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第二百二十二話 キュウvs白竜

 マリアステラを目の前にした白竜の反応は劇的だった。白竜はキュウ、マリアステラ、黒い隼を前にして啼いた。


 いや“泣いた”というべきだとキュウの耳は理解した。白竜の鳴き声に言語的な意味など宿っていなかったけれど、そこには強い意志が込められていたのだ。


 白竜の憤怒と憎悪がマリアステラへ向けられている。


「マリアステラ様、あの白竜は、マリアステラ様を狙っています」


 神罰を下そうとした相手に、逆に狙われていると知れば安全な場所まで退避してくれるかも知れない。そんな淡い期待を抱いた進言だったけれど、直後に無意味だったと知る。


「さて、じゃあ裁定はどうしよっか。二人だけどディベート形式にする?」


 この人、ではなく女神は、興味のない事柄は耳に入らないらしい。


 白竜の口許が光った。その動作には見覚えがある。体格も魔力量も比較にならないけれど、主人が戦った黄金竜がブレス攻撃をした時と同じだ。あのブレス攻撃は主人に血を流させ、地面に巨大なクレーターを作った。


 白竜の魔力はその姿と同じく真っ白で、雪のように白いブレスが黒い隼を飲み込もうとする。


 黒い隼は水平に高速で身体を動かした。その有り得ない軌道に驚いて、キュウは慣性に負けて落下しそうになる。キュウの腕をマリアステラが掴んで引っ張った。


「スカイダイビングが好きなの? それとも紐無しバンジー?」

「ありがとうございます………。どちらもよく知らないです」


 黒い隼の嘴が開いた。


「KAAAAK!」


 直後に黒い隼の口から放たれた音に、耳を塞がずにはいられなかった。今のは黒い隼から白竜へ向けた、音に魔力を持たせた攻撃だ。黒い隼の音波攻撃を受けた白竜は、悲鳴を上げて苦しんでいた。


 キュウとマリアステラが乗っている黒い隼は、二人が話をしている間、勝手に回避し白竜を攻撃するつもりらしい。


 キュウがこのまま神罰を下しましょうと言えば、マリアステラや黒い隼と協力して白竜を討伐し、主人の家に帰れるかも知れないと思う。けれどもあの白竜のことをよく知らないのに、そんな判断をしてしまって良いのか。


 白竜は音波攻撃に晒されながらも、キュウたちを睨み付けた。


 殺さなければ殺される。キュウの生物としての本能がそう感じさせたが、キュウは本能を理性で抑え付けた。キュウに主人が望んでいるのは、マリアステラが直接出て来るような存在を、言われるがままに討伐することではない。


 むしろ、あの白竜の命を救うべきだ。あの白竜がマリアステラが出て来るような理由を抱えているのだとしたら、マリアステラを打倒しようとする主人の助けになるかも知れない。


 先ほどまで大人しくマリアステラに従って、主人の助けを待つと考えていた思考を一転させる。


 Lv8738+


 これが今のキュウのレベルである。何ヶ月も前にアクロシア王国を侵攻し、キュウを恐怖のどん底に突き落としたエルディン王ヴォーダンのレベルを倍以上に上回っている。


 これにマグナが作る神話を体現した魔法道具の数々、【拠点】という神域から供給され続ける魔力、主人から貰った超強力な従魔、主人が覚えさせてくれた魔術や魔技。キュウはレベルも異常な数字にも関わらず、大陸においてレベル以上の強さを持っている。


 主人に出会った時、レベル一に過ぎなかったキュウは、冒険者平均の八〇さえも難しいと思っていた。アクロシア王国騎士の三〇〇は一生掛かっても無理だと考え、主人が言った三〇〇〇は冗談のはずだった。今のキュウはその冗談の何倍もの強さを手に入れている。


「制圧、しましょう」

「制圧?」

「はい。裁定を下す前に、当事者の話を聞いてみたいです。公平な裁判は、被告人にも主張する時間があるそうです」

「公平? 公平かぁ。公平ね。まあ、それがキュウの裁定ならそれでいっか。うん。今回は賛成してあげる。では被告人質問のため、暴れる被告人を私たちの前に跪かせよう」


 黒い隼がマリアステラの言葉を聞いて鳴き声を上げた。竜をも喰らう黒い隼は、放っておけば白竜を殺してしまいそうな雰囲気だ。


「私も攻撃します。だから、えっと」

「こいつは影隼(かげはやぶさ)だよ」

「影隼さん、攻撃を回避しつつ、あの白竜の周囲で円周軌道をとってもらえますか?」


 影隼はキュウの願いを聞き入れて、白竜を攪乱するように一定の距離を取りつつ緩急自在に飛翔した。その軌道はキュウのやりたい行動を理解しているかのようで、黒い隼に高い知能を感じさせる。


