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第二百四十二話 狐が二人 後編

 キュウの故郷の里の知り合いが天空の国フォルテピアノに移り住んでいる。それは何の不思議もない。主人、ダアト、キャロル、ラナリアは天空の国フォルテピアノの住民として積極的に奴隷を受け入れていて、何なら大陸中から奴隷を買い漁っているような状況なのだ。


 ちなみにそのせいで一部の国では奴隷狩りが活発になったり、逆に労働力不足に悩むことなっているそうだが、他国の事情までは詳しく知らない。


 キュウは奴隷制度に対して断固反対だった。自分が奴隷にされると分かってから反対になったような主義だけれど、今はその柔らかい主義を更に曲げている。カリオンドル皇国の第二皇女ルナーリスへ、主人の奴隷になってくれと言ったように。


 そんなキュウが狐人族の女性二人を見つけて固まっていたら、背後からリースロッテに話し掛けられた。


「あの狐人族、キュウの知り合いか?」

「え、それは………」


 キュウが言い淀むと、リースロッテは間髪入れずキュウの頭へチョップを打ち込んできた。キュウにも見える程度の速さだったので回避しようと思えばできたが、あえて動かずに受けた。リースロッテの身長がキュウよりも低いため、脳天チョップではなくおでこチョップになっている。


「はいかいいえで答える」


 リースロッテの言葉は一切の容赦がない。キュウは迷いを捨ててハッキリと答えた。


「はい。あの二人は、私と一緒に、奴隷として売られた人です」


 狐人族の女性の内一人は、機織りが上手かった。今なら【解析】スキルを使って彼女の【裁縫】スキルのレベルが高いことを確認できるだろう。読み書きさえできない奴隷が多い中で、スキルを持っている奴隷はそれだけで価値がある。


 もう一人は、美味しい料理を里の子供たちに出してくれていた。キュウも物心付いた頃から彼女の手料理の味を覚えている。言うまでもなく、【料理】スキルのレベルが高いだろう。


 あの閉塞した狐人族の里の中で、奴隷としての価値のあった二人。いやキュウと違って、彼女たちは奴隷にならずとも外の世界で仕事を見つけられたはずだろう。


 キュウは奴隷として売られた時はレベル一、スキルも何も持たない、珍しい毛色と小さな里で評判の容姿だけが取り柄だった。


 それが今では、ベースレベルは【覚醒】して何千にも至り、様々な戦闘スキルに無数の変幻自在な魔術、【裁縫】も【料理】も彼女たちよりも高レベルなのは確実。アクロシア王女と友人関係で、ドワーフたちから鍛冶神と讃えられる人から面倒を見て貰って、大陸で注目の的である鍵盤商会に商品を置いてお金を稼ぎ、大陸最高の冒険者パーティの一員で、何より“最強”の主人の下にいる。


「そう。それよりアイスはよ」


 キュウと一緒に奴隷として売られた狐人族の女性たちを見ても、リースロッテの反応は冷めたものだった。旧知を見掛けたのだから話し掛けないのか、見つからないようにここから移動するか、とも尋ねてこない。


 リースロッテはキュウを気遣ってそうしている訳ではない。キュウの耳は、リースロッテの心情を聞き取っているが、彼女はそういった心の動きをしていない。


 それが、今のキュウを冷静にさせてくれる。


「えっと、リースさん、そういえばバニラが売り切れみたいです」

「なんだと」


 リースロッテが大きく目を見開き、両手を握り締めていた。キュウの耳に届く音は、リースロッテが本気でショックを受けているのが分かった。




 アイスを購入したキュウとリースロッテは、広場のベンチに腰掛けている。バニラが売り切れだったのでメープル、チョコ、キャラメルの三段重ねアイスを食べているリースロッテの横で、キュウは抹茶アイスを食べていた。


「それで、キュウはフォルに言うの?」

「え?」

「地元の知り合い」


 リースロッテは三段重ねアイスを落とさないようにペロペロと食べつつ、キュウの同郷の女性二人が、天空の国フォルテピアノで暮らしていたことを主人に報告するかどうかを尋ねてきた。


 キュウは迷いを感じたので、手に持った抹茶アイスに齧り付いて時間を稼ぐ。口の中が冷たくて痛いくらいだった。しかし口の中のアイスが溶けて消えていく頃には、キュウの心は決まっていた。


「天空の国フォルテピアノの住人を管理しているのは、エンさんとラナリアさんです。私から言うことは何もありません」


 己が成功したのだから、同郷の者へ少しばかりの支援をするべきという考えもあるだろう。今のキュウが一言でも知り合いだから気に掛けて欲しいと言えば、狐人族の女性二人は一生の安泰が約束されるに違いない。それだけ主人の従者やエルフ、元奴隷の住民たちは気遣ってくれる。


 けれどそんなことはしない。だってキュウは別に成功した訳ではない。単に主人という絶対者に気に入って貰えただけだ。


 キュウが自分で得たものなんて、冒険者の友人フィーナと多少の【料理】スキルのレシピくらいなもの。


 そこは勘違いしていない。キュウの功績は、二人の人間の一生を左右できるほど大きなものではないのだ。


「私は、“キュウ”です」

「キュウはキュウ。【解析】にも出る。頭おかしくなったか?」

「い、いえ、そうではありません!」


 “キュウ”が産まれたのは、主人と出会った日だ。それまでの少女は、今の“キュウ”とはまったく比較にならない人間だった。


 だった、はずだ。




 ◇




「おい、どうしたリース」


 フォルティシモは【拠点】の屋敷でリースロッテに腕を引っ張られていた。夕食と夕食の後の雑談も終わり、あとは寝るまで思い思いに過ごす時間。


 内政から外交まで天空の国フォルテピアノのほとんどを任せているエンシェント、飛ぶ鳥を落とす勢いな鍵盤商会を動かす二十四時間戦えるダアト、それを抑えて従業員たちから頼られ従魔たちの面倒まで見るキャロル、フォルティシモの無茶振りに笑っているのか泣いているのか分からないラナリア、忙しい従者たちは夜中も仕事をするのか出掛けて行った。


 今ではたとえ【拠点】の風呂でも一人にさせるつもりはないキュウは、今頃セフェールと一緒に課金アイテムの温泉を楽しんでいるだろう。


 リースロッテが廊下で立ち止まったので、フォルティシモも足を止める。くるりと振り返ったリースロッテの表情は、いつものように無表情だった。


「昼間、狐人族を見掛けた」

「狐人族………」

「そう」

「同じ種族だからって、全員が一つの場所に固まってるとは限らないだろ。って言うなら、わざわざキュウが風呂入っている間に引っ張ったりしないか」

「地元の知り合い」


 キュウの故郷、狐人族の里。そこの元住人。


 ただでさえ祖父、近衛天翔王光のことで落ち着けない毎日を過ごしているフォルティシモだったが、この事実は見過ごせない。


「調べるか」


 フォルティシモは早速、つい先ほど忙しくて夜も仕事をしていると思った従者を呼び出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] キュウが偉いってだけの話に終わらず伏線?にもするとは…こやつできる… ここまでくるともう何もかも伏線に見えてしまう…… [一言] 毎回の8時3分更新も伏線なんでしょうか……?
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