第二百三十一話 魔王神の神威 後編
カリオンドル皇国の首都で、父親から拷問を受けた傷を晒したままの第一皇女は大声をあげていた。
「はは、ははは! これは神罰よ! 竜神ディアナ様からの神罰なのよ!」
空から降ってくるドラゴンたちが、次々と首都に住む亜人族たちへ襲い掛かる。カリオンドル皇国の兵士たちは、地下牢に囚われていた皇族たちを助けだそうとするのだが、それが達成されることはない。いくら精強な兵士でも、自分たちよりも強く数の多いドラゴンから人々を守り切ることなどできないからだ。
「終わり、終わりよ。大陸は終わるの!」
第一皇女の瞳からは涙が流れていた。その涙の意味は、数ヶ月にも及ぶ拷問によって分からなくなっている。
ドラゴンの一匹が第一皇女の目の前に降り立ち、その口を開いた。第一皇女がドラゴンの牙で噛み砕かれる様子を幻視する。
「お逃げ下さい!」
兵士たちから声が掛かるけれど、第一皇女は動かなかった。
「これで終わり、それが竜神ディアナ様の意思、ははは、は、は、いや、死にたく、ない!」
ドラゴンの口が第一皇女へ迫った瞬間。
ドラゴンが消え去った。水面に映る虚像のように、第一皇女を殺そうとしたドラゴンはあっという間に消滅した。
その様子を見た第一皇女は驚きの余り腰を抜かして地面に座り込む。そして今目の前で起こった現象が何なのか、誰かに説明を求めようとして、その光景をハッキリと見た。
カリオンドル皇国の首都へ襲い掛かる、竜神ディアナの神罰であるはずだったドラゴンたちが。
次々に光の粒子になって消えていく光景を。
「何、が、起きているの?」
それがカリオンドル皇国が戦争を仕掛けた天空の国フォルテピアノの、天空の王フォルティシモによる魔術攻撃の一つだと知るのは、このすぐ後だ。
空にはカリオンドル皇国の首都を照らす太陽が輝いていた。
◇
「退避! 陣地へ戻れ!」
アクロシア王国の東にある連合軍の陣地には、エンシェントが一定範囲に【結界】スキルによる時限の安全地帯を作り出していた。
「さすがはエンシェント様です。この結界の中にいれば安全どころか、怪我まで治癒するとは。これぞ大魔術、いえ、戦争の趨勢を左右する戦略魔術と言えましょう!」
エンシェントは【結界】の中に一定時間ごとに【治癒】の効果を発動するスキルも重ねていた。これによって陣地の軍隊は結界内へ戻りさえすれば、生死の境を彷徨っていた者もたちまち健康体へ戻る。
大量のドラゴンに囲まれて絶望に包まれていたはずの陣地は、むしろエンシェントさえいればいくらでも戦えるのだと、これで大陸を救えるのだと戦意を漲らせていた。
「主の作った術だ」
「なるほど。まさに魔術の王、魔王と呼ばれるに相応しい御方であります」
兵士たちに持ち上げられても表情を動かさないエンシェントの心情は、キュウやラナリアでさえも悟ることができなかっただろう。彼女は心から安堵をしていて、気持ちが非常に落ち着いていた。
その理由は先ほど通信が回復し、フォルティシモとの連絡が取れたからに他ならない。
「その魔王から勅命が下った。ドラゴンを一掃する。一旦、部隊を結界内へ下がらせろ」
そして部隊が退いたその瞬間を狙ったかのように、魔王からの破壊がもたらされる。連合軍を囲んでいたドラゴンの群れは、空に太陽が現れるのと同時に消え去った。
◇
大陸東部同盟との戦争に参加した天空の国フォルテピアノのエルフ部隊は、このドラゴンの災害において最も奮戦した部隊だっただろう。
エルフたちはエルディンの歴史と現在において、ドラゴンによって故郷を焼かれた経験を持つ。だから現れた無数のドラゴンに対して、徹底的な抗戦を始めたのだ。
もちろんそれは、フォルティシモへ直接襲い掛かったような一〇〇〇〇を超えるレベルを持つドラゴンがいなかったため、偶然にも達成された善戦だった。
それでもエルフたちは数百にも上るドラゴンたちを屠り、大陸の歴史に残る戦果を叩き出したと言って良い。しかし一人、また一人と疲労や魔力切れ、もしくは怪我によって戦線を離脱していく。エルフの指揮官は全員に撤退を命令をするべきと思った。
その瞬間だ。
天空の王フォルティシモの魔力が戦場を駆け抜けた。それは空に膨大な魔力の塊となって顕現する。
