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第二十三話 エルディン戦役後 前編

 空の上でキュウを抱きかかえ、フォルティシモ的に格好付けたところで、やらなければならないことはある。それは殴って気絶させたギルドマスターの解放で、宿の近くに天烏を降ろし、すっかり人気の無くなった宿へ戻っていく。


識域(エクステンソ)解放(リベラシオン)


 スキルを使うと縛られていたギルドマスターは苦笑いを見せた。


「こいつは助かったってことでいいのか?」

「【隷従】を使って、この国を乗っ取ろうとしてた奴は俺が殺した」

「そうか。っと、縄を解いて貰っていいか? 何でできてるか知らねぇが、ビクともしねぇ」


 情報ウィンドウからアイテムの効果を解除すると、縄はひとりでに消滅した。


「常識が壊れそうだぜ」


 ギルドマスターは立ち上がって身体をほぐした。


「助かった。礼を言う」

「他の奴にも頼まれたし、奴はキュウに手を出そうとした、俺の敵だ」

「国政もギルドも混乱しちまうだろうが、俺の出来る範囲で可能な限りの謝礼を用意しよう」

「あっさり信じて良いのか? 俺がエルディンに寝返ったかも知れないだろ」

「寝返ったなら【隷従】から解放する意味はないだろう。それとお前の後ろで、俺が【爆魔術】でメチャクチャにした部屋を掃除してる女の子を前に、同じことが言えるか?」


 フォルティシモの背後ではキュウが壊れた家具などを掃除していた。そもそもやったのはギルドマスターだし、掃除の役目は宿の従業員がすると思うが、国中が混乱している状況で代わりの宿を探すのも難しいので、せめて邪魔な残骸だけ掃除しようとキュウが言い出したのだ。


 フォルティシモはそれに関しては何も言わずに続ける。


「謝礼に関しては俺が欲しいものを用意して貰ったから不要だ」

「お前に強さ以外に欲しいものなんかあったのか? ああ、強敵か?」

「敵なんか要るか」


 敵が欲しいというのは最強になりたいという感情の真逆の願いではないだろうか。


「いや、一つ頼まれて欲しいことがあったな」

「なんだ? なんでも言ってくれ」

「カイルという冒険者の仲間………………そう、仲間を探してくれと頼まれたんだ。見つかったら連絡が欲しい」

「カイル? お前の知り合いなのか? すまんが、冒険者全員の顔と名前まで覚えていない。そいつとそいつの仲間の特徴を教えてくれ」


 覚えてないので察して欲しかった。


「ご主人様、デニスさんとエイダさんを探していたんですか?」

「そう、そいつらだ」

「ご主人様? そういう関係なのか?」

「キュウは俺のものだから良いんだ。キュウ、その二人の特徴をギルドマスターに伝えてくれ」

「はい。あの、エイダさんなら王宮にいらっしゃいましたけど」

「………キュウ、その二人の特徴をギルドマスターに伝えてくれ」

「はい」


 キュウの話を聞いたギルドマスターはまた後日に礼をしたいと言い残して宿を後にした。さらにギルドマスターは宿の店主に話を付けてくれたらしく、フォルティシモとキュウは別の部屋に移るように言われた。


 元の部屋の荷物はアクロシアから逃げ出すつもりでフォルティシモのインベントリに収納してしまったので、キュウの生活用品だけ新しい部屋の中に並べた。


「キュウ、片付け手伝ってやりたいんだが、俺は奴隷商の所に用事がある」

「はい、お戻りはいつ頃でしょうか?」

「一時間も掛からない」




 奴隷商への用事は更に奴隷を増やそうと考えたのではなく、【隷従】について確認をしておこうと考えたからだ。答え合わせ以上の意味を持たない行為ではあるのだが、今後フォルティシモ自身がどこかで同じことをやる場合に備えて、仕様を理解しておく必要がある。


 あれだけのことがあったというのに、奴隷商は涼しい顔をして「いらっしゃいませ」とフォルティシモを出迎えた。


「お客様ですか。私は犯人ではございませんよ」

「敵は俺が消した」

「ほう」


 これには奴隷商も驚いた顔をした。


「【隷従】について聞きたい、情報料は出す」

「とおっしゃいましても、以前にご説明した以上のことはございませんが」


 以前は質問できるほど、この世界の仕様を理解をしていなかった。


「まず一つ目、【隷従】で奴隷にできる限界人数は何人だ」

「私共の調査結果では八名になります」


 ゲーム時代の限界人数と同じだ。ただし違う点は、動かせる人数だ。従者システムでは、【近衛】とされる主人への補正が掛かる従者が一人、【稼働中】という設定で素材集めや店番を頼める一人一ヶ月九千八百ポイントで最大七枠まで増やせる従者が七人の、合計八人までしか命令を与えることができなかった。


 残りは【待機中】となり、情報ウィンドウに名前は出てくるものの、その存在はどこにも居なかった。しかしこの世界では【隷従】を掛けた人間は存在しており、そのまま命令することができる。主人への補正が掛かるのは相変わらず一人だけなので、フォルティシモの強さへの影響はないが、別の目標への意味は大きい。


「二つ目。【隷従】のスキル獲得条件はなんだ?」

「既に【隷従】を獲得している者から、継承を受けることになります。スキルの獲得がご希望で?」

「いや俺は持ってる」


 これは従魔システムが実装された際のスキル獲得イベントと一致する。イベントはモンスターを調教して戦闘させている猟師が、一子相伝の技を才能を認めたプレイヤーに伝授するという有りがちなものだった。


