第二百十一話 エルミア&テディベアvsカリオンドル皇帝 後編
フォルティシモたちと直接の知り合いであり、テディベアとの関係もあるエルミアは、彼らがエルフやラナリアの連れて来る騎士、冒険者たちよりも優先してレベルを上げて貰っていた。だから今のエルミアは、かつてエルミアを絶望させたエルフの王ヴォーダンよりも強くなった。
エルミア
Lv7312
それはエルミアの人生の目標を越えたと感じさせ、一つの自信となった。しかし同時にエルフの王ヴォーダンよりも上の者たちが、まだまだ何人もいることも知る。だから油断なんてしていない。
エルミアの前に現れた男は、エルミアが構える前に杖を突き出してきた。
『プロテクション!』
頭の上のテディベアが【障壁】スキルを使うと、エルミアの前に光の壁が現れて杖の攻撃を防ぐ。
さすがに頭の上のぬいぐるみが動いて魔術を使うとは予測していなかったのか、杖の男が驚きの表情を浮かべた。
「面妖な。頭の人形が本体なのか?」
「私はハイエルフよ!」
エルミアは懐の短剣を引き抜き、杖の男へ斬り掛かる。魔術の得意なエルミアは距離を置くのも一つの戦法だったが、敵のレベルが大きく高い場合、冷静さを取り戻されたら一方的にやられてしまう。
テディベアの魔術に戸惑っている内に片を付ける。【障壁】を使ったのはエルミアではないため、エルミアはその隙に行動ができる。全力で床を蹴って杖の男の首筋へ向けて短剣を振り下ろした。
完璧なタイミングで奇襲攻撃を成功させたエルミアだったが、手応えがないと分かってしまう。
「ハイエルフ、亜人族にも無人族にも与しないが、大きな力を持っている、とされていたな」
杖の男はエルミアが突き刺した首筋を撫でる。そこは切り裂かれていることはなく、傷跡さえもなかった。
「初代皇帝の御力の前には、無力だ」
『エルミア!』
杖の男の姿が消えた。一切の魔力を出さず、エルミアの背後に瞬間移動したのだ。あのフォルティシモだって何かをする時は魔力を出すのに、杖の男は魔力を使わずに超常現象を起こしていた。
杖の男の攻撃は、なおもテディベアの【障壁】に阻まれる。
「これは、優秀な魔術だな」
『彼に頼んだら、快く【コード設定】をコピーさせてくれてね。それより、僕の声が聞こえているようだが、君はプレイヤー、もしくはその従者かい?』
「我を知らぬとは。いや、さすがの我も人形にまでは届いておらんか」
杖の男は杖を掲げて宣言する。
「我こそ、カリオンドルの皇帝。偉大なる初代皇帝を受け継ぎ、神戯の勝者となる存在だ」
『初代皇帝………ファーアースオンラインの開発者か。エルミア、ここは一旦引くんだ』
「そのハイエルフは構わんが、貴様は残って貰おう。何なのか、興味がある」
エルミアは効果のないらしい透明マントを脱ぎ捨て、片手に杖、もう片手に短剣で構えを取った。
無謀な戦いであるとは分かっている。けれど、エルミアにテディベアを置いて行く選択肢はない。テディベアが御神木だった頃、彼を失ったと思った時、唯一の家族が死した悲しみは何物にも代えがたいと知ったから。
それに。
「抵抗するつもりか、ハイエルフの娘。愚か」
「どうかしら? 私が戦う価値はあるはずよ」
今のエルミアは独りではない。例えこの戦いが必敗だとしても、少しでも情報を集めれば、後に戦うことになるフォルティシモが有利になる。
エルミアの心は軽かった。どんな敵にも必ず勝利してくれる、最強の男が背後に控えてくれているから。
『マジックアップ』
「エアロストライク!」
大きな馬車さえも吹き飛ばせる風の魔術。それに合わせてテディベアが魔力上昇の魔術を掛けてくれる。風は大きくなり、逃げ場のない地下でその効果を更に増す。
「不快な風だ」
カリオンドル皇帝はエルミアの風の魔術を正面から受けても、マントをはためかせるだけだった。魔力に関してはエルフでも随一であるエルミアの魔術が、まるでそよ風のようだ。
相手のレベルは九九九九なのだから、この結果も予測できる。エルミアは風の魔術を維持しながら、懐から魔法道具を取り出した。
指の間に挟める程度の大きさの玉を、投げつける。玉は追い風に乗ってカリオンドル皇帝へ向かい飛ぶ。
玉はカリオンドル皇帝に当たった瞬間に弾け飛び、一メートルほどの大きさの鳥もちに変化した。
「これは」
カリオンドル皇帝が鳥もちに飲み込まれた杖を引っ張ろうとしていたが、べったりとくっついた鳥もちは剥がれることがない。
エルミアはずっと勝てない敵との戦いを研究して来た。剣も魔法も通じない相手との戦いは、むしろエルミアが想定していた戦いそのものである。
さらにもう一つ、鳥もち玉を投げつける。
