第二百五十一話 フォルティシモから従者たちへの約束
フォルティシモが竜神ディアナ・ルナーリスを撃破した少し後、フォルティシモの【拠点】の大広間。百人以上入れる畳の間で、重要な会議が行われていた。
フォルティシモは従者全員を集合させている。議題はカリオンドル皇国の初代皇帝近衛天翔王光の【拠点】について。
「私が調べたところによると、カリオンドル皇国にある初代皇帝の墓に入る手段はなかった。初代皇帝の遺産を引き継いだというルナーリスにも試して貰い、他の何人かの皇族にも実験を施したが、やはり入ることができなかった。サンプル数が少なく確度の低い予測に過ぎないが、初代皇帝の墓は本人が消えた今でも【拠点】としての機能を有しており、所有者以外の侵入が許可されていないと考えられる」
今はフォルティシモが最も信頼する従者であるエンシェントが、カリオンドル皇国の初代皇帝について調べてくれたものを報告している。
大陸東部同盟の戦争で命を落とした先代カリオンドル皇帝、彼が初代皇帝の遺産チートツールを得たのは、初代皇帝の墓なのではと考えて調べさせた。
しかし初代皇帝の墓は選ばれた者のみ足を踏み入れられる聖域とされていて、エンシェントの力を以てしても侵入は不可能だった。警備が厳重だからとか、神聖な場所だから出入りが禁止されているとかではなく、システム的に入ることができない場所である。
「現状で最も入れる可能性の高いのは、皇位を継承している者だ。戴冠式というイベントがフラグになり、初代皇帝の墓に入れると考えられる」
自主的に下座に座っているラナリアが手を挙げて発言する。
「フォルティシモ様がカリオンドル皇国を制圧した結果として、戴冠式をフォルティシモ様へ行い、カリオンドル皇国の皇帝はフォルティシモ様であるとすることはできないのでしょうか?」
リアルワールドの歴史で言えば、ある大王は世界最古の文明の一つである国を征服した末に、その国で神権皇帝、現人神として認められている。戦争に勝利した国が、敗戦国の歴史ごと書き換える例は枚挙に暇がない。
フォルティシモがカリオンドル皇国の皇位を引き継ぐのは、話が早いし、何よりも正しいと思える。今でも崇拝されるカリオンドル皇国の初代皇帝は、フォルティシモの祖父である近衛天翔王光なのだ。その実の孫であるフォルティシモには、カリオンドル皇国の皇位を引き継ぐ資格が誰よりもあると思われた。
フォルティシモの心情は別にして。その心情を察してくれたのか、エンシェントが否定を返してくれる。
「これは政治上の問題ではない。システム、この世界の法則に、初代皇帝の墓の所有者を認めさせなければならない。たしかに主はリアルワールドにおいては、初代皇帝に最も近しい人間だが、異世界ファーアースでは他人でしかない。そんな者が皇位を継いだ場合の動作を予測することは難しい。いや、私なら、無関係と判断し墓へ立ち入らせないだろう」
「どうしてもルナが必要なのですね」
フォルティシモのルナーリスへの感情は複雑だった。女神に操られていたとは言え、キュウの命を危ぶませたことは許しがたい。しかしそのキュウからの進言の通り、ルナーリスはフォルティシモの役に立つので、キュウがフォルティシモのためを思って行動してくれた証明である。
そしてフォルティシモとルナーリスは、共にあの、近衛天翔王光の血を受け継ぐ遠い親戚でもあった。
「とにかく、初代皇帝の墓に入るのが最優先だ。あいつは、爺さんは真の天才だ。神戯を有利に進めるだけじゃない。あのマリアステラを倒す手掛かりになるかも知れない」
現実であるはずの異世界ファーアースでログインログアウトの概念を使い、VRMMOゲームのように闊歩する女神を打倒する方法は、さすがのフォルティシモも思い浮かばない。
女神マリアステラの打倒。まるで雲を掴むような話に、少しでも情報が欲しい。
フォルティシモの言葉にエンシェントとセフェールが近付いて来て、エンシェントがおでこに手を当てて、セフェールが手首で脈を計っていた。
「何の冗談だ?」
「体調が悪いなら報告は後日にしよう」
「今日はぁ美味しいものをいっぱい食べてぇ、キュウの尻尾を撫で回して寝てくださいねぇ」
唐突に名指しされたキュウが驚いて、耳をピンと立てていた。
「俺の体調は万全だ」
フォルティシモは二人の手を振り払う。本当に体調は万全だった。フォルティシモの体調が少しでも悪かったら、物心つく前から一緒に暮らしているつうがすぐに気が付くはずである。
「主が近衛天翔王光の話を冷静に話しているのに、普通だと思うか?」
フォルティシモはエンシェントの問い掛けに、己への気づきを覚えた。
近衛翔が近衛天翔王光の話を冷静にして、あまつさえあの男を認める発言をし、遺したものを使おうと言い出した。エンシェントたちに心配されても仕方がない。
フォルティシモは自分の額を軽く叩いて、溜息を吐く。
「………エン、俺は、ここにいるみんなが、あんな爺さんよりも大切だ。いや、ハッキリ言う。つう、エン、セフェ、ダア、マグ、アル、キャロ、リース、ラナリア、そしてキュウ。誰よりも大切な家族だ」
フォルティシモの言葉への反応は様々だったが、恥ずかしくて彼女たちの顔を見られないフォルティシモには、その反応を確認することができなかった。
「だからフォルティシモを最強の神にした時は、お前たち全員を幸せにしてみせる」
フォルティシモは大きな決意を以て彼女たちに宣言した。すぐに歓喜の言葉が返ってくると思ったのだが、従者たちの反応は芳しいものではなかった。
「フォル、無理な約束をするのはやめなさい」
「私の望みは、主がまともな感性を持ち、もう少し手の掛からない行動をしてくれることだ」
「そうですかぁ。期待していますよぉ、素粒子くらいにはぁ」
つう、エンシェント、セフェールの最初の三人はまったく信じていない。リアルワールドから付き合いのある、最高の理解者たちの信頼に涙を禁じ得ない。
「今の言葉を書面に残すのは有りですか? 有りなら超特急で書面を作りますけど」
「私は別にどうでも良いけど。まあもっと好きなだけ素材を使える環境は欲しいかな」
「おお! 期待しているのじゃ! 妾はいつも主殿と共にあるのじゃ!」
「だったら、もう少し仕事の範囲を広げやがれです。フォルさんがいれば話の早いことが多すぎじゃねーですか?」
「その言葉、忘れるな」
ダアト、マグナ、アルティマ、キャロル、リースロッテは信じる前提で要求を口にしている。ただし、前提にしているだけで本気で信じているとは言い難い。
「本当ですか? フォルティシモ様に幸せにして頂けるなんて、それだけで嬉しくて泣いてしまいそうです」
「わ、私は、今もすごく幸せですっ」
ラナリア、キュウ。二人はとても好意的だ。
フォルティシモは、彼女たち皆の反応に思わず笑顔になっていた。
今なら近衛天翔王光と向き合える気がする。
そしてフォルティシモは、祖父近衛天翔王光が異世界ファーアースで興した亜人族の国、カリオンドル皇国へ足を踏み入れる。




