第二百二十六話 女神邂逅
「ご主人様、何とか白竜を、第二皇女様を殺さずに治めることはできないでしょうか?」
フォルティシモの腕の中に居るキュウがそんなことを言った。
「その、あの白竜を、第二皇女様を殺したら、いけないような気がするんです」
大国カリオンドル皇国の皇女をフォルティシモが自ら殺したら大陸で問題になる、なんて話ではない。
「マリアステラ様は、第二皇女様を倒すために現れました。それは、第二皇女様の存在がマリアステラ様にとって不都合だからに違いありません」
それはフォルティシモも考えた事柄だった。キュウを狙ったという事実さえなかったら、この白竜は生かして何としてもすべての情報を引き出そうと思ったに違いない。
フォルティシモが白竜を殺したいのは感情で、命だけは残して制圧するべきだと言うのは残された僅かな理性とキュウの言葉だった。
「たぶん第二皇女様は、二人の初代皇妃、女神様たちの記憶を持っています。だから、ご主人様は第二皇女様と話されるべきではないかと。それに、この状況は、誰かが、ご主人様やマリアステラ様を、第二皇女様と戦わせようとしているのではないでしょうか?」
キュウは出会った頃から、ずっとフォルティシモの頼みを聞いて忠言をしてくれている。そんなキュウの気持ちを無視することなど、フォルティシモにはできはしない。
キュウを取り戻して、抱き締めて、ちょっとだけ尻尾を触って、フォルティシモは冷静さを取り戻した。
「キュウの言うことも一理あるな」
「そうだよね。さすがキュウ」
フォルティシモはちょっとだけのつもりだったけれど、心配させた罰として少し乱暴にキュウの尻尾の感触を楽しむ。
キュウの尻尾を遠慮無く楽しむことに気を取られて、続く言葉へ返答してしまっていた。天烏の上には、フォルティシモとキュウ以外の人物は居ないはずにも関わらずだ。
「魔王様、竜神はこの世界でも法則を無視して、MPSPを消費せずに大威力の攻撃をしてくるよ。どんな世界でもさらっと物理法則、特にエネルギー保存の法則を無視するから、それ自体が権能とも言えるね」
「なるほどな。だがMPSPが無限大くらいなら問題ない」
「それから獅子神は、身体強化以外にもこの世界の生物を操れる権能を持ってる。魔物もNPCもね。例外は既に誰かの支配下に入っている者だけだよ。だからキュウは操られたりしない。安心した?」
「良い情報だ。もしキュウが操られるなら、俺は何としても奴を消滅させただろうな」
「それからチートツールを受け継いでる。ツールを使うだけだから、やれることは限られてるけど、HPが減らないとかアイテムが減らないとかはやってくるよ。それにあれだけのドラゴンを召喚するってチートは私も聞いたことがないけど、魔王様なら知ってるかな」
「チートか、苛立つな。仕事しろ、運営」
「魔王様があいつを倒す際の問題は、あいつは初代皇帝から脈々と続いてきたカリオンドル皇国の信仰心のすべてを発現したってところだね。主催者である私が断言するよ。竜神ディアナ・ルナーリスはこの神戯で最大の、それも膨大なFPを保持している。何せ初代皇帝と二人の初代皇妃が信仰されたそれを受け継いだんだから。FPは死んでたって貯まるからね」
「………………おい、待て」
フォルティシモは白竜へ向けていた視線を外し、代わりにキュウの横に座っている少女を凝視した。
虹色の瞳を持つ少女、女神マリアステラがフォルティシモの天烏の上に乗っている。キュウも驚いたらしく、横を見て目を丸くしていた。
数瞬前まで、天烏の上にはフォルティシモとキュウしか居なかったはずだ。
フォルティシモは魔王剣を振るった。
本気で、PKするつもりで振るったため、マリアステラの身体が大きく切り裂かれた。
「あれ? せっかくだから魔王様ともキュウとももっと話したかったのに。魔王様なら、私を生かしておいて情報を収集しようとすると思ったけど、そんなにキュウが大切なんだね」
「キュウを攫った誘拐犯が」
「攫った? 誤解があるよ。私、ちゃんと声を掛けて、玄関から入って、キュウの手を引いてお出掛けしたし」
マリアステラは半身を切り裂かれながらも、まったく痛みを感じている様子はなかった。それどころか血が出ていたり、フォルティシモが切り裂いた箇所から内臓や骨が見えることもない。
それはまるで、VRMMOファーアースオンラインでプレイヤーを真っ二つにした時のエフェクトと同じだった。
「それじゃあキュウ、今回の裁定はキュウに任せるよ。キュウが魔王様を呼び寄せたんだから、キュウが責任を持って対処しておいてね。ああ、もちろん、私がやって良いなら遠慮なく言って。私とキュウの遊戯と、魔王様の邪魔をしたんだから、容赦しないからさ」
マリアステラの身体は、ファーアースオンラインのプレイヤーがセーブポイントへ戻る時のエフェクトを発して消えた。これを見て、フォルティシモがマリアステラを倒したと思えるはずがない。
フォルティシモは異世界ファーアースを現実だと思っていた。これはかなり早い段階でそう思っていて、今までここに生きる人々は本物の人間で、転移してきたプレイヤーも人間で、神戯参加者もあくまでも人間だと考えていた。
だがマリアステラは、異世界ファーアースをゲームのようにプレイしている。彼女をとりまく法則はファーアースオンラインの法則。死んだところでセーブポイントへ戻るだけ。気が向かなければログインしなければ良い。毎日ログインする義務もないし、真面目にプレイする義理もない。
遊戯は楽しめなければ価値がないとでも言うように。
「ご主人様………」
キュウの不安そうな声が聞こえて来て、何か言葉を掛けようとしたところで、それを邪魔する光が迫ってきた。光は白竜の攻撃であり、フォルティシモの【障壁】に阻まれて散っていく。
第二皇女ルナーリスだという白竜と戦闘中だと思い直し、マリアステラのことは隅へ置いた。今の常識でマリアステラと戦ったとしても、決してマリアステラを打倒できない。何度倒してもセーブポイントへ戻るだけ、セーブポイントでリスキル(復活直後を狙って殺すマナー違反行為)してもログアウトされて終わりだ。
「とにかく、まずはこいつらだな」
白竜の周囲には、数百、数千のドラゴンたちが集まって来ていた。フォルティシモは取り巻きドラゴンを埃でも払うかのように吹き飛ばす。