「この店、新しいな。奴隷売買が盛んになったのは七、八年前か?」

「お若いのによくご存知ですね。その頃になります」


 これで両手槍の男の我慢強さが分かった。その頃に王か貴族か知らないが、法律を作れる者に【隷従】を掛け、奴隷の使用を推奨させる。国民の多くが【隷従】を使える状態にしてから、ねずみ算作戦を仕掛けたのだ。フォルティシモには出来そうもない。


「最後にアドバイスだ。おそらく奴隷売買は禁止されるぞ。【隷従】も使ったり継承したら罪になるかもな」

「ふむ」

「これは情報料だ」


 フォルティシモはインベントリから適当な額を袋に詰めて、奴隷商の座っている机の上に置き店を後にした。

 ねずみ算作戦はなかなか良い作戦だったので、もっと詳細を詰めてみようと思う。




 ◇




 キュウは主人と一緒に夕食を食べて、ようやく部屋で落ち着くことができた。今日は戦ったり激しい動きをしたわけではないのに、緊張からか冒険に出掛けた時以上の疲労感を感じていた。今は主人と向き合って座っていて、正面からじっと見つめられると、なんだか恥ずかしい気持ちが沸いてくる。


「キュウ、ずっとお前に言おうと思っていたことを遠慮せずに言う」

「はい」


 ラナリアを手に入れたからキュウが不要になった、なんて言葉が一瞬頭を過ぎったものの、主人はそういうことをする人ではないと考えて頭から振り払った。代わりに主人が助けに来てくれて抱きしめられた時と、抱き上げられて大空を舞った時の感触が思い出されて顔が熱くなる。


「尻尾をモフらせてくれ」

「………あの」

「嫌か?」

「ご主人様の望むことが私の望むこと、なのですが」

「嫌なら、まあ今日は断ってもいいぞ」


 主人の「今日は」という言葉に絶対に断れない意思を感じ取るが、キュウが言いたいのはそうではない。


「モフらせる、って何でしょうか? 私にできますか?」


 主人の話す言葉はキュウの知らない単語も多く、必要ならその場で聞くようにしているものの、この「モフらせる」は初めて聞いた。雰囲気から主人に抱かれるような意味なのかと思ったが、それだと尻尾の指定が意味不明になる。


「………要約するとだな」

「はい」

「尻尾を触らせてくれ、って意味だ」

「はい」

「………」

「………」


 主人が無言になったのでキュウも無言になった。


「駄目か?」

「え? それだけ、ですか?」

「まあそれだけだな。嫌だったりしないか?」


 もちろんキュウだって見ず知らずの他人に尻尾を触られるのは嫌でも、相手がこの主人ならば触られても嫌だなんて考えない。なんで尻尾を触りたいのかは分からないが、主人が触りたいというのであれば嫌ではない。


「嫌だなんてありえません。えっと、どうぞ?」


 キュウは少し身体を捻って尻尾を前に出した。別に尻尾を触ることに特別な意味はないし、尻尾は腕や足と同様に身体の一部でしかない。頭を撫でられたりするのと同じだ。それなのに主人に触られると思うと何か緊張してしまう。少し奮発して買ったブラシで梳かしておけば良かった。


「どれどれ」

「ひゃうっ」


 ぎゅっと握られるのかと思っていたら、主人は優しく撫でるように触っているので、くすぐったくて驚いてしまった。


「おおー」


 その後も主人は触り続ける。優しく毛並みを楽しむような手つきを繰り返されて、キュウは何が何だが分からなくなっていた。


「いい手触りだな」

「あ、ありがとうございます」


 手入れを欠かさなかった尻尾を褒められることは嬉しいので、照れ笑いを浮かべた。明日からはもっと気合いを入れて手入れをしようと心に誓う。


「今度、俺にもブラシを掛けさせてくれ」

「ご主人様にそのようなことをさせられませんっ」


 主人は残念そうに「そうか」とだけ呟き手を放した。今まで主人に触られていた尻尾が温もりを失ったように感じる。

 だから口から零れてしまった。


「どうしてラナリアさんを、奴隷にしたのでしょうか?」


 口にしてから自分が何を言ったのか気付き、焦って今の言葉を訂正しようと決めた時には、主人の答えが返ってきた。


「勢い」

「勢い、ですか?」

「後から考えれば色々理由は思いつくが、あの場じゃ勢いで決めた」


 主人くらいの人ならば奴隷を何人も持つのが当然なので、奴隷を増やしたことは驚かないが、一国の王女を奴隷にしたことは主人のイメージと重ならない。とてつもない強さを持っているものの、主人は目立つような行動は極力避けていたし、慎重で熟慮してから結論を出すように見えた。


「最初に話しただろ。ハーレム作るって」

「はい」


 もちろん覚えているが、キュウはハーレムに入れなんて言われていない。なんだか凄く落ち込んだ。


「キュウ、もしラナリアが居るから捨てられるかも知れないって悩んでるなら、悩む必要はないぞ。俺は従者を捨てたことがない」


 その落ち込みが顔に出てしまったのか、少し勘違いさせてしまったようだが主人の心遣いが嬉しい。


「………はい、ありがとうございます」

「あー、それからな、容姿のことで悩んでるなら、あれだ」


 主人は目を逸らした。


「そりゃ客観的に見たらラナリアは美人だし王女だから優れてるんだろう。だが、俺は、キュウのが可愛いと思うし好きだ」


 頭が真っ白になるというのは、こういうことなんだろうと思った。


 主人から容姿について褒めて貰ったのだから、奴隷としては先ほどと同じように「ありがとうございます」と言うだけのはずなのに、何も言葉が出てこない。

 きっと生まれて初めて異性から可愛いなんて言われたからだ。その日、主人と同じ部屋で寝ていると思うとなんだか眠れず、翌日は寝過ごしてしまった。


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