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第二百八十四話 最低最悪の戦術 前編

 フォルティシモがサンタ・エズレル神殿へやって来た最大の理由はフィーナである。キュウの友人フィーナが聖マリア教と敵対するテロリストに捕まったという話だったから、最速でここまでやって来たのだ。


 テロリストの正体がクレシェンドやデーモンたちで、その目的が女神殺しという情報は後から知ったもの。加えてピアノが途中で行方不明になるトラブルもあったが、当初の目的はフィーナの無事だ。


 <青翼の弓とオモダカ>たちも救いたいけれど、この場で最優先にするべきはフィーナだとフォルティシモの勘が告げている。その勘が性欲という名の欲望に汚れているのは気のせいで、純粋にキュウの友人を助けたい。


 フィーナが植物ではなく人間の姿で現れたのなら、ここで確保すればフォルティシモの必要条件の勝利である。いや最悪は花の姿でも確保さえできれば宛がある。十分条件の勝利については、フィーナを救出した後に考えれば良い。


「フィーナは返して貰うぞ」


 フォルティシモがフィーナを拘束しようとすると、フィーナは逆にフォルティシモを突き飛ばして、その反作用で距離を取った。


 フォルティシモの膂力で無理矢理引き寄せることは可能だったが、キュウの友人フィーナを傷付けてしまうかも知れないと戸惑ったため逃してしまった。


 フィーナは無表情で、クレシェンドと箱を持つ女性デーモンを守るようにフォルティシモたちに立ち塞がる。


 最初から【隷従】を受けている可能性は織り込み済みだ。


「フィーナさん! 私です! キュウです!」


 キュウの呼び掛けにも反応する様子はなく。そのフィーナの様子は絶対服従の奴隷というよりは、一昔前のAIのようだった。


 キュウが悲しそうに表情を曇らせ、耳と尻尾を萎れさせる。


「最初で最後の警告だ。今すぐフィーナをキュウに返せ。さもなければ、お前たちを、デーモンたちを真の絶滅に追いやる」


 フォルティシモの警告に対して、誰よりも顔を青くしたのは箱を持つ女性デーモンで、彼女はクレシェンドに近寄ってクレシェンドの腕を掴んだ。


「何という禍々しい魔力っ。クレシェンドさま、やはり、共に逃げるべきでは」

「ご安心を。すべて予定通りです。ええ、すべてね。むしろ幸運が味方しているほどです」


 フォルティシモは敵と目標を確認する。


 敵はクレシェンド、箱を持つ女性デーモン、【伝説再現】によって強化された護衛デーモン、奴隷にされたフィーナ。


 フォルティシモの優先目標はフィーナの確保、次に後生大事そうに抱える箱の奪取、そしてクレシェンドの打倒。


 クレシェンドの目標は箱の確保に思えるが、何か嫌な予感がする。いや予感というよりは予測か。




 クレシェンドを行動させる前に叩き切る。殺してしまえば【隷従】の主を上書きできることは、エルディン王ヴォーダンを殺した時に証明された。


 そう考えたフォルティシモは、迷い無く真っ直ぐに剣を振るった。


 クレシェンドもインベントリから剣を抜き出し、フォルティシモの剣を受け止める。


 フォルティシモと本気で鍔迫り合いができるプレイヤーは存在しない。それだけフォルティシモのステータスが圧倒的だからだ。それなのにクレシェンドはフォルティシモのカンストしたSTRの膂力を受け止めている。


 そして魔王剣の効果も抵抗されている。マウロがチートだチートだと叫んでいたフォルティシモの廃神器魔王剣は、攻撃したアイテムの耐久を大幅に削り、あっという間にゼロにしてしまう。それにも関わらず打ち合えている。


