第二百四十四話 建葉槌と六鴈
橙狐と緑狐は黄金の毛色を持った狐人族に心当たりがないらしい。しかしリースロッテはキュウから故郷の里の住人だと聞いたのだと言う。
リースロッテはああ見えて抜け目がなく、噴水広場近くを歩いていた二人の狐人族の女性をキャプチャーして画像として残してくれた。彼女から受け取った情報ウィンドウの画像と、目の前の二人を比べても本人たちにしか見えない。
フォルティシモはキュウとリースロッテがフォルティシモへ嘘を吐くなど有り得ないのだと、苛立ちを感じた。
橙狐と緑狐の言葉を否定しようとしたところで、タイミング良く料理が運ばれて来る。そのお陰で彼女たちへ文句を言わずに済み、状況の予測ができた。
橙狐と緑狐が会ったばかりのフォルツァンドへ嘘を吐く意味はないだろう。だとしたら奴隷として売られた時に、記憶を消された可能性が高い。クレシェンドがキュウにしたように彼女たち二人にも記憶処理を施したのだ。
だとしたら話を聞いてもあまり意味はないし、キュウに会わせたくない。故郷の人間、それも一緒に奴隷として売られた、同じ痛みを共有できるはずの相手が、一方的に自分を忘れてしまっていたらショックを受けるに違いないからだ。
「でも、里長なら何か知っているかも知れません」
「はむっ。もぐ。たしかに! 知ってるに違いないですよ」
橙狐は運ばれて来た料理には手を付けず、別の人物へ言及する。緑狐のほうは緊張が緩和されたのか、運ばれてすぐに料理を口へ運んでいた。
「フォルツァンドさんも知り合いかも知れません」
「そんな訳―――なんでそう思う?」
フォルティシモの背中にキャロルの尻尾鞭が当たったので、慌てて発言を覆す。
「里長は外の世界と交流していましたから」
「奴隷商を連れて来たのも里長なんです!」
フォルティシモは思わず腕を組んだ。心理学では腕を組む動作を警戒心や拒絶の信号とする見方があり、今のフォルティシモは正にその心理状態だった。
奴隷商、という単語が気になって仕方がない。キュウの故郷の里の里長が連れて来た奴隷商は、フォルティシモが言うところの奴隷屋クレシェンドなのではないかと疑念が浮かぶ。
ちなみに奴隷商と奴隷屋に明確な区分けはない。強いて言うのであれば、前者はあくまで商売人、後者は専門家だという程度の認識だ。
「その里長ってのは、どういう奴なんだ?」
「私たちの祖母が子供の頃からずっと里をまとめている人です」
「それなのにまったく歳を取らない妖怪みたいな人です」
酷い物言いだったけれど、橙狐と緑狐にとっては自分たちを奴隷として売り飛ばした里の長なので不思議でもない。
二人は怒っているのか、耳を逆立てている。
「狐人族なんだよな?」
「「姿は」」
橙狐と緑狐は同時に頷いた。
長寿のエルフやドワーフとは違い、純人族や亜人族の寿命はせいぜい百年程度。アンチエイジング技術や老化細胞除去技術も発展していなければ、寿命を延ばす魔法もない異世界ファーアースで、狐人族がそこまで長生きするはずがない。
「まとめてるってーのは、何をしてやがるんですか?」
「里の仕来りを作ったり、外と交渉したりです」
「聖マリア教の教えを広めたり、生活必需品を扱う商人を連れて来てくれたりです」
フォルティシモとキャロルは視線を合わせる。聖マリア教、嫌な名前が出て来た。
実在する女神マリアステラを信奉するアクロシア大陸最大の宗教。キュウから里でも聖マリア教が信仰されていたとは聞いていたけれど、それを広めていたのがキュウを奴隷として売った里長だと言うのが気に掛かる。
「噂でレベル七〇〇の狐人族がいるって聞いたんだが、その里長か?」
「レベル七〇〇? さぁ、私は知らないです」
「エルフさんたちのが圧倒的に高いですよね」
フォルティシモは二人が嘘を吐いていないか、二人の耳や尻尾を観察してみる。そこには普通の耳と尻尾があり、触ってみたくなったものの、感情を読み取ることはできなかった。キュウを連れてくれば良かったと本末転倒なことを考え始める。
その後も橙狐と緑狐の二人から話を聞いたが、ここまで以上に有用な情報が出て来ることはなかった。
フォルティシモは二人との別れ際、橙狐と緑狐へ使った【解析】の結果を眺め、そこに誰かの奴隷という文字がないことを確認して見送った。キュウと一緒に奴隷となった二人は、新しい人生を歩み始めているのだろう。
この時のフォルティシモは狐人族の女性二人に対して、キュウの故郷の里に住んでいた元奴隷だからキュウと同じ立場だと決めつけた。
だからフォルティシモは狐人族二人に対して【解析】を使っただけで満足し、権能を使い狐人族二人のすべてを調べようとしなかった。
客観的に見ればFP消費のある権能をこの場で使うべきかどうか決める材料はない。【解析】を使って二人のレベルが一〇〇もないことを確認し、装備も異世界ファーアースで一般的に使われている物、キュウの昔の知り合い、ここで二人を疑うのは難しかっただろう。
それでも、この時のフォルティシモが橙色の毛並みを持つ狐人族建葉槌と、緑色の毛並みを持つ狐人族六鴈に権能を使っていれば、この後の出来事は大きく変わった。その影響が好材料なのか悪材料なのかは、神のみぞ知る事柄だろう。
ただし、その神を蹂躙しようとする最強の未来が変わったかどうかは疑問の余地が残る。




