表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/508

第二百五十八話 最奥で待つもの

 隠し部屋は異世界ファーアースではほとんど見られない内装をしていた。透明度の高い硝子製のテーブルに、ブランド品と思われる高級ソファ、緻密なディテールで構成された絨毯、奥に大きなアンティーク机がある。壁にも窓はあるものの、地下なので外は真っ暗だ。代わりに光量の強い灯りが取り付けられていた。広さは十畳程度、現代リアルワールドの感覚で言えば、社長室という表現がしっくりくる。


 フォルティシモはこの場所に見覚えがあった。フォルティシモが異世界ファーアースへやって来てまだ日の浅かった頃、キュウを攫ったエルフ王ヴォーダンを抹殺した日に見た夢の光景と瓜二つだった。


 フォルティシモはこの部屋で、近衛天翔王光を名乗る灰髪銀眼の少年と出会ったのだ。


「主、どうした?」

「フォルティシモ、大丈夫か?」


 エンシェントとピアノの気遣いには答えず、部屋の中へ入り、夢の中で己が座っていたソファを見つめる。【解析】スキルも掛けてみたけれど、何の情報も得られなかった。


 つまりこのソファは、アイテムではない。【解析】スキルはデータを参照するスキルなので、何もかもを完璧に調べられる訳ではない。リソースの無駄遣いが甚だしいと言われるさすがのファーアースオンラインでも、石ころの一つ、水の一滴、糸の一本、空気などまでにデータは持たせていなかった。


 そのせいか【解析】スキルが通用するのは、異世界ファーアースでは魔法道具などと言われる“魔力”の宿った物体に限られる。異世界人たちからすれば、“魔力”を“解析”するスキルとなるらしい。


「問題の訳が分からなすぎて、何て答えて良いか分からない」

「それは主の体験によるものか? それなら体験した事実だけを順番に話せば良い。気持ちによるものなら、落ち着くまで休憩時間を取ろう。本当に何もかも分からないなら、主が見聞きし感じた事柄をできる限り伝えてくれ」


 フォルティシモは少年の姿の近衛天翔王光と会話した場所が、この部屋とそっくりだったと告げる。ただし、あの場所では情報ウィンドウを開けなかったので、似ているだけで違うはずだった。


> 認証されました


 部屋のどこかから如何にも合成音声という声が響いた。


 パスワード認証なんて前時代的なものは、あくまでゲームのギミックでしかない。一応、他の認証技術、指紋認証、虹彩認証、顔認証、静脈認証なども設定できるが、それらには致命的な問題があり現代での主流にはなっていなかった。致命的な問題とは、VR空間で使えない点。指紋とか顔とか、VR空間で人を見分けられるはずがない。


 ビジネスの場が巨大VR空間に移った現代で、主流な認証技術は脳波認証となる。脳波であれば、たとえどんなアバターを操作していたとしても、個人を特定できるし、AIに脳波はないのでなりすましもできない。


 そんな脳波認証がフォルティシモのプレイヤー、近衛翔の脳波に反応した。


 それは疑う余地もなく、カリオンドル皇国の初代皇帝近衛天翔王光の、本当の孫、近衛翔以外では手に入れることのできない遺産。


> ようこそおいでくださいました。近衛翔様


 ここまで“如何にも合成音声という声”は珍しい。ロボットには不気味の谷が囁かれているが、AIの声にはそれが適用されず、どこまでも進化した末に、声だけであれば人間もAIも見分けがつかなくなっている。


「なんだ、お前は? この部屋に設定されてるAIか?」

> 私は近衛天翔王光様に設定された命令を受け、近衛翔様がやってくる日をお待ちしておりました

「爺さんの作ったAI? それにしては、随分と、質が悪いな」


 対人コミュニケーションとしては最低最悪な返事をしたフォルティシモだったが、相手がこのレベルのAIであれば関係無い。これは人間性を持たないAIだと思われた。つう、エンシェント、セフェールという超々高性能AIであれば、こんなことを言えば反論と反撃が待っている。


 ただそれが悪いことばかりではない。人間性を持たないからこそ、何百年と言われるカリオンドル皇国の初代皇帝の時代から、たった一人で初代皇帝の墓所で来るかも分からない相手を待っていられた、とも考えられた。


 それこそがAIの最大の利点。人間と違って、この地下深くの場所で何百年だろうが何千年だろうが、目的のために飲まず食わずで歳も取らずに待ち続けることができる。


> 申し訳ありません。私は必要な機能のみを与えられており、それ以外の機能は持ち合わせておりません

「必要な機能、ね。そんなお前の役割は何だ?」

> 近衛翔様へ物品をお渡しすること、また近衛天翔王光様よりメッセージをお預かりしています

「先に物をくれ」


 何ならメッセージは聞かなくても良い。


 インベントリからアイテムを取り出すように、虚空から小さな板が現れた。フォルティシモは慌ててそれを落とさないようにキャッチする。


 この余韻のない感じが、一昔前のAIの特徴である。人間性がないから、呼吸とかタイミングとか空気とかを気にせずに用件をすぐにこなそうとする。


 こういう対応も、コミュニケーションが苦手なフォルティシモは嫌いではない。嫌いではないが、キュウにこんな必要最低限の態度を取られたら、ショックで何も手に付きそうもないから相手によるというべきだろう。


 フォルティシモはキャッチした小さな板を見た。手の平サイズの直径五センチメートルほどの板。異世界ファーアースにあるはずのない、現代リアルワールドの最新技術の結晶。


「光子メモリだ」

「それは何でしょうか?」

「シュレディンガーの猫を飼うために必要な道具ですよぉ」


 キュウの疑問にセフェールが変な答えを返していた。ただ、残念ながらキュウにはシュレディンガーの猫という思考実験が通用しないので、「猫の餌でしょうか」と今にも聞き返しそうになっている。


 光子メモリとは、現代リアルワールドにおいて量子のもつれと重ね合わせの状態を保存しておける記憶媒体である。前時代のハードディスクドライブやソリッドステートドライブの後継と言えば分かり易い。亜量子コンピュータのすべてに使われていると言って過言ではなく、VRダイバーにも当然組み込まれている。


 このデータの中身こそが、カリオンドル皇国の初代皇帝である近衛天翔王光が遺した、本当の遺産に違いない。


 問題は、異世界ファーアースには光子メモリを読み込ませる亜量子コンピュータが無い点だ。設計図は何とかなるけれど、最新の半導体どころか、シリコントランジスタの一つさえ作れる気がしない。また【エンジニア】クラスは、決まったアイテムしか作成できない。


 今すぐカリオンドル皇国の皇城に飾られている初代皇帝の絵画に全力のパンチを打ち込みたい。


> 続いてメッセージを再生します

「おいちょっと」


 待て、と言う間もなく、部屋の中央付近に立体映像が映し出された。これも液晶や有機ELではなく、投射型テレビと言われる比較的新しい家電だ。


 動画メッセージの撮影場所はこの部屋だと思われた。そこの社長椅子に座った灰髪銀瞳の少年が、カメラ目線で語り始める。


『これを見ているということは、儂の思惑通り、儂の可愛い孫が神戯を勝ち抜いているということだろう』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