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第二十五話 それは新しい現実

 気がつくと身体が沈み込む高級そうなソファの上に腰掛けていた。


 目の前には硝子製のテーブルを挟み、同じソファが置かれている。灰色の絨毯は汚れなく綺麗で、大きなアルミサッシの窓から入って来る光は明るく、室内の照明器具が不要なほどの光量だった。広さは十畳ほどはあるだろうか、そこは社長室と呼んでいい場所で、フォルティシモに見覚えはない。


 昨夜、キュウの尻尾を思う存分モフってから宿で寝たはずだ。


「気が付いたか、翔よ」


 声変わりしていないのではないかと思われる幼い男の子の声がしたので右を向くと、デスクに肘を乗せて背もたれの高い椅子に腰掛けている少年が目に入った。灰色の髪に銀の瞳、健康的で真っ白い肌、整った顔立ち、まるでゲームの中から飛び出して来たような容姿だ。そういう意味ではフォルティシモの容姿も負けないが、そんな少年が社長椅子に座っている姿は違和感があって仕方が無い。


「キュウはどうした」


 インベントリから剣を取り出そうとして腕を伸ばしたが、インベントリが開かないことに気が付いた。


「安心しろ。お前の新しい肉体はアクロシアの宿屋で就寝中じゃ。お前がキュウと呼んでいる女の子と一緒にな」


 どうやら知らない内にイベントを開始していたらしいと理解する。夢の中から語りかけてくるイベントは鉄板だ。キュウの無事を確認できないのは痛くても、ファーアースオンラインに実装されるイベントの傾向から言って、従者がいきなり死ぬということは無いだろう。


「その目。お前はこの部屋を見て、元の世界に戻って来てしまったとか、欠片も考えておらんな? さすがじゃ」

「まさか、ここまでがすべてゲームだったのか?」


 表には出さなかったが、フォルティシモは少年の言葉に大きなショックを受けていた。それだけは嫌だった。そんなことになるくらいだったら何もかも投げ出したいくらい嫌だ。何故、それほどの衝撃を受けたのか検討する前に、否定の言葉がやって来て一応の安心を覚える。


「いいや。あそこは間違いなく異世界ファーアースで、お前はフォルティシモとなった。いや、まだ未世界と表現するべきじゃが」

「どういうことだ」

「まあそれは気にしなくてもよかろう。それよりも、もっと気になることがあるじゃろ? ほれほれ」


 少年の癖に老人のような仕草としゃべり方をするけれど、VRで見た目と言動に差があるのは当然のことであり、違和感を覚えるようなことではない。


 少年が何を言いたいのか思い浮かばず、ただただ首を傾げると、少年は呆れたように溜息を吐いた。


「かーっ! 相変わらず察しも悪い奴じゃのぉ」

「ああ、そうか。俺はなんで、異世界で、ファーアースオンラインのゲームキャラクター、フォルティシモになってるんだ? あとあの異世界は何だ?」

「そこじゃないわ、たわけ!」

「今の俺の状況で、それ以上に気になることがあるのか」

「お前はつい数秒前の発言を思い出せ」

「数秒前? キュウのことか。確かにあったな。前言撤回する。今の俺の状況でもキュウのことは気になる」

「違うわい」


 少年は椅子から立ち上がり、左手を自らの胸に当ててウインクをして見せた。


「儂が何者かどうか、じゃろう?」

「五番目か六番目くらいには気になるな」

「低い、低いぞ。まったく、儂は悲しいぞ。血の繋がった男同士、すぐにそれを感じ取って欲しかった」

「………血の、繋がった………?」


 フォルティシモ―――近衛翔と血の繋がりのある家族は、一人しかいない。祖父近衛天翔王光 (本名)だ。


「じ、爺さんなのか?」

「そうじゃよ、可愛い孫よ」

「聞きたいことが一気に増えた。キュウは無事なんだろうな? なんで俺が異世界に行ったと知ってる? 俺がフォルティシモとして異世界に行ったのは爺さんの仕業なのか? なんでファーアースオンラインを知ってる? あの異世界とファーアースオンラインの関係はなんだ? 爺さんはどんな関わりをしてる? そして何だそのアバターは?」

「話せば長くなる」

「一から教えろ」

「長くなるから嫌じゃ」

「………………………………」


 目の前のショタは己にとって唯一血の繋がった祖父で、自分が両親を失ったように彼は実の娘と義理の息子を失った。この世で彼ほど同じ悲しみを共有できる人物はいない。


「落ち着け。腐ってもこいつは俺の祖父だ。例え人質にされた父さんと母さんを見捨てて、その葬式に顔も出さないクソ野郎で、その後二十年以上一度も孫に会いに来なかったカスでも、俺の祖父だ」

「そうお前の祖父じゃ。儂はな、事件のショックですっかり引き籠もりになってしまった孫を嘆いておった。可愛い娘の残した孫を、なんとかして救ってやりたい! 儂の気持ちは分かるか?」


「とりあえず分からないし、理解したくもないから続けてくれ」

「そんな時じゃ。神戯が開催されることを知った」


「話が飛びすぎて分からない。その間を詳しく説明しろ。それから神戯ってなんだ?」

「そう。偉人である儂に、神になるチャンスがやってきたのじゃ。しかし。しかしじゃ。儂は考えた。このまま儂が神になるべきかどうか。孫一人を救えぬのに神になって良いのか」