 これらはアーサーの【伝説再現】の効果だろう。厄介な権能を学習されてしまったと言って良い。


「お前は、大氾濫に対抗しようとしてるんじゃなかったのか?」

「ええ、その通りです。次の大氾濫は、大きな節目となる」

「ならなんで、大氾濫の前に、こんなことをした?」


 フォルティシモがクレシェンドへの対応を後回しにしたのは、クレシェンドが大氾濫対策を優先する言動を取っていたからに他ならない。


 少なくとも大氾濫までは、クレシェンドとの戦いにはならないだろうと考えていた。


「事情が、変わったのですよ。お客様へカリオンドル皇国の初代皇帝の話をしたのは、本当に良かった。そのお陰で、大いなる間違いを犯さずに済みました」


 クレシェンドはフォルティシモと鍔迫り合いをしながらも笑みさえ浮かべている。


「どういうことだ? お前、カリオンドル皇国の初代皇帝が近衛天翔王光だって知ってたんじゃないのか?」

「ええ、存じていました。よく、とてもよく」


 フォルティシモは力を込める方向を変え、クレシェンドの剣を弾く。


 フォルティシモはその隙でスキルを使おうと考えた。カンストした全魔術スキルを一点に集め、剣術スキルに載せて放つ、フォルティシモの最強攻撃スキルの一つ究極(スプレモ)乃剣(エスパーダ)を使いクレシェンドを消し去る。


 しかしその前に、クレシェンドが悪夢の命令を口にする。




「私が攻撃されたら即自害しろ。この命令は最優先だ」

「承知しました。主様」




 奴隷フィーナは主人クレシェンドが口にした命令を即座に受諾した。


 フォルティシモは頭が沸騰しそうなほどの怒りを感じる。


「行きなさい」

「っ! ご武運を、クレシェンドさま!」


 クレシェンドは箱を持つ女性デーモンを促すと、箱を持つ女性デーモンは一瞬の迷いを見せながらサンタ・エズレル神殿の出口へ向かって走り出した。


 持ち出された箱は気になるが、今は重要でなくなった。


「浅い、命令だ。残念だったな。死んでも【蘇生】スキルがある。自害されたとしても、生き返る」

「ええ、ですが【隷従】による命令は、死んでも消えません」


 クレシェンドは自社の商品を紹介しているかのような営業スマイルを浮かべる。


「【蘇生】させても、すぐに自害の命令が実行されるでしょう。お客様には釈迦に説法でしょうが、従者の自害はどんなスキルよりも早いシステムコマンドです」


 VRMMOファーアースオンラインにおいて、従者は自身のHPを瞬時にゼロにできる。


 この仕様はあくまでも結果的にそう見えるだけで、用途は別だ。本来の用途はセーブポイントへの帰還。HPがゼロになった時、セーブポイントへ移動するシステムを起動するため、従者は自分の意思でHPをゼロにできるというものだ。


 もちろん異世界ファーアースにはセーブポイントはないので、そのまま死亡する。女神マリアステラという特例を除いて。


「ならば必要な時まで【蘇生】させなければ良いかも知れません。しかし【蘇生】には時間制限がある。制限時間内に生き返らせるしかない。彼女が自害するために、何度も何度も、お客様は彼女を蘇らせるのですね。彼女の心が壊れないことを願います」


 今すぐにクレシェンドに最強スキル設定を叩き込んでやりたい衝動に駆られた。


「無関係な、ただ、あなたと関わってしまったというだけで、母親に友人、仲間を奪われ、己の身体と意思まで失った彼女は本当に哀れです」


 クレシェンドは営業スマイルのまま顔を横に振るう。その仕草が隙だらけで、あまりにもわざとらしい。


「俺はお前が嫌いじゃなかった。こんな馬鹿なことをするまではな。なんでこんなことをした? 少なくとも大氾濫や“到達者”を倒すまでは、不干渉を貫くと思ってた」


 クレシェンドの表情は奴隷屋としての完璧な営業スマイルではない、何かを諦めたような力の抜けた表情をした。


「ええ、そうしようと考えていました。しかし、知ってしまった。お客様が、近衛翔だと」


 そしてクレシェンドは表情を歪ませる。


「私は、あなたへ天罰を下せることを神に感謝いたします」


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― 新着の感想 ―
[良い点] とても丁寧に書かれているので何の違和感もなく心の動きが理解できるところ好きです クレシェンドにとても腹が立ちながらどこか悲しさを感じさせられて心の矢印があっちいったりこっちいったりどう受け…
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