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第二百七話 同盟国の夜会 後編

 フォルティシモはラナリア母をじぃと見つめる、ラナリア母は何かを言いたそうであったが、フォルティシモに怪訝に見つめられているせいかなかなか言葉が出てこないらしい。それでも彼女は何とか口を開いた。


「っ、―――フォルティシモ陛下、私はマリアナ・フォン・デア・プファルツ・アクロシアでございます。この国を救って頂いた上、娘がとてもお世話になっている方にご挨拶が遅れましたことを、心よりお詫び申し上げます」

「それは良いんだが、何歳だ?」

「女性にいきなり年齢を聞くのか?」

「これは気になるだろ。二十代、下手したら十代に見えるぞ」

「そんなに気になることなのか? 今年で三十二になるが」

「三十二? いやアクロシア王は七十近いとか言う話じゃなかったか? ………これが王制の力か」


 ラナリアを産んだのが彼女は十代前半、アクロシア王は五十代くらいということになる。リアルワールドだったら犯罪ではないだろうか。


「あの、実は陛下にお願いしたいことがございまして」

「ラナリアのことなら安心していいぞ」

「いいえ、こう言いますと薄情な母親だと思われるかも知れませんが、娘は私に心配されるほど弱くありませんので」


 マリアナは今にも消えてしまいそうに目を伏せた。あのラナリアの母親だけあって美人である。


「じゃあ何の用だ?」

「娘から陛下のお力であれば、私が【隷従】に掛かっているかどうかを確実に看破できると聞いています」

「お前らだってギルドカードみたいなので調べてるだろ」

「【解析】の魔術は、これまでは絶対だった。しかし、娘やかの騎士団の者たちの状態を、我々は知ることができない」


 ラナリアの親衛隊には、身分証明に奴隷が表示されてしまっていると何かと都合が悪いので【隠蔽】を行っていた。一人一人設定する面倒さを思い出してうんざりする。


「同じことが私に使われていないか、調べて頂けないでしょうか。私は、私が動いているのが自分の意思なのか、もう分からないのです」


 ラナリア父は俯いて震えだしたマリアナの肩へそっと両手を置いた。親子か祖父と孫の関係にしか見えない。


「実は、マリアナが大勢の前に出たのは久々でね。今日は娘からフォルティシモ王が来ると聞いて、連れてきたんだ。頼まれてくれないか? 隷従のように儀式が必要であれば、必要なものをできる限り用意するつもりだ」

「別にすぐに使えるが」


 ラナリアの母親とは言え、だいぶ性格が異なっているらしい。大氾濫や大陸東部同盟など、国内外が酷く混乱している時にフォルティシモへの頼みがこれ。王族というか王后としてやっていけるような器には見えなかった。ラナリアがああなのは、鳶が鷹を生んだのか。


 フォルティシモはもう一度マリアナを観察する。本当にラナリアに似た美人で、母娘揃って可愛がってやろうかと口に出そうになる。弱々しい母と天賦の才を持つ娘、妄想が捗らないと言えば嘘になってしまう。


 フォルティシモは今日の夜会の主旨を思い出して、何度か咳払いをして頭の中を切り替えた。相手が深窓の令嬢で世間に疎いとは言え、自分まで目的を見失う訳にはいかない。


「交換条件だ。代わりにラナリアの弱点を教えろ」


 調べると言ってもスキル一つ使うだけだし、相手が美人なので交換条件もなしに応じても良かったのだが、このマリアナという女性は平気でフォルティシモは優しいとか頼んだらすぐやってくれたとかを、何の悪意もなく触れ回りそうだったので警戒しておく。その評判は欲しくない。


「………娘の、弱点?」

「お前はあいつの母親なんだろ? なんだったら幼い頃の恥ずかしい話とかでも良い」

「急におっしゃられましても」

「ラナリアだって人間だ。何か弱点とか失敗談があるだろう? まさか自分の子供は完全無欠で弱点も失敗もないと言い張るつもりか?」


 マリアナは呆けた顔をしたが、すぐに顎に手を当てて真剣な顔つきで考え始めた。


「い、いえ、申し訳ありません。あの子は子供の頃からずっと弱みを見せないように育って来ました。それは親の私たちに対してもです」

「つまり分からないと?」

「いいえ。例え陛下があの子の苦手な物を用意したとしても、あの子は陛下の前では決して苦手だと悟らせないように振る舞うと思います」

「それでも一応教えてくれ。俺は他人の情報を鵜呑みにしない。試せば意外と効果があるかも知れない」

「まず閉所恐怖症です」

「ほう」

「あの子の兄たちが死んだ十年前の大氾濫で」

「ストップ、それは良い。次の弱点に行け」


 いきなり重すぎる内容が始まり、フォルティシモはマリアナを制止する。考えてみれば、彼女は十年前に腹違いの息子たちや他の妃たちの死を目の当たりにしているのだ。四十歳近く離れた相手に嫁いでいる点も、幸福な人生を送ってきたと思えない。


