第二百二話 カリオンドル皇国の自信
フォルティシモの【拠点】の大広間に、アーサーを軟禁している三人以外の従者とピアノ、そしてテディベアが座っていた。
まずはラナリアから現状の説明が話される。カリオンドル皇国が、大陸東部同盟を設立した経緯などである。
ラナリアは大陸東部の地政学や歴史を交えてしっかりと説明してくれたが、フォルティシモはそのほとんどを聞き流した。必要な事柄はエンシェントやセフェールが覚えてくれているだろうし、何ならラナリア本人が補足してくれるはずだ。
フォルティシモの理解を纏めると、カリオンドル皇国が大陸東部にある国々と手を組んで、天空の国フォルテピアノを攻め滅ぼそうとしている。大陸の災害である大氾濫の前にこんなことをするのは、『浮遊大陸』が大氾濫でも魔物が出現しない楽園だと認識されているから。例えるなら、これから大地震が起こるので、揺れない土地を寄越せということだ。
ちなみにフォルティシモは『浮遊大陸』の通常モンスターのPOPを自由に操作できるのだが、神戯参加者を脱落させるための神の試練大氾濫でモンスターが発生するのかどうかは分からない。
ラナリアの話の中で注目すべきなのは、プレイヤーの関与が疑われる国がカリオンドル皇国の大陸東部同盟に参加して、フォルティシモと敵対している点になる。
これほどの力を見せているフォルティシモに抵抗しようというプレイヤーが、まだまだいるということなのか。
「そう言えば不可解な単語も使っております。何でも初代皇帝は“ファーアースオンラインの開発者”であり、この世の神であると。それを受け継いだカリオンドル皇国の皇帝は、世界の創造主にして支配者だと」
「何?」
「本当ですか?」
『開発者?』
その情報に特に驚いたのはフォルティシモ、ピアノ、テディベアだ。ファーアースオンラインの開発者、それは三人にとって本物の神以上の神である。
「えっとラナリアさん、ちょっと待って下さい。初代皇帝がファーアースオンラインの開発者?」
「ピアノ様、真偽の程は定かではありませんが、大陸東部同盟の公式声明ではそうなっています。しかし、フォルティシモ様方が過ごされた異世界の“開発者”などおかしな言い方なので、何かの暗喩だと思われますが」
ラナリアに異世界ファーアース、リアルワールド、ファーアースオンラインの話はしたけれど、それらの詳しい話はまだしていなかった。
「いや、待て、ちょっと待て、クレシェンドとかマリアステラとか、どうでもよくなりそうな情報が耳に入ってきた」
フォルティシモも頭を抱えてしまう。
プレイヤーと神の子孫がカリオンドル皇国の皇族で、初代皇帝はファーアースオンラインの開発者。
フォルティシモが会った近衛天翔王光は言った。ファーアースオンラインを指して「神たちが作ったゲームで準備を整えていた」と。ファーアースオンラインを作ったのは神様で、その開発チームの一員が神戯参加者だったと言うのには、どのような意味があるのだろうか。
『フォルティシモ、どうでもよくなったらマズイ。クレシェンドはカリオンドル皇国が興る前から活動しているのに、初代皇帝が開発者って言うのを知らないはずがない。クレシェンドの狙いは、初代皇帝の遺産、ファーアースオンラインの開発者が作った、何かじゃないのか?』
テディベアが口にした懸念は正しいものだろう。
自然に考えるのであれば、ファーアースオンラインの開発者である初代皇帝の遺産は、異世界ファーアースのシステムへ何らかの影響のあるもの。
有り体に言えば、チートツールの類いではないだろうか。ファーアースオンラインはアンチチートシステムが優れていたけれど、開発者本人がチートツールを作ったとすれば、抜け道を知っているかも知れない。
「テディベアが言うのも分かるが、カリオンドル皇国の動きとクレシェンドは無関係、いや多少はあるかも知れないが、ほとんど関係ないはずだ。クレシェンドは大氾濫を越えるのが目的だから、今、俺と戦って自分の戦力を削らないだろ」
『それはそうだけど、クレシェンドの目的は大氾濫を越えるんじゃなくて、神戯に勝つことだ。だから、大氾濫の後も考えてるはずだよ』
少しの間だけ沈黙が部屋を支配したが、今は目の前の問題がある。
「クレシェンドの思惑への対処も重要だが、大陸東部の国々が私たちへ攻め込むと宣言したのも問題だ。私たちの態度次第でラナリアの立ち回りも変わる。主、どうする?」
大勢のプレイヤーがフォルティシモに襲い掛かってくるかもしれない。正面から宣戦布告されたのだから、最強としては返り討ちにしなければならないだろう。
「真正面から受けて立つ」
「どうやったらぁ、勝利になるんですかねぇ」
「そんなもの、相手の【拠点】を制圧するか、降参しないなら全員PKだな」
「プレイヤーはそれで良いとしてぇ、大陸東部同盟の国はどうしますぅ? 兵士はぁ?」
フォルティシモはセフェールに尋ねられて考えてみた。
公爵の反乱の時のように【威圧】で留めるのも手だが、使っていると継続でSPを消費してしまう。大勢のプレイヤーと戦うのであれば、できれば控えておきたい。
そもそも国と国の戦争はどうしたら終わるのだろうか。平和条約を結べたらか、それとも相手の国を更地にしたらか、上層部全員に【隷従】を掛けたらか。
「戦争を仕掛けて敗戦した国だと国際情勢に認識させれば良いんだろうが」
ハッキリ言って、国家間のあれやこれやなど考えたくない。フォルティシモはプレイヤーたちだけを倒して、後は誰かに任せてしまいたい。上手く事を運べればFPを貯めるのに有用かも知れないけれど、敗戦処理や国民感情やら考えると非常に面倒で費用対効果が悪い。いっそエルディンのように丸ごと取り込めればどんなに楽か。
「その辺りは、エンとラナリアにすべて任せるのは無理か?」
エンシェントからは溜息、ラナリアも苦笑いをしていた。二人が恐ろしく優秀だとしても、たった二人で捌くのはさすがに難しいだろう。ラナリアの影響力も内政には絶大だが、外交、特に大陸東部となればそうもいかない。エルフたちに任せるとしても、彼らは元々閉鎖的な種族で外交的な知見をあまり持っていない。
「向こうが同盟で来てるから、こっちも同盟国の連合軍を組むのはどうだ? そうするとアクロシアとか他の国が面倒なことをやってくれるだろ」
「………フォルテピアノを盟主とした新しい同盟、いえそれですと時間が掛かり過ぎますので、今の同盟内でカリオンドル皇国を批難し、代わりにという形が良いかも知れません」
ラナリアは気が進まなそうな表情だったけれど、最終的には折れてくれる。
元々フォルティシモは、大陸会議に出た日からいくつかの国とは同盟のために会談を設けていた。今後のFPのために少しずつ大陸全土への影響力を増していく予定だったものを早める。
「フォルさん、私からも提案があるんですけど」
「なんだ、ダア?」
「戦争特需で一儲けするので、できるだけ長引かせてください」
「却下だ」
「長引けば長引くほど、毛並みの良い種族が奴隷に流れますので、手に入れればフォルさんが自由にモフモフできますよ?」
「………………………………………人を奴隷に堕とすなんてことはしない」