水晶碑(すいしょうひ)!」


 キュウが魔術を使うと、数メートルの大きさのオベリスクが地面に突き刺さった。


水晶碑(すいしょうひ)!」


 キュウは影隼がその場所に差し掛かる度に魔術を使用する。キュウと影隼は、白竜の周囲を旋回しながらも白竜の動きを封じるために牽制を仕掛けている。マリアステラは何もせずに乗っているだけだ。


 キュウが魔術によって生み出したオベリスクが六本、六芒星の頂点を描いた。


空堕(そらおとし)!」


 アクロシア大陸では使い手のいない【重力魔術】。六本のオベリスクに囲まれた六芒星の空間内に、超重力を発生させるもの。効果範囲は余程ステータスが高くない限り、一歩も動くことができなくなる。空を飛ぶなど以ての外だ。


 キュウは生まれながらの天才でこんなとてつもない魔術を操れる、なんてことはない。主人に覚えさせて貰ったスキルとその魔術だ。どうしても空中の敵を打倒できなくなったら使うように言われていた、大きく魔力を消費してしまう代わりに強力な効果を生み出す魔術。


 いつも主人や主人の従者と一緒のキュウは、こんな拘束用の魔術を使う場面などないと思っていたが、使う場面に出くわしてしまった。


 白竜がキュウの【重力魔術】を受けて、大地へ激突する。


「おー、これは最果ての黄金竜のスキルに近いね。作ったのは魔王様でしょ。六回のバフで限界値まで上げて、それから効果範囲を絞りつつ発動。設定にまったくの無駄がなく、完璧。でも演出過剰だ」


 地面に這いつくばる白竜は、翼や手足を動かして暴れていた。その視線の先には変わらずマリアステラが在る。白竜は影隼に攻撃されても、キュウに拘束されても、なおマリアステラへの憎悪を燃やしていた。


「さて次はどうする? 被告人の罪状を読み上げる?」

「それは」


 キュウの【重力魔術】は強力だけれど、そんなに長い時間維持できる訳ではない。今もキュウの魔力が物凄い勢いで減少していっている。そのためこのまま主人の到着を待つのは難しい。


 白竜の顎が光り出した。重力に囚われながらも頭だけを空中へ向け、こちらを狙い撃つつもりらしい。


 キュウの耳にはバキリという音が聞こえる。白竜の骨が砕ける音である。超重力に無理矢理逆らったからか、どこかの骨が砕けたようだ。白竜の瞳から血が流れ落ちた。それは白竜が流す慟哭の涙にも見える。


「なんで、そこまで………」


 白竜の憎悪は本物だった。


「マリアステラ様、あの方が勝手に暴れてるって、本当にそれだけなんでしょうか?」

「それだけだよ? 第二皇女ルナーリスがチートを使った上、勝手に神に至った。だから神罰を下す」

「だ、第二皇女様?」

「そうだよ。とは言え、もう理性はほとんどない」


 マリアステラの虹色の瞳は、キュウをじっと貫いている。


 ぞくりと悪寒が走った。何故あの白竜はあなたをここまで憎んでいるのかと、問い掛けることができない。


『―――! ―――!』


 言葉にならない声がキュウの耳へ届く。


 キュウがその内容を知る前に、白竜の身体が巨大化する。巨大化した白竜はこれまで囚われていた重力を軽々と弾き、キュウの作り出した六本のオベリスクを翼の風圧だけで破砕した。


 全身から吹き出す真っ白な魔力光が空を染め上げる。あの日、主人が戦った黄金竜を思わせる存在感。


> 【竜神ディアナ・ルナーリス】との戦闘が開始されました


 竜神ディアナ・ルナーリス

 Lv99999


「ほら見てよ、キュウ。こいつ、私たちの神戯を壊すために暴れるつもりだ」


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