魔力が駆け巡る速度は正しく光。何千匹というドラゴンを一匹さえも逃さず蹂躙していく。
数分の後、エルフたちは雄叫びを上げていた。
かつて己たちを貶めた偽りの王など、なんと矮小なものか。これこそが新しきエルディンを支配する王、否、自分たちの信仰する神の力―――最強の力に歓喜したのだ。
◇
鍵盤商会には、早々に救援が姿を現していた。従業員たちからは若干畏怖されている会長ダアトと、逆に慕われ過ぎているキャロルが、大陸東部同盟との戦争中であるにも関わらず、鍵盤商会を守るために戻って来てくれた。
従業員たちの歓迎は凄まじいものだったけれど、ダアトとキャロルの顔色は優れない。
アクロシア王都に現れたドラゴンは、ミラードラゴンやミラージュドラゴン、レベル一〇〇〇〇を超えるレイドボスモンスターだったからだ。
十匹程度であれば、戦闘特化クラスではないダアトとキャロルでも打倒できる策はある。だがその数が百となれば、倒せるはずもなくなってしまう。
それでも様々なアイテムや従魔を駆使し、鍵盤商会と共にアクロシア王都で戦う。
「エンさんでもアルでも、どっちでも良いから早く来て下さいよ!」
「セフェさん、かなりの死人と怪我人が出てやがるんで、来て貰っていーですか?」
レイドボスモンスター以外にもドラゴンの数が多すぎて、ダアトとキャロルがいても守り切れない。従者の中では最高のステータスを持つアルティマも他の場所で戦っているけれど、ドラゴンは倒しても倒しても減らないため、移動することができずにいる。
大陸の状況は、アクロシア王都がまだ良いと思えるほどに逼迫していた。
『ダア、キャロ、よくやった。後は任せろ』
通信が途絶していたフォルティシモから言葉が掛かる。ダアトとキャロルはお互いに顔を合わせて笑みを浮かべた。
二人を産みだした創造主フォルティシモは大勢から嫌われていて、フォルティシモの従者だからと難癖を付けられたりNPKされたことは数知れない。フォルティシモの人付き合いの下手さはそれに輪をかけていて、従者たちは創造主の人間関係をまったく信用していなかった。
けれどもダアトもキャロルも、絶対に信頼していることが二つある。
『【解析】【転移】制天・太陽・光鉾』
フォルティシモは従者を絶対に見捨てない。そして、フォルティシモは最強であることだ。
『蘇生と治癒も必要だったか。【解析】【転移】蘇生、【解析】【転移】最大・回復』
◇
フィーナはキュウから貰った杖を握り締めた。この杖はキュウから渡されたものだけれど、誰が作ったものかは明白だ。友人のキュウは彼にとても愛されているけれど、キュウが天空の国フォルテピアノの資源を勝手に使うことは有り得ない。
だからこの杖は、フォルティシモがフィーナのために用意してくれた杖だ。フィーナはこの杖を握り締めることで、どんな逆境でも冷静にいられると思えた。
冒険者パーティ<青翼の弓とオモダカ>が無数のドラゴンに襲われて、六人と六匹のパーティメンバーをたった一人の回復役で支え続けたフィーナだったが、ドラゴンの牙はフィーナに届いてしまった。
「「フィーナ!」」
クラスアップした幼馴染みの剣士サリスと魔術師ノーラは、フィーナがドラゴンの顎に噛まれ、左肩から先を失ったのを見て顔面を蒼白にさせていた。
フィーナは大丈夫だから油断せずに戦闘を続けてくれ、と言おうとして、口の中から大量の血液を吐き出した。
パーティーリーダーであるカイルにも動揺が走り、何とか均衡を保っていた戦況は一気に傾いてしまう。このままでは<青翼の弓とオモダカ>はドラゴンに食い散らかされて全滅する。
フィーナは、そんなことは有り得ないと思ってしまった。
それは戦場に空に彼の魔力を感じたからに他ならない。
フィーナの目の前で、ドラゴンが消滅した。
先ほどまでは死ぬほど痛かったフィーナの左腕は、今は何事もなかったかのように綺麗なままだった。いや着ていた衣服が破けていたので、何事もなかったというのは語弊がある。フィーナの左腕はたしかにドラゴンに喰われてしまったのに、今は元へ戻っている。
フィーナは理解した。証拠は何もない。けれどフィーナは心のどこかで理解したのだ。
「フォルティシモさんっ!」
最強の彼が大陸を救ってくれると。