 世間知らずのお嬢様の印象よりも、政治に利用され続けた不幸な女性に思えて同情心が沸いて来た。


「は、はぁ。そう言えば、子供の頃は酸っぱい物が苦手でした。柑橘類はジュースにしてもほとんど飲まなかったです」

「おお、良い情報だ。そういうのが欲しかったんだ」


 マリアナも懐かしそうに笑みを浮かべて、その後も幼い頃のラナリアの様子を語る。夜中怖くて一人でトイレに行けなかった話、なんでなんで攻撃でマリアナを困らせた話、初めてモンスターを見てパニックになった話。


「お父様、お母様、その辺にして頂けませんか? 顔から火が出そうです」


 今まで客の間で挨拶回りをしていたはずのラナリアが口を挟んできた。ラナリアは顔に笑顔を張り付けていて、母親であるマリアナが震えていた。フォルティシモにもラナリアの表情が本心からの笑顔には見えない。


「ラナリア母、またの機会にしよう。分析(アナリシス)


 マリアナへ向かって【解析】を使用し、情報ウィンドウに表示された項目を確認する。


「お前は他人の奴隷の状態ではない。今後も心配だったら鍵盤商会のダアかキャロを尋ねろ。お前が来たら状態を確認するように言っておく。俺の従者の【解析】はみんなカンストしてるし、成功するまで何度も使えば必ず現状が分かる」

「陛下、感謝いたします。また、娘のこともどうかよろしくお願いいたします」




 フォルティシモはその後も同盟を結んだ国々の代表と挨拶をしていく。ほぼ全員の顔と名前は覚えていないが、皆が笑顔で応対していたし、お目付役のエンシェントが何も言わなかったので上手く対応できたはずだ。腕を掴んで歩いているキュウから相手の名前と国を何度か教えて貰ったけれど。


 一通りの挨拶が終わり、夜会は本題に入る。フォルティシモが壇上に上がり、参加者全員を見渡した。


「さて、ここに集まった者たちであれば知っているだろうが、大陸東部の国々が大氾濫を前にして狂ったらしい」


 ラナリア曰く細かい説明や論理的な解説、具体的な施策は、大衆は求めていない。フォルティシモがやるべきなのは、一人一人を納得させるのではなく、魅せること。


 フォルティシモは【威圧】を発動する。弱目に設定していたが、夜会に参加した者たちの中には膝を床に突いて泣き出す者が現れた。多くがフォルティシモの歓心を得るために連れて来られた貴族令嬢だ。


「俺は言ったな。同盟国は助けると」


 フォルティシモは言う。


「物資に困っているなら提供を考えよう。労働が困難なら代替手段がある。戦力が必要なら育ててやる」


 ―――神の如く与える? 否。


 一方的に頼られるのは嫌いだ。利用されるのも、たとえ自分に害がなくとも苛立つ。だが救いに祈りを求めつつ、実際は何もしてくれない神とフォルティシモは違う。


 こちらの求めるものを提供してくれるのであれば。


「大氾濫、神々はお前たちを殺してきた。お前たちは今まで弱い者を弄るしか能の無い神の戯れに涙したか?」


 ―――魔王の如く。


 膨大なFPを持つだろうアーサーやクレシェンドに対する力が必要だ。そしてまだ見ぬカリオンドル皇帝も、国中からずっと敬意を払われていたのであれば、FPは甚大。


 更にその先、大氾濫を越え、神戯に勝利するために。


「もう怯える必要はない。俺が、この世界のすべてを征圧する、最強の神だ。崇め、縋れ」


 ―――最強という名の方舟で、世界を支配し救おう。


 大氾濫対策会議に参加した各国の代表者たちは、この言葉と天空の国フォルテピアノとの同盟という成果を以て自国へ戻っていった。


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