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第二百八十九話 捲土重来

 クレシェンドの笑みが強くなるのを見るに、ここまでクレシェンドの思惑通りに進んでいる。


「拠点攻防戦で、決着を付けるのはいかがでしょうか?」

「拠点攻防戦、だと?」


 拠点攻防戦、それはVRMMOファーアースオンラインのシステムの一つで、MMOゲームには珍しくないチーム対チームの対戦要素。異世界ファーアースへやって来てからは一度も経験がないが、ファーアースオンラインの頃は幾度となく経験している。


「異世界ファーアースでも拠点攻防戦が有効なのは、エンから聞いていた」


 まだフォルティシモと従者たちが合流する前、キュウを連れたエンシェントがヒヌマイトトンボのチームメンバーと戦う機会があった。その時に拠点攻防戦の話になったと報告を受けている。


 ヒヌマイトトンボのチームメンバーは、拠点攻防戦の成立を恐れていた。


 その理由はフォルティシモにも分かる。


「拠点攻防戦が始まったら、お互いの全チームメンバーと従者、そして【拠点】の位置が筒抜けになる」

「ええ、そうですね」


 拠点攻防戦を挑むということは、互いの居場所をすべて開示する行為だ。対戦要素なのだから、お互いの全滅を目的とするためにお互いの居場所を確認できなければならない、という仕様である。


 ゲームならそれでも構わない。しかしこの異世界ファーアースでは食事や排泄、休憩や就寝などがある。拠点攻防戦を受ければ、いつでもどこでも狙われる可能性を極限まで高めてしまう。


 いや高めてしまうなんて言葉には留まらない。ターゲットが常に居場所を晒していて、暗殺してくれと言っているようなものだ。キュウや非戦闘系従者たちは、あっという間に襲われてしまうだろう。


「そんなもの、俺が受けると思っているのか?」


 フォルティシモは迷わずに断りを入れた。


「お約束しましょう。お客様がこの拠点攻防戦を受けて頂けるなら、ご友人である<青翼の弓とオモダカ>を奴隷から解放すると」

「お前の約束を信じろと?」

「交渉の主導権は私にあると認識しております。圧倒的に私が有利な状況で、破格の条件を提示していると考えますが?」


 <フォルテピアノ>の、フォルティシモやキュウ、親友ピアノ、従者たちの安全を考えるのであれば、拠点攻防戦を受けるべきではない。クレシェンドの策略に乗せられて、彼女たちを危険に晒すだけだ。


蘇生(リザレクション)


 フォルティシモが返答をする前に、クレシェンドが【蘇生】スキルをフィーナへ向けて放つ。【蘇生】スキルに関してはセフェールが大陸各地で使っていたから、学習されていたことに驚きはない。


「これで更にお客様の状況は悪くなりました」


 フィーナが【蘇生】してしまえば、クレシェンドが攻撃を受けた瞬間に自害のループに陥ってしまう。


 しかしフォルティシモは、クレシェンドの提案を検討もしていなかった。


 フォルティシモが考えていたのは別のこと。


 異世界の冒険者ギルドで戸惑っていたフォルティシモにお節介で話し掛けて来た、命を賭けてキュウの危機を知らせてくれて、今でもフォルティシモを尊敬しながらも態度を変えない―――カイルを―――見捨てるのか、と思ってしまった。


 フォルティシモは己の思考に、驚きを隠せない。


 異世界ファーアースにやって来て初めてまともに会話した美少女で、キュウの友人、女の子の部分の大きいフィーナではなく、カイルが頭に浮かんだ。


 幼馴染みらしいエイダとの進展を一緒に酒でも飲みながら聞いてみたい。その時は、フォルティシモとキュウがどれだけ上手くいっているのか自慢してやりたい。フィーナに下心があるようならエイダに告げ口すると言いたい。同郷の斧男とは三角関係じゃないのかと聞いてみたい。


 フォルティシモは―――カイルを“友人”だと思っている。


 フォルティシモは自分でも信じられない結論に至っていた。


 だから。


「この程度で、最強のフォルティシモに勝てると思ったか?」


 フィーナを救うために一つ、カイルを救うために一つ、二つの切り札を投入する。




 フォルティシモは情報ウィンドウを高速で操作し、従者のタブからキュウを選択。準備していたスキルの【コード設定】を張り付け、有効化(アクティベート)した。


 そして次の瞬間クレシェンドへ飛び掛かった。


 魔王剣もスキルも使わず、ただ飛び掛かった。


「何を? 私に攻撃すれば、大司教の子が自害のループに………」

「クレシェンド! お前の角を触らせろ!」

「………………………は?」


 フォルティシモの両腕がクレシェンドの角へ向かって伸ばされる。


 クレシェンドは慌てた様子でフォルティシモの腕を掴んだ。クレシェンド一人ではフォルティシモのSTRを止めることができないため、クレシェンド五人掛かりでフォルティシモを何とか止めている。


「な、何を言っているのですか!? 今、そんな状況ですか!」

「いいから、触らせろ!」

「本当に狂ったのか、近衛翔!」


 もちろんフォルティシモは狂った訳ではない。


 フォルティシモがクレシェンドを押さえ込んでいるのだ。


 そしてそれにも関わらず、フィーナの自害命令は実行されていない。


 何故なのか。


 HPが減っていないからではない。状態異常攻撃の中にはHPが減らないものもある。敵の行動を抑える組技だって立派な攻撃手段と言える。


 その理由は誰であろうキュウが、最初に教えてくれた【隷従】の仕様。


 肉体的限界、知識的限界、記憶的限界、知覚的限界のどれでもない、洞察的限界。


 フォルティシモとキュウは初めて出会った日、こんな会話をした。


『キュウ、まさかお前、俺の言葉、全部命令になってるのか?』

『違うのですか?』


 キュウはフォルティシモの意図とは別に、すべての言葉を命令だと勘違いした。


 つまり奴隷本人が攻撃(命令)だと思わなければ、攻撃(命令)にはならない。


 そこで「角を触らせろ」だ。何せフォルティシモはフィーナの前でもキュウの耳や尻尾を触っていた。所構わず触りまくっていた。カリオンドル皇城ではモフモフパーティーが開催されたように、亜人族の特徴部位好きだと思われている。


 断っておくがフォルティシモは特殊性癖の持ち主ではない。単なるモフモフ好きであって、その中でも特にキュウのモフモフが大好きだ。


 ともかくフォルティシモが角を触ろうとする、は攻撃ではない。少なくともフィーナは攻撃だと思わない。だから自害命令が発動しない。


 その間にキュウがフィーナへ向かって走る。


 キュウはシステムの音声を聞き取れる。先ほどの新しいスキル設定を有効化した際、フォルティシモからキュウだけに向けた指示を送っておいた。


 フィーナを救うのは、最強(フォルティシモ)ではなく親友(キュウ)だ。


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