第二百二十五話 救出
『おい聞いているのか、主』
「聞いてない。キュウを取り戻したらいくらでも聞いてやる」
チートツールを使ったカリオンドル皇帝を追い掛けて来た蠅人間は、フォルティシモの想像以上のHPを持っていて、倒しきるのに少々の時間が掛かってしまった。
見逃したカリオンドル皇帝は後で追い詰めてチートツールの出所を吐かせるとして、今は何よりもマリアステラに連れ去られたと言うキュウだった。
フォルティシモは天烏にありったけのバフを乗せ、移動速度上昇ボーナスの課金アイテムを口の中へ突っ込み、死ぬ気で飛べと叫びながら空を駆ける。フォルティシモの行く手を邪魔するモンスター、中でもドラゴンがやけに多かったものの、フォルティシモはそのすべてを薙ぎ払う。
見覚えのない真っ黒な隼に乗ったキュウと、少女の姿を見つけた。少女の容姿はキュウから聞いていたマリアステラのもので、一瞬にして頭に血が昇る。
ここでマリアステラを倒すためにフォルティシモのスキルを放ったら、キュウも巻き込んでしまう。それだけで、マリアステラはキュウを人間の盾として利用している極悪神に決定した。
「天烏、体当たりしろ!」
フォルティシモは天烏にマッハの速度で体当たりを命令し、自分は天烏と黒い隼がぶつかる前に、キュウを救出するつもりだった。高速移動からの体当たり攻撃で天烏にも大ダメージが入るだろうが、知ったことではない。
天烏のマッハ突撃に対して、黒い隼は直角に曲がって回避した。完全に慣性を無視した移動。これに驚いたのはフォルティシモだけではなく、天烏からも戸惑いが伝わって来る。
キュウが何かを叫んでいるが、内容は風の音で聞こえない。きっと助けてくれとか言ってるだろうと思うのだが、何か様子がおかしい。
具体的に何がおかしいかと言うと、キュウは拘束されていないし、自分から黒い隼に掴まっているように見える。しかも叫び声が届かないと知ったのか、キュウはフォルティシモの方向を指差してマリアステラに何やら話し掛けていた。
黒い隼が鳴いたかと思うと、天烏の真横に張り付いた。マッハの世界なので話すのは難しいだろうが、お互いのジェスチャーは確認できる。そしてフォルティシモにキュウの声は聞こえないけれど、キュウはフォルティシモの声が聞こえるはず。
「キュウ! その女神に何かされたか!?」
キュウは首を振り、己が無事だと示しているのか両腕を振り回して見せた。それから後方を指差す。
怒髪天を衝いていたフォルティシモは目に入らなかったけれど、こちらを追い掛けてくる巨大な白竜がいた。
「なんだ、あんなレイドボス、見たことがないが」
白竜は気になるが、今のフォルティシモにとって重要なのは、マリアステラの魔の手からキュウを救い出すことだけ。こちらに向かって笑顔で手を振っているマリアステラを見ると、想像していたほど緊急事態ではない。何が何でもぶち殺すという気持ちは下火になってきたが、あの笑顔を張り倒してやるのは確定である。
それはあくまでこの時点の気持ちであり、直後にその考えを覆すことになる。
白竜のブレスが、キュウの乗る黒い隼へ襲い掛かったのだ。
「は?」
巨大な白き光が真っ直ぐに黒い隼を飲み込もうと迫る。
「元素・防御!」
フォルティシモが作り出した光の壁が白竜のブレスを押し止めた。それでも衝撃があるようで、黒い隼がよろめいてキュウが振り落とされそうになっている。
この瞬間、フォルティシモにとって最優先討伐目標が白竜へ変わった。こいつは最果ての黄金竜もヒヌマイトトンボもクレシェンドもアーサーもカリオンドル皇帝もマリアステラもやらなかった最悪の攻撃を放ったのだ。
キュウを殺しかねない攻撃を、フォルティシモの目の前で、放った。
フォルティシモは本気の怒りに飲まれた。極度の怒りに支配されたフォルティシモは、炎のように燃え上がらない。冷たい何かが全身を支配していた。両手槍の男ヴォーダンにキュウが陵辱されたと思った時と同じだ。
今すぐ白竜に向かって最強のフォルティシモによる最強スキルを叩き込んでやりたいが、白竜は最優先討伐目標であって、フォルティシモの最優先目的ではない。
とにかくキュウの安全確保だ。フォルティシモは情報ウィンドウを開き、超高速で新しいスキル設定を作成する。
「キュウ! 飛べ! 絶対に受け止めてやる!」
キュウはフォルティシモとマリアステラを見比べ、背後で追走している白竜を振り返ったが、意を決したように黒い隼の上で助走体勢を取った。
キュウが黒い隼から飛び立とうとするのを邪魔するかと思われたマリアステラは、邪魔をするどころか両手の人差し指を立ててそれを交互に動かしながらアドバイスをしているらしい。二匹の加速と慣性の法則を計算に入れて飛べと言っているのか、その角度は完璧な計算に基づいているようだった。加えて白竜の追撃による二匹の進路が予測されている。
フォルティシモがキュウを助けるために作成したスキル設定はその辺りも考慮してあり、キュウの安全は万全なのだけれど、マリアステラがキュウを助けるのは意外だった。あの白竜と比べて、ちょっとだけマリアステラを見直してやっても良い。
併走する天烏と黒い隼の間を、キュウが飛び出した。
フォルティシモはスキル設定を作成した時点で発動させている。今回は【重力魔術】の応用で、対象範囲にある物体を己の傍へ引き寄せる。重力とは引力と遠心力の総和であり、ファーアースオンラインではコード設定を最大限工夫すれば、どちらか一方だけを使うことも可能だ。
フォルティシモが発生させている引力にキュウの身体が引き寄せられる。
フォルティシモはゆっくりと近付いて来たキュウを抱き締めた。
「キュウっ」
「ご主人様!」
キュウの声と体温を感じて、フォルティシモの全身に安堵が広がった。
キュウも怖かったのか、フォルティシモを抱き締めたまま離れようとしない。
フォルティシモはキュウに恐怖を与えた対象、巨大な白竜を睨み付けた。キュウがフォルティシモの腕の中に戻った今、もはや何の憂いもない。最強のフォルティシモのすべてを用いて、あの白竜を討滅する。
「ご主人様、あの竜はカリオンドル皇国の第二皇女様で、マリアステラ様はレベル一で弱くて、世界中の人を殺そうとしていて!」
キュウもフォルティシモへ言葉をまくしたてていた。伝えたいことが沢山あるのに、それがまとめられていないらしい。
それでもキュウの伝えたい内容を把握しようと努める。
キュウを殺そうとした許せない白竜、それがフォルティシモに婚約を申し込んでいたカリオンドル皇国の第二皇女。竜人族だから耳や尻尾が固いとか、もふもふしていないとかの次元じゃない。人間に見えなかった。というかドラゴンそのものだ。
マリアステラのレベルが一。ここへ来るまでは、マリアステラと竜虎相搏の戦闘を繰り広げる覚悟をしていた。それなのに予想とはまったく違う事態だ。
フォルティシモは考えて結論した。
「大丈夫だ。あの白竜も、あれが召喚したドラゴンも、マリアステラも、まとめて倒せばそれで済む」




