第二百十話 エルミア&テディベアvsカリオンドル皇帝 前編
カリオンドル皇国の首都の宿場で、<リョースアールヴァル>の面々は情報交換をしていた。亜人族が多い国と言えど、今の時世だとエルフの集団は目立ってしまうため、個室に集まっての情報交換だ。
<リョースアールヴァル>はエルミア以外の冒険者ランクは低いが、天空の国のネームバリューによって割の良い指名依頼が入るためお金は充分にある。そのため首都の良い宿の一室を借りていた。
「デーモンと思われる女がカリオンドル皇国の首都に入ったのは間違いない。フォルティシモ様がお探しになっている者に違いないだろう」
「あと、依頼とは関係ないかも知れないけれど、ローブで顔を隠した人物と一緒だったそうよ」
エルミアは仲間たちと情報をすり合わせて頷いた。
「何の目的かは分からないけれど、目標がこの街に入ったのは確かなようね」
「そうでしょうね。明日から街中を探し回って、見つけたらすぐにエルミアに連絡でいいかしら?」
「ええ、いいわよ。そしたら、私からあいつに連絡するから」
エルミアはパーティメンバーからの問い掛けに頷いた。
フォルティシモが名前を覚えているエルフは、ハイエルフの長老スーリオンとエルミアだけなので、二人以外は直接の連絡を取れないと言って良い。ほんの少し、本当にほんの少しだけれど優越感を覚える。
「エルミア、陛下との子供はいつできるの?」
「何言ってるの!?」
「私たちエルフにとって、かなり重要な話だと思うんだけど」
『正直に言うと、僕は彼にエルミアをあげたくない。だけど、エルフの未来、そしてエルミアの気持ちを考えるとそれも有りかも知れないね』
「テディさんも、冗談言わないで!」
冗談で場を軽くしたあと、エルミアは真剣な表情を作ってパーティメンバーを見回した。
「それから、カリオンドル皇国に買われたエルフは、見つかった?」
天空の国フォルテピアノと大陸東部同盟の戦争は、見方を変えるとエルフ族対亜人族の戦いともなる。<リョースアールヴァル>がカリオンドル皇国へやって来たのは、フォルティシモの指名依頼に加えて、奴隷として売られた同胞を救うという目的もあった。
冒険者は依頼に支障の無い範囲であれば、現地では自由な行動をするのが普通である。依頼で遠くまで来たから、ついでに薬草や鉱石を採取したり、珍しい魔物を退治するのは当然で、魔物討伐依頼と物資運搬依頼を同時に請けるのも多々ある。そのためフォルティシモの指名依頼をこなしつつ、エルフたちの情報を集めるのは契約違反ではない。
「皇城に連れて行かれたみたい。たぶん戦争のために」
「そう。だったら、みんながここの制圧を始める前に救い出さないといけないわね」
「でも、皇城に侵入するなんてできるの?」
「入るのは私とテディさんだけよ」
「たった二人でって、そんなの無謀だ」
「テディさんの透明マントがあるし、見つけたら望郷の鍵を使って逃げ出すだけだから、二人のが都合が良いわ」
テディベアが彼のインベントリから透明マントと呼ばれる魔法道具を取り出してくれた。これは文字通り被っていると姿が透明になるマントで、隠密行動に非常に有用である。
ただし使っている間に消費される魔力が大きく、長く使っているとまともに戦えなくなってしまう。その点、エルミアは頭に乗せるテディベアが魔力消費を肩代わりしてくれるので、安全に長時間の行動が可能だった。
エルミアはパーティメンバーを説得し、皆には引き続きデーモンの女武者の捜索を頼み、自分はテディベアと二人でカリオンドル皇城へ侵入する。
侵入すると言えば夜を選ぶのが定石だが、今回に限っては昼間の時間帯を選択した。身体が透明になっているとは言え、足音もするし、扉の開閉も行わなければならない。静かな夜だとそれらの音が目立ってしまい、発見される可能性が高まると踏んだからだった。逃走時は望郷の鍵があるのも大きい。
カリオンドル皇城への侵入は意外なほどに上手くいった。戦争中だからなのか、引っ切りなしに亜人族が出入りをしているし、城内は駆けずり回る者がいるほど慌ただしい。エルフの特徴である耳を隠して堂々としていれば、透明マントを使わずに入れそうだった。
『エルミア』
テディベアの声と違ってエルミアの声は周囲に聞こえてしまうので、ジェスチャーだけで答えてテディベアの次の言葉を待つ。
『嫌な予感がする。助けるだけなら大丈夫かと考えたけど、何か、空気が違う』
心配するテディベアに対して、エルミアは笑ってみせた。エルミアの人生は、ずっと不可能な敵を倒すためだった。しかし今は違う。倒すのではなく、同胞の手を取って救い出すだけで良い。
それにこれは、フォルティシモや戦争に参加したエルフのためにもなる。人間の盾にされる前に救い出すのだ。
エルミアはこれまで以上に慎重に進んでいく。
目指す場所は地下牢。地下への階段を守る衛兵の横を通り過ぎ、足音を立てないように降って行く。
地下は石作りで日の光が一切入ってこない環境だった。松明の僅かな光だけが頼りになる。ぱっと見ただけでも牢屋の数は十以上あり、一つ一つは何人も入れておけるほど大きい。
一つの牢屋の中からはすすり泣く声が聞こえてきて、中を見ると竜人族や獅子人族の子供が幽閉されていた。咄嗟に助けてあげたい衝動を堪え、この子たちの解放は天空の国フォルテピアノがカリオンドル皇国を制圧した後で大丈夫だと言い聞かせる。
それからエルフの同胞たちの姿を探していると、鎖に繋がれた囚人が独りだけ入っている牢が目に入った。血塗れの服を身に着け、息も絶え掛けているような赤毛の男性。
『アーサー、だ。何故、彼が? カリオンドル皇国に捕まったのか。フォルティシモは、これを知っているのか』
エルミアも大氾濫の英雄アーサーの名前は知っているし、少し前にフォルティシモと戦って手も足も出ずにやられた話は聞いた。
フォルティシモの知り合いなのであれば、エルフと一緒に助けるべきかどうか迷う。
迷って足を止めた時、王冠を被り豪奢なマントを身に着け、強大な魔力を放つ杖を持った男がエルミアの前に立った。
「竜を待っていたが、掛かったのは虫けらか」
エルミアの目に見える。
Lv9999
かつてエルミアを絶望させた男と比べ、倍以上のレベルを持つ存在が立ち塞がった。