「爺さん、そのショタアバターは飾りか? 耳が遠いのか? 金に物を言わせて難聴治療を受けて来い」


 ショタは拳を握り締め、涙を流している。


「ああ、なんて孫思いの儂。感動じゃ」

「しねぇよ」

「そうして、儂は神戯の参加権を孫であるお前に譲ったのじゃ」

「俺も大概説明が苦手な自覚はある。血筋だな。爺さんが一番濃いが」

「まったくお前が神たちが作ったゲームで準備を整えていたとは、さすがの儂もさすが儂の孫、いやさすが儂の血、さすわしだと思ったものじゃ。凄すぎて儂の才能と器が怖い」


 少ない情報を繋ぎ合わせると、近衛翔が所謂異世界転移したのは、祖父が神戯というものの参加権を翔に譲ったかららしい。加えてファーアースオンラインは神様が作ったゲームだと言っている気がする。疑問は尽きないが、色々尋ねても祖父は答えてくれないだろう。


「おい、孫からの質問を三つ答えろ」

「なんじゃ? まだ分からないことがあるのか。仕方ない奴じゃのう。昔から飲み込みの悪い子供じゃった」


「一つ目だ。異世界は、現実なんだな? あんたたちの開発した新しいVR世界とかじゃなくて」

「当然じゃろ。今の技術でもあそこまでの世界は作れん」


 なんだかんだ言っても確認しておきたかった事実を確認できて安堵する。その異世界にフォルティシモとして異世界転移した理由とか、消えてしまった【従者】たちはどうしたのかとか、そういう異世界の仕様に関しては祖父は答えてくれないに違いない。


「二つ目。神戯ってやつの概要、ルール、勝利条件は?」

「神々が己の支配領域を増やすための決闘と言ったところかの。勝者には、神としての権利を行使できる世界が得られる。彼女らは“神権領域”と呼称しておったの」

「つまり、あの異世界は神様の用意したゲーム盤で、そこに人間を送り込んで競わせてる。俺は爺さんの代わりに選ばれた」


「正確に表現するならば、様々な世界でサービス展開をしていたファーアースオンラインは、今回の神戯の準備をするためのチュートリアルじゃ。準備にどれだけの時間と金を掛けるのかは自由な点が、世界大会とかオリンピックとかとは違うな。じゃがお金と時間と才能を掛けた者が勝つのは同じじゃ」


 ショタはまるで大好きな玩具を自慢するかのように話している。


「そして参加するのは人だけじゃないぞ。神に成りたいと願う悪魔や竜。神としての力を高めるために別の領域の神も来るかも知れん。皆が命を賭けて神の権利を得ようとする」

「………………………………」

「どうした? 泣いて喜ぶところじゃろ?」


「あんたは自分の孫をデスゲームに参加させたんだぞ?」

「じゃが引き籠もりを解消できたぞ。素晴らしい祖父とは思わんか? それにお前自身も、あのキュウという子と楽しんでいるようじゃが」

「………………………………………………………………それとこれとは話は別だ」


 じゃあ今から棄権して元の世界へ帰り、フォルティシモを捨てて近衛翔に戻るかと問われたら、迷った末にフォルティシモのままでいることを選択するだろう。それはフォルティシモとキュウを捨てる選択肢だからだ。


「それで神戯の勝利条件は?」

「うむ。勝利条件は、神に昇華すること。今回の神戯では、神のクラスを最初にカンストさせることだそうじゃ」


 ショタに促されるままに情報ウィンドウを開き、フォルティシモが取得しているクラス一覧を開く。そこにはハッキリと表示されていた。




 魔王神 Lv2




 異世界へ行く直前に手に入れて、クラスチェンジして付けることも出来なかった謎のクラスのレベルが上がっていた。どうしてレベルが上がっているのかも分からなければ、カンストがいくつなのかも分からない。


「最後の質問だ」

「翔。お前は引き籠もりになってしまった。その理由は、儂には痛いほど分かる」


 突然、ショタ―――祖父が話に割り込んだ。


「ここには儂と翔しかいない。嘘はつかなくていいのじゃよ」


 それは祖父から孫へ語り掛けるそれは、悪魔の囁きだ。


 悪魔が近衛翔の中にある憤りを刺激する。

 その憤り、近衛翔の過去は―――どこにでもある話だ。大金持ちの娘夫婦が金目当ての誘拐犯に狙われた。祖父は身代金を出し渋り、結果として近衛翔の両親は翔の目の前で殺害された。


 近衛翔は怒りと悲しみと諦観がごちゃ混ぜになった末、引き籠もりの廃人ゲーマーになった。両親の残した財産と才能はあったから、生きるのに問題はなかったし、成人してからはフリーランスで仕事をしているが人前に出ることはまずない。


「俺は、好き勝手に振る舞った上に、気に入った女の子を手に入れてもいいのか?」

「もちろん」


「勝てば、くそみたいな現実に二度と戻らなくてよくなるのか?」

「当然」


「馬鹿みたいな連中を好きにぶちのめしても良いのか?」

「お前には資格がある」


「そこでなら―――フォルティシモは二度と大切な人を失わない、最強になれるのか?」

「見せてくれ、我が最愛にして最高の孫よ」


 ならば。近衛翔ことフォルティシモは、最強の神となろう。


「よしじゃあ爺さんが知っている限りのことを教えてくれ」

「もう教えたじゃろう?」

「いや、俺が知りたいのはもっと詳しい仕様だ。経験値の稼ぎ方とか、参加者の見分け方とか、とにかく知る限りのことを全部教えてくれ」


 もちろん鵜呑みにせず、一つ一つ確認していくつもりだ。


 期待を伴ってみていたら、ショタは口笛を吹き始めた。


「まさか、爺さんもこれしか知らないんじゃないだろうな」

「むむむ、いかん、奴らに悟られたか! 孫よ、期待しておるぞ!」

「おい待て、逃げるな!」


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