蔑ろにする気はなかった。


『フォルティシモ………実は』




 フォルティシモは老人デーモンから聞いた神戯の始まりの話、デーモンたちが先住民だという話、そして女神マリアステラとの再会の話、特に女神マリアステラが二人居て片方は極悪非道な侵略者らしき話を聞いて、とりあえず頭が混乱しそうになった。


「マリアステラに騙されている可能性はないのか? ほらよくあるだろ。今回のガチャには興味がないって言っておいて、興味がないからこそ十凸を四つ分ほど引いておく、みたいな。忘れてたけどルーティンでやってたとか」

『そんな嘘なら私にも分かる。お前がガチャを引かない訳ないからな。けどあの女神は嘘を吐かない。それは間違いない、と思う』

「俺には、楽しむためならいくらでも嘘を吐きそうな奴としか聞こえないが。まあ、いい。ピアノの事情は分かった」


 ピアノはエルフたちと同じようにデーモンたちも見捨てられないのだろう。


 ピアノはエルフたちのために身を粉にしていた。そのピアノのお陰で、エルフたちは今やそこそこ豊かな生活を送れている。エンシェントやラナリア、テディベアやエルミアのせいで、その功績がフォルティシモのものとなっているけれど、エルフたちが本当に苦しかった時に寄り添って彼らを守ったのはピアノだ。


 もちろんフォルティシモはエルフたちをかなり優遇している。大陸中で裏切り者扱いだったエルフたちが急速に地位を取り戻したのはフォルティシモの成果だった。フォルティシモの従者たち、課金によって得た膨大なアイテム、仕様の知識がなければ叶わない成果だ。


 それでも信仰心エネルギーFPのために、ピアノの受けるべき賞賛を奪ってしまったとも言える。それに少しでも埋め合わせしたい気持ちも湧いて来た。


「デーモンたちについては、何とか拠点攻防戦を長引かせて助ける方法を見つける。拠点攻防戦開始直後から、この最強のフォルティシモの全力の最速で<暗黒の光>を全滅させるつもりだったが、それは止めて長引かせる」

『できる、のか?』

「やってやる」


 フォルティシモは先ほどまでのクレシェンドとの戦いを思い出して、苦虫を噛み潰したような気持ちになる。


 フォルティシモは最強だった。最後までクレシェンドの上を行っていた。フィーナもテレーズも救出できた。フォルティシモがキュウに頼まれたフィーナ救出という目的は達成できた。


 だがフォルティシモの望む最強は、ただただ目の前の敵に勝つだけではない。クレシェンドに様々な策を破られ、切り札まで使わされ、最終的には拠点攻防戦を成立させられてしまった。これはどちらが勝利したと言うべきだろうか。


 この戦い、フォルティシモはある意味で勝利したが、ある意味で敗北した。他人がどう言おうと、異世界ファーアースに来て初めての敗北だと言って良いだろう。


「次の戦いでは最強(フォルティシモ)の勝利を見せてやる」


 フォルティシモは決意を以て親友に宣言した。


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