第二百二十三話 竜神の神威 前編
一枚の絵画のように美しき白竜。キュウにも分かる。先ほどまでは生まれたての赤ん坊だったものが、大の大人にまで急成長した。マリアステラが言う通り、本物の竜神になったのだ。
空にはキュウ、マリアステラを乗せた影隼、白竜が存在していた。白竜の変化によって、わずかな沈黙が訪れる。
最初に動いたのは白竜だ。
キュウのそれとは比較にならない甚大な魔力となった真っ白なブレスが、何の遠慮もなく影隼を消し去ろうと迫る。先ほどまでとは威力も速度も段違いだったが、影隼は一瞬にして音速へ達する急加速によってそれを回避した。
しかし白竜はブレスを吐き出したまま、空を筆でなぞるかのように首を動かす。点攻撃が線攻撃になったものの、それでは三次元軌道が可能な影隼を捕らえられない。この影隼、最高速度こそ天烏に劣るものの、その自由自在な空中機動は目を見張るものがあった。キュウは振り落とされないように踏ん張るのが背一杯になってしまう。
白竜はただひたすらに影隼を、いやマリアステラを狙い続けている。そこでふとマリアステラの行動が気になった。彼女は自らの命を狙われているにも関わらず、まったく対応する様子を見せていない。
キュウの敬愛する主人みたいに強いから余裕があるのだろうと思っていた。
「マリアステラ様、そのマリアステラ様は、反撃、とかはしないのでしょうか?」
「反撃?」
「はい、殺されそうになっている、わけですし」
「いや、できないよ? 私攻撃力なんかないし、レベル一のノービスだし」
「………………………………………え?」
キュウはあっけらかんと言い放つマリアステラに対して、現状を忘れて呆けてしまった。マリアステラは大陸最大宗教の女神で、主人の【拠点】へ侵入し、神戯の主催者で、暴れる者に神罰を与えると言っていたのに。
よくよく考えてみると、マリアステラ自身が強い要素がどこにもなかった。
「あの、え? マリアステラ様ですよね?」
「そうだよ」
「その、もしかして、影隼さんがやられたら、私たちは」
「私もキュウも死ぬね」
キュウはマリアステラを理解できない。改めてそう認識した。
影隼は白竜の攻撃を回避し続けてくれる。キュウも自分の現状が思ったよりも危機的だと知り、必死に白竜へ向かって魔術を使うのだが、巨大化した白竜には傷一つ付けられない。
白竜のブレスが大地を穿つ。その破壊痕は最果ての黄金竜のそれとどちらが脅威なのか分からない。影隼の回避行動は素晴らしいの一言に尽きるけれど、それもいつ失敗するか分からない。
キュウは今尚余裕の表情で影隼の上に乗っているマリアステラを振り返る。無意識の内に、マリアステラは何でもできると思い込んでいた。あの最強の主人さえも警戒する恐るべき女神だと思っていたから、白竜を制圧することくらい簡単に可能だと思ったのだ。
「あ、ごめんキュウ、あいつムカつくから、断罪するね。さっきから、あの視線がうるさくて仕方ないんだよ」
「え?」
キュウの言葉を無視したマリアステラが空へ向けて宣言する。
「Anti-Cheatシステム、起動! さあ、あれを消し去れ、何よりも気高き獣!」
それは神託であり、聖マリア教の信者が耳にすれば何よりも優先して達成されるべきものだ。これより本物の女神であるマリアステラが下したそれを叶えるべく、気高き獣が現れ、あの白竜を蹂躙する。
はずだった。
「………………………」
「………………………」
沈黙がキュウとマリアステラを支配する。
キュウは周囲を見回すもとい、聞き回したけれど、何かが現れた音はしなかった。
キュウがマリアステラを見ると、マリアステラは叫んだ姿のまま固まっている。声を掛けるべきかどうか迷った末に、恐る恐る質問を口にすることができた。
「あの、マリアステラ様、その、獣が現れるまで、どのくらいの時間が掛かるのでしょうか?」
マリアステラはくるりとキュウへ顔を向ける。その時ばかりは、マリアステラの表情が驚きに染まっているのを確認できた。
「なんか来ないみたい。いや、あれだよ、誰かに殺されちゃった、みたい? 待っても現れないかな」
「えっと、それでは」
「大ピンチだね」
マリアステラは影隼に全速力で逃げるように命じた。
全速力で逃げる影隼を白竜が追い掛けてくる。速度そのものは影隼のほうが上なのだが、白竜はブレスや魔術攻撃によって影隼の行く手を阻んでいた。
「いやぁ、これは完全に予想外だね。何が起こってるんだろうね。誰かが私を邪魔してるのかな。んー、んー、んー、見たい! 見たいけど、我慢する! 私、一通り楽しんでからじゃないと攻略サイトもSNSも見ない派だからね!」
「マリアステラ様! ブレスが来ます!」
キュウの耳はブレスの前兆を感知する。すぐに言葉に出すと、これまでよりも早く強くなったブレスを、影隼が回避してくれた。
白竜の身体が先ほど以上に輝き出す。白竜の翼が、鱗が、牙が、爪が、瞳が、全身が変化した気がする。白竜は神々しいまでの光を纏っており、その白き魔力は存在しているだけで世界を侵食するのか、大地の植物が溶けていくのが見てとれた。
白竜の憎悪が、存在するだけで世界を滅ぼそうとしている。
「GAAAAAAaaaaaa!」
白竜の―――否、竜神ディアナ・ルナーリスの咆吼が発せられた。
キュウの耳はそれを“聞き取った”。
「黒い、窓」
色が聞こえるはずがないけれど、キュウには分かった。
竜神ディアナ・ルナーリスは真っ黒な窓を操り、世界へ憎悪を降り注がせる。
ドラゴン
Lv2000
ツインドラゴン
Lv4000
グランドドラゴン
Lv9999
………
ミラードラゴン
Lv15000
ミラージュドラゴン
Lv15000
ファフニール
Lv20000
………
それはもう、魔物の群れが人類に襲い掛かる現象大氾濫を超える光景だった。
何万、何十万、何百万、空を、大地を、世界を埋め尽くすほどの竜の群れ。キュウはこれが人類の最後の光景だと言われても、信じてしまうかもしれない。
竜神ディアナ・ルナーリスの呼び掛けに答えるように、光の中から現れたドラゴンたちが、大陸のすべてを滅ぼすべく動き出す。そして竜神ディアナ・ルナーリスも、キュウとマリアステラが乗った影隼を逃すつもりはないようだった。