カリオンドル皇帝は不愉快極まりないという表情でエルミアを睨み付け、瞬間移動で姿を消し、二発目の鳥もち玉を回避した。ただし、瞬間移動したカリオンドル皇帝の身体には変わらず鳥もちが引っ付いている。
「あなたの瞬間移動、杖や服が一緒に移動していたから、そうなると思ったわ」
もちろん鳥もち玉でカリオンドル皇帝を倒すことは不可能で、嫌がらせ以外の何物でもない。しかしエルミアは勝つためではなく情報を集めるために戦っているので、時間稼ぎは望むところである。
「サドゥンガスト!」
『プロテクションウォール!』
エルミアが突風の魔術を発動したのに合わせ、テディベアが壁で通り道を作る。
カリオンドル皇帝はエルミアの魔術を無力化しているのではない。マントがはためいていたことからも、彼自身は風の影響を受けている。ならば傷を負わせるのではなく、相手を押す魔術はどうか。長い間押し止めることができなくても、ある程度封じられる手段となるかも知れない。
「浅はかなエルフよ。貴様には初代皇帝の偉大さが理解できんらしい」
「会ったこともない人なんて、分からないわよ! ―――えっ!?」
エルミアが驚きの声を上げた理由は、自分の肩に鳥もちが付いていたからだ。見ればカリオンドル皇帝に付けていた鳥もちが消えていて、代わりにエルミアの肩へ移動していた。
『移動できるのは、自分だけじゃないんだ!』
危険だ、と思った瞬間には、エルミアは望郷の鍵へ魔力を込める。エルフの同胞を救出できなかったことは遺憾だけれど、カリオンドル皇帝の超能力を垣間見られた。これを持ち帰らなければならない。フォルティシモへ伝えるのだ。彼の役に立てる。
しかし、エルミアの手の望郷の鍵が消え、カリオンドル皇帝の手に望郷の鍵が握られていた。
「人形は置いていけ、と命令したはずだが?」
「た、他人の持ち物まで!?」
『無制限じゃないはずだ。何でも移動できるなら、僕を移動させるなり、エルミアを牢屋に入れれば良い。それをしないってことは、制限があるはずだ』
望郷の鍵はエルフの同胞たちに使って貰うため、まだ何本か持ってきているが、無策で取り出しても同じように奪われてしまうだけだ。
そして考えて、一つの結論を得る。エルミアの持っている望郷の鍵を一気に奪わなかったのは、目に見えている場所でなければ移動させられないのではないか、と考えた。
「ミスト!」
水魔術による霧を発生させる。エルミアの発生させた霧は、地下の狭い空間へあっという間に充満した。元々が薄暗い地下牢が、濃い霧のせいで一メートル先も見通せない。
「無駄であると理解できんか」
エルミアにもカリオンドル皇帝の声しか聞こえなかったが、彼が動いた気配が伝わって来る。
その攻撃は、エルミアの予測通りだった。
「むっ?」
カリオンドル皇帝は瞬間移動を使い、エルミアを杖で突き殺そうとしたに違いない。しかしカリオンドル皇帝が突き刺したのは、エルミアが土魔術で作り出した土の人形だ。
「かかったわね」
エルミアはカリオンドル皇帝の隙を突いて、手に持っていた瓶から液体を振り掛ける。
「毒など我には効かん」
「そうでしょうね」
振り掛けたのは魔物避けの悪臭を凝縮させたエキスである。これなら視界を完璧に塞がれた中でも、カリオンドル皇帝の場所を把握することができる。
エルミアは臭いの方向から遠ざかり、今の内に望郷の鍵を使おうとする。だがエルミアは行動を止めざるを得なくなった。
「ふむ。何故動くのか不思議だ」
エルミアの頭の上に居たはずのテディベアが居なくなっていたからだ。そしてテディベアは、カリオンドル皇帝の手の中にある。いつの間に奪われたのか分からない。
思わず霧の魔術を解除した。テディベアは抵抗を試みているようだが、カリオンドル皇帝から逃れることができないでいる。
「返して」
『エルミア、僕のことは良い。戻ってフォルティシモに伝えるんだ! こいつはチートツールを使ってる!』
「中身はただの綿か」
カリオンドル皇帝がテディベアの腹を引き裂いて、中の綿をポロポロと落としていた。
「返しなさいよ!」
エルミアがカリオンドル皇帝へ立ち向かおうとした時、何かがエルミアの真横を横切った。
その何かは疾風の如き素早さでカリオンドル皇帝へ近付き、彼の手の中にあったテディベアを取り戻す。
「エンシェントさん!?」
フォルティシモの仲間の中で、ゾッとするほどに均整の取れた顔立ちをしている美貌の女性。天空の国フォルテピアノの参謀と言われているエンシェントが、何故カリオンドル皇国に居るのか。
カリオンドル皇帝はテディベアを奪われたことに対して、肩を竦めて見せた。




