第二百二十四話 竜神の神威 後編
カリオンドル皇国の首都。
数ヶ月前、誇り高き獅子人族の第一皇女は、父親に呼び出されて尋問を受けた。それから“竜神ディアナ”の祝福を持っているのだろうと、拷問される毎日だ。自分たちは初代皇帝と初代皇妃たちの血族なのだから、初代皇妃ディアナに祝福されて産まれてきたのだと誇りを持っていた。そんな誇りは一日目の拷問で投げ出し、自分は初代皇妃ディアナに愛されていない、見捨てられた皇族なのだ、だからこれ以上は痛くしないでくれと叫んでいた。
数ヶ月前から父であるカリオンドル皇帝が己の子供たちを拷問に掛け、“竜神ディアナ”の祝福を探していると噂になっていた。
拷問された後の第一皇女は、そのまま地下牢に放り込まれた。これまでの日常との落差に、心が死に掛けていて、エルフたちが連れて来られようと、大氾濫の英雄アーサーが運ばれて来ても、何の感情も浮かばなかった。
しかし、今は違う。
「ああ、ああああああ! ディアナ様!」
純白の竜神がカリオンドル皇城を崩していた。あの悪魔になってしまった父親、カリオンドル皇帝を、偉大なる初代皇妃ディアナが粛正に来てくれたのだ。
第一皇女はカリオンドル皇国の建国神話に語られてるお姿そのままの純白の竜神へ敬服した。
地下牢は純白の竜神の出現と共に崩れていて、第一皇女と共に囚われていた皇族たちも一斉に逃げ出している。彼彼女たちは全員が父カリオンドル皇帝から酷い拷問を受けていて、心と体に酷い傷を負っていた。そして逃げ出した皇族たちは、皆が純白の竜神を見上げている。
そんな純白の竜神に逆らう愚か者共がいた。信じられないことにカリオンドル皇国の軍隊だった。彼らを諫めようとしていたら、純白の竜神は何処かへ飛び去ってしまう。
純白の竜神に見捨てられた。第一皇女はカリオンドル皇国の軍隊を激しく罵った。
「なん、だ、あれ」
そんな中で、空が光った。
そして光の中から、カリオンドル皇国の首都を防衛している兵士たちを超える数のドラゴン型の魔物が現れる。
ドラゴンたちは、カリオンドル皇国の首都を滅ぼし、一人残らず殺すために降りていく。
第一皇女は言った。
「はは、ははは! これは神罰よ! 竜神ディアナ様からの神罰なのよ!」
カリオンドル皇国の人々は、第一皇女の言葉に恐怖を覚えた。
◇
アクロシア王国の東にある連合軍の陣地でも、混乱が始まっていた。フォルティシモが出立し、カリオンドル皇国の首都を救援する部隊を送り込んだため、その数は少なくなったものの、未だに万を超える兵士たちが滞在している。
彼らにはずっと余裕があったのだが、ここへ来てこの陣地にまで襲ってくるモンスターが現れた。彼らは総司令であるエンシェントを囲む。
「陣地を囲むようにドラゴンたちが出現しています! 大陸東部同盟の新たな攻撃でしょうか!?」
「見たこともないような強力な魔物が!」
「ドラゴンの数が多すぎます! どのようにしたら!?」
「ラナリア様たちがお戻りになりません!」
「我が祖国はどうなっているのでしょうか!?」
「どちらにしても対応だ。エルフを中心とした軍を前面に出して討伐する。レベルの低い者は全員下がらせて、支援魔術と補給を徹底させろ。ラナリアの動向は把握している。お前たちの祖国も同じように襲われているが、救援するためにこの場を切り抜けろ」
エンシェントは聖徳太子のように何人もの話に耳を傾けながら、全員に指示を出していく。そしてテントの中に誰もいなくなったのを確認してから通話を行った。
「主、応答しろ。私の声は聞こえているんだろう? これは本当に異常事態だ。このままだと、異世界ファーアースの人間が大勢死ぬぞ」
◇
「撤退しなさい! 危機的状況であれば、望郷の鍵の使用を許可します!」
天空の国フォルテピアノから派遣されたエルフの指揮官が大声で仲間たちへ指示を飛ばした。
この戦争は大陸東部同盟から一方的に仕掛けられた戦争だけれど、エルフたちの戦意はそれこそ天井知らずだと言えた。アクロシア大陸最古の国エルディンを、プレイヤーであるヴォーダンに貶められた彼らは、その地獄から救って今の地位まで高めてくれたフォルティシモへ大きな恩義を感じている。
