第二百三十九話 より強く
ダークグレーのスーツで身を包んだ紳士クレシェンドは、カリオンドル皇国の首都を見渡せる高い山の山頂を歩いていた。
カリオンドル皇国の首都は、山や谷に隣接する場所に置かれている。首都の中である程度の食糧生産が可能な広さを維持し、防衛も可能とするような要塞都市。建国当初から戦うために作られた都市である。
クレシェンドは山頂の岩の上からカリオンドル皇国の首都を見下ろすデーモンの女性を見上げた。彼女はカリオンドル皇国の大使館に現れ、キュウのゴーレムを使い情報収集を行い、第二皇女ルナーリスを連れ出して彼女を覚醒させた、デーモンの女武者プレストである。
「某に文句でも言いに来たか?」
「そうなりますね。勝手な行動は控えて貰いましょう」
「目的はすべて達成できたはず。あとのことは、某の自由だ」
「第二皇女ルナーリスに同情でもしましたか? 何せ彼女はあなたと似ている。共感し同情するのも無理はありません。構いませんよ。あれはもう用済みです。自由にすると良いでしょう」
デーモンの女武者プレストは岩の上で立ち上がり、腰の刀に手を掛けた。その瞳はクレシェンドを睨み付けている。
「ディアナは、想いを遂げられなかった」
プレストは竜神ディアナについて口にした。その表情には誰が見ても明らかな悲哀が浮かんでいる。それだけでプレストがディアナに肩入れしていたのが分かるというものだ。
そんなプレストに対して、クレシェンドは表情に慈愛の笑みを浮かべていたが、心の中は凍てついていた。
「残念なことです。あなたと竜神ディアナの契約、いえ約束は叶わなかった」
「天空の王フォルティシモ、あれは何かおかしい。強さの限界値そのものが違う。某たちの知るシステムよりも、遙かに進んだ世界から来たとしか思えない」
「………それは私も感じていました。チートツールでさえ敵わない。彼は、余りにも強すぎる。神戯の常識を覆してしまうほどに。まるで遙か先のアップデート、未来から来ているようです」
「天空の王に神の試練を、大氾濫を越えさせるべきではない。あれが大氾濫を越えたら、何が起きるか予想がつかない」
プレストの言葉は真剣そのものであり、その言葉には何よりも警戒が混じっていた。フォルティシモとチートツールを使ったカリオンドル皇帝の戦い、竜神を圧倒、そして世界を蹂躙する太陽を召喚した力、それらを見たら仕方のないことだろう。
クレシェンドもあそこまでとは予想していなかった。けれど負ける、とは思っていない。クレシェンドには余裕があった。
「“到達者”のこともあります。大氾濫までは同盟とまでは言わずとも、敵対はしないでおくべきでしょう」
「天空の王が“到達者”ではないのか? そうと言われても納得できる力だ」
「ははは、有り得ません。見れば分かります。彼は“到達者”ではありません」
フォルティシモは“到達者”ではない。それはフォルティシモを見れば誰でも一目で分かる。だからクレシェンドは、フォルティシモを利用しようと動いていたのだ。
「だが、天空の王が“到達者”以上の可能性はないのか?」
しかしここで、プレストに提示された新しい可能性に押し黙る。
「………有り得ない、とは言えません。“到達者”が神の試練であれば、それを越えられる神戯参加者がいる、可能性はあります」
「某の見立てを伝える。最も警戒し倒すべきなのは、大氾濫でも、“到達者”でもない、―――天空の王フォルティシモだ」
プレストが腰から刀を抜き、クレシェンドへ突き付ける。
「千年の悲願、某たちに失敗は許されない」
プレストの瞳には、クレシェンドにも負けず劣らずの憎悪が燃えていた。視線はクレシェンドから外さない。
そんなプレストの様子を見たクレシェンドは、わざとらしい溜息を吐いてみせた。
「試練が終わるまでは、彼と敵対したくはなかったのですが」
「今回手に入れたもので、何を恐れることがある?」
クレシェンドは情報ウィンドウを表示させる。そのログには恐るべき内容が記載されていた。
> 機能【レベル変更】を学習しました
> 機能【無限アイテム】を学習しました
> 機能【HP固定】を学習しました
> 機能【座標移動】を学習しました
> 機能【オブジェクト配置】を学習しました
> 権能【伝説再現】を学習しました
> 権能【領域制御】を学習しました
「では、お客様には退場して頂きましょうか」
クレシェンド
賤民神 Lv9998




