第二百十九話 ラナリアvsルナーリス 後編
「ラナ、あの白竜は、ルナなんだ」
出陣の前、ラナリアはアーサーから相談を持ちかけられた。本当ならば兄ラムテイルとの関係を問い質したかったけれど、その疑問が抑えられる程度にはアーサーの言葉に衝撃を受ける。
「アーサー様、それはあの白竜が、生前のラムテイルお兄様の婚約者であり、アクロシア王国へ来ると必ず私の所へやって来たルナーリス=カリオンドルだという意味でしょうか?」
アーサーに肯定され、ラナリアが頭を抱えたのは言うまでもない。
「何故、そんなことが? 神戯は、人を魔物に変えるのでしょうか?」
「いや、ルナがああなったのは、神戯のせいじゃない。神戯に介入した竜神のせいなんだ。勝利の女神によれば、カリオンドル皇国の竜神と獅子神は酷い悪神で、自分たちのことしか考え無かったらしい」
「一つだけ教えてください」
ラナリアはいつもの自信満々な態度を潜めたアーサーへ、彼を支援した理由を問い掛ける。
「ラムテイルお兄様は、神戯に関わっていたのですか?」
「………………ああ」
アーサーは絞り出すように答えた。アーサーの表情は歪んでいて、それだけで彼の悔恨を感じ取ることができる。
「そうですか。色々な疑問が氷塊した気がします。もうすぐ出撃ですので、準備をしてください。アーサー様はたった一人の前衛なのですから、覚悟をお願いいたします」
「ま、待ってくれ、ラナ! 怒ってないのかい?」
「何故?」
「だって、あの日、僕がラムテイルに付いていけば、彼は死なずに済んだんだ」
ラナリアはアーサーの言葉に動揺した。だから、表情を消す。己は何も感じていないのだと、心に命じる。
「だから私とルナに執着していたのですか?」
「そうだよ。僕の花にして、幸せにすると誓った」
「迷惑です」
ラナリアはアーサーから身を引きつつ答える。十年の歳月がラナリアに最愛の兄の死を受け入れさせた、のではない。フォルティシモと、キュウと、彼の従者たちとの出会いが、ラナリアを小さな世界から解き放った。今でも感情の動揺はするけれど、己の芯が揺らぐことはない。
ラナリアは考える。カリオンドル皇国の首都に出現した白竜がルナーリスなのであれば、白竜は必ずラナリアを意識する。だからこの作戦、ラナリアの身を危険に晒せば成功率を格段に上げることができる。それだけキュウの安全度が上がるのだ。
ラナリアに迷いはなかった。
◇
ラナリアと親衛隊を含む対白竜の部隊が、一斉に魔術を放ち、白竜の注意を引き付けた。
ラナリアは目の前でカリオンドル皇国の首都を破壊する白竜を見つめる。ラナリアの知るルナーリスには、隠しきれない憎悪があった。けれどそれは、己を迫害した皇帝や他の皇族に向けられたもので、決して亜人族たちへ向けられたものではなかったはずだ。
それにルナーリスは、弱い人だ。
辛いことからはとにかく逃げるし、差し伸べられた手は思わず掴んでしまい、強くて頼りになりそうな人であればひたすら縋り付く、己の力で打ち開き運命を切り開こうなんて考えもしない性格。
彼女自身が自分をどう思っているかは知らないが、ラナリアが幼い頃からずっと見てきた彼女はそれだ。今になって急に変わるはずがない。
「さて、アーサー様から聞きましたが、本当にあなたがルナなのですか? 本当なら、言わせて貰いましょう」
ラナリアは大きく息を吸い込んだ。
「あなたは馬鹿ね、ルナ! 何が馬鹿なのかは、今度会う時まで考えて来なさい! 宿題よ!」
「クインテット・ストライク!」
ラナリアの掲げた杖から、五つの魔力弾が出現する。大きさは一メートル程度ながら、一つ一つに込められた魔力は、アクロシア王都を囲む壁を吹き飛ばせるほどに巨大なものだ。
魔力弾はラナリアの意思に従って、白竜へ殺到した。
すべて着弾したようだが、エンシェントから聞いていた通り白竜にダメージはない。
ラナリアが話し掛けたことで白竜に迷いが生じたのか、白竜の動きが鈍い。その隙を狙って、アーサーが【権能】で襲い掛かる。
「ルナ! 僕だよ! 君を助けに来た! 竜神の呪いに負けちゃ駄目だ!」
アーサーが使っている【権能】は竜を鎮めた伝説の力らしいのだが、白竜はアーサーの攻撃をものともしない。フォルティシモでさえアーサーの【権能】には一定の驚愕と評価をしていたにも関わらず、白竜にとっては問題にならないらしい。