魔物に襲われない安全な場所、他種族から干渉されない空の大陸、豊かな食事、レベル上げによるエルフたち全体の向上、様々なスキル習得によって開ける未来、大陸全体のエルフたちを守るかのようなエルフの重用、頼めばどんな植物でも出してくれる神の如き王。
エルフたちはただ毎日祈りを捧げたり祭りで祝うだけでは、この恩に報いられないと考えていたのだ。
そんな時に始まった天空の国フォルテピアノと大陸東部同盟の戦争は、絶好の好機だと言えた。
戦況は大方の予想通り、天空の国フォルテピアノの圧倒的優勢で進んでいた。エルフの中でもフォルティシモ王に信頼された者にしか配られない板状の魔法道具を持っていたエルフの指揮官は、戦況をリアルタイムで把握することができていた。
それが変わったのは、カリオンドル皇国の首都に謎の白竜が出現した瞬間からだ。
何か嫌な予感を覚えたエルフの指揮官は、部隊に何があっても対応できるよう指示を飛ばしていた。
その予感は当たる。
空の光から無数のドラゴンが出現した。魔物の中でもドラゴンは特に危険な種類であり、下手をすれば一匹で一国を滅ぼしてしまうほどに強大だ。最も弱いドラゴンでさえ、冒険者ギルドには討伐困難、強い軍事力を持つ国家の助けが必要だと言われている。
そんなドラゴンが何万匹と空を埋め尽くしていた。
◇
アクロシア王都にある鍵盤商会で、従業員たちが空を見上げていた。
大きな壁に囲まれ、魔物の脅威に怯えずに済むはずの大陸最大最強のアクロシア王国の王都。その上空に浮かんだ光の中から、数千ものドラゴンが出現した。多くの従業員が、強大な魔物に蹂躙される未来を幻視せずにはいられなかった。
それほどまでに魔物の、ドラゴンの数が多かった。数は力である。少なくとも、この大陸に住む人間たちにとって数というのは圧倒的な力の象徴で、だからこそ何百年にも渡り大陸を魔物に支配されていたのだ。
「落ち着きなさい!」
会長補佐というネームプレートを胸に付けた女性が従業員たちを窘める。ある理由から、鍵盤商会の正規従業員はほとんどが女性で、地位の高い者に限れば男性の姿はない。
そして鍵盤商会の正規従業員たちは、“もしも”の場合の訓練を受けて準備をしている。
会長補佐から一喝された従業員たちはそれぞれが武器を取り出したり、魔術の詠唱を始めた。すべては鍵盤商会という場所を守るために。
しかしそれが難しいことは理解していた。現れたドラゴンたちは、アクロシア王国を滅ぼせるほどに強大だったからだ。
◇
冒険者パーティ<青翼の弓とオモダカ>は、天空の国フォルテピアノと大陸東部同盟の争いを複雑な気持ちで見聞きしていた。
特にカイルとフィーナは、他のメンバー以上に彼らとの関わりが深くなってしまっていて、冒険者としての不文律を犯すべきか迷うまでに至っていたと言える。
その迷いは他でもない。自分たちは政治や国際情勢から独立している冒険者だが、大恩あるフォルティシモとキュウを助けるべきではないか。それでも危険を冒すことはできず、<青翼の弓とオモダカ>は戦争に直接は加担することなく、今まで通りに冒険者ギルドからの依頼をこなしていた。
大陸の東方面に用事のある依頼を受けたのは、後ろめたさからに過ぎない。
パーティ専用に購入した馬車で移動している途中、向かう先の東の空が魔物に埋め尽くされていた。
「か、カイル、空に」
「一体、何が起きてるんだ」
カイルたちはフォルティシモたちと出会ったことで強くなった。そのレベルは数ヶ月前では考えられないほどで、パーティメンバー六人とその従魔六匹で力を合わせれば、ドラゴンだって討伐できる。
「町が燃えてます! 助けに行きましょう!」
フィーナが誰よりも先に声を上げる。
「あ、ああ」
「どうやら、そんな余裕はなさそうよ」
空を飛ぶドラゴンたちは、見つけた人間へ手当たり次第に襲い掛かっていた。当然、その対象はカイルたちも含まれる。ドラゴンたちが空中からカイルたちを見掛けると、十匹近いドラゴンがカイルたちへ向かって急降下して来た。
一匹一匹がカイルたちが死力を尽くして戦って、勝てるかどうか。
◇
彼らはその日。
カリオンドル皇国の首都で。
連合軍の陣地で。
エルフたちの戦場で。
鍵盤商会で。
命を賭けた戦いの中で。
この神戯の舞台である異世界ファーアースで。
最強を、見る。