白竜から伝わって来る戸惑いを感じれば、ルナーリスの意識は完全に消えた訳ではない。もしもルナーリスの意思が完全になく、ラナリアの言葉に反応しなかったら別の作戦を採る手筈になっていたけれど、幸いなことに白竜はラナリアへ注意を向けていた。
ラナリアは【飛翔】の魔術を用いて、わざと目立ちながら空中を飛ぶ。ルナーリスへ背中を見せ、こちらへ来いと言わんばかりに振り向いた。
カリオンドル皇城の瓦礫の上に立っていた白竜が動き出す。白竜は巨大な翼を動かし、空へ浮き、ラナリアを追い掛けた。
白竜がブレスを放つ。アーサーが間に入り、巨大な盾を用いてブレスを防いでくれる。アーサーの盾が粉々に砕け散り、彼自身も大火傷を負ったようだが、その間にラナリアはブレスの効果範囲から脱していた。
地上にいるシャルロットたちからアーサーへ向かって【治癒】の魔術が飛ぶ。アーサーの火傷があっという間に消えた。
「レイ!」
次にラナリアが放ったのは、真っ直ぐに飛ぶ魔力の光線だ。細い小さな光線が出るだけの魔術だったそれも、今のラナリアのレベルとフォルティシモが作った【コード設定】が合わされば、『修練の迷宮』の巨大骸骨だって一撃で葬り去れる。
しかし白竜に傷を負わせるどころか、鱗一枚に焦げ目を付けることさえ叶わない。
「魔力は私のが大きいのに、本当に傷を負わないのね」
エンシェントによれば、白竜は【覚醒】システムに対応できていない。
だから、【覚醒】しているラナリアのほうが魔力が大きい。
しかしそれは現時点での話で、本物の神である白竜を刺激して何が起きるかは、正しく神のみぞ知ることだ。
ラナリアはアーサーに前衛を任せ、部隊に補助させながら、白竜の注意を引き続ける。首都の中心部から外れ、住宅街を避けて、人の少ない山間部を目指していく。
エンシェントでも白竜がルナーリスだとは知らなかっただろうから、彼女の想定よりも遙かに短時間で被害が少なく引っ張ることができただろう。
周囲にすっかり建物の姿が見えなくなると、ラナリアは次の段階へ入る合図を送った。
ラナリアとアーサーの前衛後衛が入れ替わる。これまですべての攻撃を肩代わりしてくれたアーサーは、空中でのすれ違いざまにラナリアへ語り掛けた。
「一分だけお願いだ!」
「失敗だけはしないでください」
白竜へダメージを与えられないので、レイを何度も使うことで白竜を牽制する。
ラナリアはその間にもルナーリスへ語り掛けていた。
「覚えてるかしら。ルナがお兄様の婚約者に選ばれた日のこと」
ラナリアは口許に笑みを浮かべている。
「私は、とても嫉妬したのを覚えてる」
ラナリアと白竜は空中を飛び回るが、お互いに攻撃の手は緩いものになっていた。白竜からは弱々しいブレスが放たれるだけで、狙いも定まっていない。
「あの日から、私はルナが嫌いになった」
白竜の動きが鈍る。
「でもね。あなたで良かったとも思ったのよ? ―――アーサー様!」
ラナリアと白竜が飛び交う空に、巨大な光の剣が現れた。
フォルティシモが魔術によって武器を巨大化させるのとは違う、半透明の光輝く剣だった。
「これは、勝利の女神が邪竜を払うために与えてくれた剣だ。我が邪竜討滅の伝説で振るう!」
光輝く剣が現れた瞬間、白竜の様子が見るからに変わる。
「っ!? アーサー様、何かがっ!」
おかしい、という言葉が続かなかった。
「GAAAaaa!!」
白竜が咆吼をあげ、先ほどまででは考えられないほどの魔力を発生させたブレスを放った。真っ白なブレスはアーサーが出現させた光輝く剣に当たり、光輝く剣を粉々に砕いてしまう。
ブレスはそれで終わらない。そのまま空を薙ぎ払い、飛んでいたアーサーを吹き飛ばす。更にラナリアにまで迫ろうとしていた。作戦は失敗、退避をしなければならないと考える。
だが状況はラナリアの予想の上を行く。
白竜は突如としてブレスを放つのを止め、ラナリアの飛ぶ方向とはまったく別の空を見上げたのだ。
そこには黒い鳥と。
「さぁ、このクソチーター! 私とキュウからの神罰を受けろ! キュウは準備良い!?」
「は、はい。マリアステラ様」
その背中には虹色の瞳を見開いて白竜を指差す少女と、ラナリアもよく知る黄金色の耳と尻尾を持つ可愛らしい少女が乗っていた。
ラナリアは大いに混乱した。ラナリアが自らを囮にするなんて作戦を選んだのは、最終的にはキュウのためである。これが最もキュウの安全を確保できる作戦だから採用したのだ。キュウを最優先だという、フォルティシモが気に入る作戦という打算もあった。それなのに、そのキュウがこちらへ向かって来ている。




